一酸化炭素は目に見えず、臭いもないことから「サイレントキラー」として知られている。これまで一酸化炭素中毒の治療は、酸素を吸わせて体内から徐々に追い出すしか手段がなかった。
そこで今回、アメリカの研究チームは、一酸化炭素を血液中から直接取り除く初の解毒剤を開発した。
人工タンパク質をベースにしたこの治療法は、わずか数分で血液を浄化できるという。
一酸化炭素中毒で命を落とす人は多い
アメリカでは毎年約5万人が一酸化炭素中毒で救急搬送され、約1,500人が命を落としている。
ガスコンロやストーブ、車の排気ガス、薪ストーブなど、燃焼のある場所ではいつでも発生する可能性があり、気づかないうちに被害に遭うケースが多い。
体内に入った一酸化炭素は、赤血球中のヘモグロビンに酸素よりも200~400倍の強さで結合する。
そのため酸素が運ばれなくなり、体の組織が酸欠状態に陥ってしまい、意識障害や心不全を引き起こし、死に至ることもあるのだ。
現在の治療法は、100%の酸素を吸入させるか、高気圧酸素治療で体内の一酸化炭素を追い出す方法しかない。
だがこれらの方法は時間がかかるうえ、救命できても心臓や脳に後遺症が残るケースも少なくない。
一酸化炭素を体内から直接吸い取る人工タンパク質
メリーランド大学医学部の研究チームは、血液中の一酸化炭素を直接吸着して除去する人工タンパク質「RcoM-HBD-CCC」を開発した。
このタンパク質は、バクテリアの一種「パラブルクホルデリア・ゼノボランス(Paraburkholderia xenovorans[https://en.wikipedia.org/wiki/Paraburkholderia_xenovorans])」が持つ天然タンパク質「RcoM(Regulator of Metabolism)」をもとに設計されたものだ。
もともとこのバクテリアは、周囲の環境にごくわずかに含まれる一酸化炭素を感知するために、このRcoMというタンパク質を利用している。
研究チームはその仕組みを応用して、一酸化炭素だけに強く反応し、酸素など他の分子には影響を与えないよう改良した。
RcoM-HBD-CCCは、血液中で一酸化炭素分子だけを選択的に結合し、酸素や血圧調整に重要な一酸化窒素(NO)には干渉しない。
捕まえた一酸化炭素は安全に尿を通じて体外へ排出される。
体内に直接投与して血液を「洗う」仕組み
RcoM-HBD-CCCは、直接体内に注入して使用することを想定している。
体内に入ると、この人工タンパク質は血液中を巡りながら、一酸化炭素と結びついている赤血球を見つけ出し、その一酸化炭素分子を奪い取るようにして結合する。
その結果、赤血球は再び酸素を運ぶ本来の働きを取り戻し、RcoM-HBD-CCCに取り込まれた一酸化炭素は尿を通じて体外へ排出される。まさに血液の中で「洗浄作業」を行うような仕組みだ。
わずか1分で血液中の一酸化炭素を除去
マウスを使った実験では、この人工タンパク質を注入すると、血液中の一酸化炭素濃度が半分に減るまでの時間が、酸素治療では1時間以上かかるところをわずか1分未満に短縮した。
治療を行わなかった場合は約5時間かかるため、効果は圧倒的だった。
研究チームは当初、こうした除去タンパク質が酸素や一酸化窒素とも結合し、血圧の変化を引き起こす危険を懸念していた。だがRcoM-HBD-CCCは血圧にほとんど影響を与えず、安全性が高いことが確認された。
救急現場で使える注射型の解毒剤へ
グラドウィン博士によると、この人工タンパク質は静脈注射用に開発が進められており、将来的には救急現場や病院で投与できるようになる見込みだ。
「この分子は、救急隊員が現場で投与できる迅速な治療薬になる可能性があります」と博士は語る。
研究チームは今後、適切な投与量や安全性を確認する臨床試験を予定している。
また、この技術は、一酸化炭素中毒だけでなく、酸素供給療法や血液代替物としての応用も期待されている。大量出血(出血性ショック)や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、重度の貧血、臓器移植時の臓器保存など、さまざまな分野で活用できる可能性がある。
この研究成果は『PNAS[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2501389122]』誌(2025年7月)に掲載された。
References: PNAS[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2501389122] / Umaryland.edu[https://www.medschool.umaryland.edu/news/2025/new-protein-therapy-shows-promise-as-first-ever-antidote-for-carbon-monoxide-poisoning.html]











