
アメリカ、シカゴで発見された、ネズミそっくりの形をしたコンクリートのくぼみ、通称「ラット・ホール」。
以前カラパイアでもお伝えしたが、お供え物が置かれたりお賽銭が供えられたりと、地元ではちょっとした名所になっていた。
このラット・ホールが世界的な注目を集めてから1年後。科学者たちは、この不思議な穴の正体の解明を試みた。
そしてついに、この穴がネズミが作ったものではないことが明らかとなった。その真相に迫っていこう。
シカゴの聖地巡礼スポットだった「ラット・ホー」
テネシー大学とニューヨーク工科大学の研究者らが、学術誌『Biology Letters[https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2025.0343]』(2025年10月15日付)にラット・ホーの正体に関する研究成果を掲載した。
この穴は、ロスコー・ビレッジの歩道に20~30年前から存在したらしいのだが、注目を集めたのは、2024年の1月のことだった。
そのきっかけは、コメディアン兼作家のウィンズロー・ドゥメインさんが、自身のXにある投稿したことによる。
説明には「シカゴのラット・ホールへの巡礼をしなきゃならなかったよ」と書かれており、水のたまった窪みの写真が添付されていたのだ。
この投稿で穴は一躍有名になり、「ラット・ホール」とか「スプラタトゥイ(Splatatouille)」とか呼ばれるようになって、多くの見物客が訪れるようになった。
周囲には花や飲み物などの「お供え」が置かれ、ロウソクが灯され、小銭まで捧げられるようになり、文字通り「聖地巡礼」のスポットとして脚光を浴びた。
さらには、この前でプロポーズをしたり結婚式をしたりするカップルまで現れ始める事態に。
人気が出過ぎてコンクリートごと撤去される事態に
だがあまりにも人気が出たせいか、穴を埋めてしまうといういたずらをする人間まで現れた。
有志によって穴は元通りに復元されたものの、近隣の住民からは迷惑な見物客への苦情が殺到したという。
その結果、Xで話題になってからちょうど1年後の2025年1月、市当局はこのラット・ホールのある部分の歩道を切り取って撤去。
本格的な科学的調査を開始
さて、一般に「ラット・ホール」つまり「ネズミの穴」と呼ばれているこのオブジェクトだが、地元の人たちはネズミではなく、リスだと考えていたらしい。
だが、尻尾の部分がリスというよりもどう見てもネズミだったこともあり、SNSでは「ネズミがたたきつけられた痕」として広まってしまっていたのだ。
そこでテネシー大学とニューヨーク工科大学の研究者たちが、この穴の正体を突き止めようと科学的な調査を開始した。
残念ながら、実際にラット・ホールが刻まれたコンクリート板は、撤去されて市庁舎で保存されているため、現物を使った調査はできなかった。
そこで研究者らは、写真に写ったコインをスケールとして用い、合計25枚の写真から、ラット・ホールのサイズを算出。
この過程で得た測定値をもとに、鼻から尾までの長さ、足の大きさ、頭の幅といった、「ネズミ」の身体サイズを導き出した。
さらにドブネズミからハツカネズミ、シマリスなど、地元のげっ歯類8種の博物館標本の測定値と比較。
種によって測定値にばらつきがあること、ラット・ホールの個体の性別や年齢が不明であることも考慮し、統計解析の手法で比較・同定を試みた。
リスのものであることが判明
その結果、このラット・ホールの形状は、トウブハイイロリスやキツネリスを含む「リス属(Sciurus)」に属する可能性が 98.67 パーセントあることが判明した。
そのうち、トウブハイイロリスとの一致が50.67%、キツネリストの一致は48%で、このどちらであってもおかしくないが、現地ではトウブハイイロリスが最もよく見られるため、この種である可能性が最も高いという。
リスのフサフサの尻尾の中身はネズミの尻尾と大差ない?
今回の論文の筆頭著者の一人である、テネシー大学助教授のマイケル・C・グラナトスキー博士は、次のように語っている。
街角の素朴な謎に、「標本」と「計測」という、古典的な道具や手法を当てはめて取り組んでみたんです。
リスは敏捷性があるにもかかわらず、飛び降りるタイミングを間違えたり、枝から滑り落ちたりして、痕跡を残した可能性が高いと言えるでしょう
また、この窪みがリスではなくネズミによるものとして広まった原因の一つである、尻尾がネズミのもののように見えた点について、以下のように説明している。
(体表を覆う)毛には、コンクリートのような硬い素材に明瞭な痕跡を残せるような剛性がありません。
そのため、通常の堆積条件下では、はっきりとした痕跡を残すことはほとんどありません。
歩道用のコンクリートは、敷設した直後は柔らかいので、痕跡を残すことは可能です。しかし毛のような細いものの細部まで、特徴をとらえて保存するには理想的な素材ではありません。
コンクリートは一般的に硬化が早く、また粒子のきめが粗いため、微細なディテールを写し取るには不向きなのです
リスのあのフサフサとした毛の下に隠れている尻尾本体は、実はネズミのそれおのような形をしている。
このラット・ホールの主であるリスがコンクリートの上に落ちたとき、尻尾本体の硬い部分だけがその形を残したために、痕跡がネズミの尻尾のように見えていたのだ。
日常にもサイエンスを
研究者らは今回の研究を通じ、サイエンスへの一般の人々の関心を集め、日常生活に関連する調査にも、サイエンスが使えることを示したかったのだそうだ。
私たちのより広い目的は、科学的探究は好奇心と観察から始まるということを強調することです。
それは専門の科学者に限った資質ではなく、自然界を理解することに興味を持つ人なら誰でも身につけられる資質なのです
なお、ネズミでないことが確実となったことを受け、研究者らはこの「ラビット・ホール」を改名し、「風の街の歩道リス(Windy City Sidewalk Squirrel)」と呼ぶことを提案している。
この「風の街」とはシカゴのニックネームである。また、シカゴ市当局では、撤去したラット・ホールを、将来的に公開することを視野に入れて保管しているという。
いつ、どこで、どんな形で公開されるかなど、詳細はまだ公式には決まっていないが、展示という形で再び目にできる日は、きっとそう遠くないに違いない。
References: Chicago's viral 'rat hole' was not made by a rat after all, new study finds[https://phys.org/news/2025-10-chicago-viral-rat-hole.html]