風を食べて動く骨格。 浜辺で進化を続ける人工生命「ストランド・ビースト」

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 浜辺に吹く風を受け、まるで骨格のような「脚」で砂の上をすべるように進む奇妙な「生き物」たち。

 オランダの芸術家テオ・ヤンセン氏が1990年から生み出し続けている、風の力を使って動くキネティック彫刻「ストランド・ビースト」である。

 物理学を学んだ背景を持つヤンセン氏は、プラスチックのチューブと海からの風だけで動く「人工生物」を創り上げた。

 以来30余年にわたり続けられてきた「風をどう捕まえどう逃がすか」の試行錯誤は、ビーストの身体設計に結晶し、さらなる「進化」を目指し続けているのだ。

風の力で動く「人工生命」ストランド・ビースト

 ストランド・ビーストはプラスチック・チューブや塩ビ管、キャンバス地などで作られた、風の力でまるで生き物のように動くキネティックな「人工生命」である。

 オランダのデン・ハーグのビーチで、本当に生きているかのような複雑な動きを見せるビーストの姿は美しく、世界中にファンも多い。

 日本でも毎年のように展示会が開催されており、実際にこのビーストたちを目にしたことのある人も多いのではないだろうか。

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1990年から今に至る「12の進化の段階」とは

 ヤンセン氏によると、このストランド・ビーストには現在までに12の進化の段階があるのだそうだ。

 最初期はまだ形になる前の1990年以前。Preglutonと呼ばれる段階で、コンピューター上で動き回るウイルスのような「人工生命」を構想していた。

 そして1990~1991年の「Gluton」期に、初めて試作機の「アニマリス・ヴルガリス(Animaris Vulgaris)」が作られるが、まだ安定して動くには至らなかった。

 1991年からの「Chorda」期、1993年の「Calidum」期、1994年からの「Tepideem」期を経て改良が進み、風・砂・環境を意識した設計が明確に。

 やがて「群れ」の構想が登場し、プロペラ・旋回機構など、風の活用範囲が拡大していく。1997年の「Lignatum期は素材の多様化が進み、木材なども使われるように。

 下はこの時期に作られた、動物のサイにヒントを得て設計された「Rhinoceros Transport(サイ・トランスポート)」のプロトタイプ。

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 そして21世紀に入った2001年には「Vaporum」期が始まり、「自ら動く装置」への転換期を迎えたのだ。

 2006年からのCerebrum期、2009年からのSuicideem期からは「脳の時代」「自己破壊の時代」に突入。知覚や反応といった神経のような構造が取り入れられたが、その分構造や動きが複雑になり、「自己破壊」を起こすモデルが多く出た。

 2012年のAspersorium期、2013年からのAurum期にはより完成度が高まり、風力への依存度を下げたモデルが登場して「弱い風でも動ける」ように。

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 2016年からはキャタピラーや波打つように動く脚など、「歩く」から「滑る」「這う」といった進化を辿るBruchum期へ。

 下はこの時期に登場した、砂浜を這うように移動する「ウミナミ(Uminami)というモデルである。これは日本語の「海」と「波」にちなんで命名されたものだ。

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 そして2020年代に入ってからのヤンセン氏は、従来の脚で砂浜を歩くストランドビーストから一歩進み、「Strandbeest Hovering」というプロジェクトで、「飛翔・浮遊」の要素を取り入れたモデルの開発・展示を試みている。

 2023年以降は大きな更新こそないが、年次の実地検証と公開が着実に積み上げられているようだ。

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春に生まれ、秋には「絶滅」するビースト

 ヤンセン氏は毎年春に新しい「個体」をビーチへ連れ出し、夏の間に実験を重ね、秋になると「絶滅」宣言を出して引退させている。

 こうして「絶滅」したストランド・ビーストは、「遺体安置所(Strandbeest Mortuarium[https://www.museumprinsenhofdelft.nl/activiteiten/ontdek-het-strandbeesten-mortuarium])」と呼ばれる博物館に収納され、一般公開されることになる。

 今もこのサイクルは継続しており、1年ごとに「Strandbeest Evolution」という進化の歴史をまとめた動画を公開している。下に最新の2024年版を貼っておくので、4分弱の動画だからぜひ見てみてほしい。

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 2025年のストランド・ビーストはというと、近年のテーマである風力の生かし方と軽量化のバランスが、具体的な性能として実装されているようだ。

 今年の「シーズン最終日」に撮影された映像では、これまでで最も背の高い、全高約5mのビースト「Segundus」が紹介されている。

 風速9ノットというごく弱い風でも歩けるのは、高さを確保したことで、より多くの風を受けられるようになったからである。

 ヤンセン氏は常に「風の高さをどう拾うか」を課題としてきたそうで、このモデルは彼が追い続けてきた「風を捕まえるために最適な構造」が、一つの完成形に近づいたことを示していると言えるだろう。

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 さて、前述の「遺体安置所」には、絶滅したビーストが展示されているほか、ヤンセン氏の作業場の様子や映像作品なども見ることができる。

 入場は無料だが、基本的にオープンしているのは毎週木曜日の13時から21時まで。さらに2025年の営業は11月13日で終了とのこと。

 ビーチでのセッションは夏の間しか行われず、その年の予定は2月頃に発表されるようだ。

 ビーチで動くストランド・ビーストを見たい!という人は、ヤンセン氏のHPでスケジュールを事前に確認の上、現地を訪れることをおすすめする。

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References: YouTube[https://www.youtube.com/@strandbeestfilm]

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