土星衛星「タイタン」で本来混ざらないはずの物質が結合、生命誕生の謎を解き明かす鍵に
土星衛星「タイタン」 / Image credit:NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute

土星衛星「タイタン」で本来混ざらないはずの物質が結合、生命誕...の画像はこちら >>

 土星最大の衛星タイタンは、氷におおわれた極寒の世界だ。地表にはメタンやエタンの湖や海、砂丘が広がり、窒素とメタン、さらには複雑な炭素系化合物を含んだ濃い大気に包まれている

 NASAとスウェーデンの研究機関による新たな研究によると、氷の天体タイタンで、本来なら混ざらないはずの物質同士が、低温下で結びつき、安定した結晶を作っていたことが判明した。

 この結晶の中には、生命の材料になる分子が含まれており、今回の発見は、生命がどのように誕生したのかを解き明かす重要な手がかりになるかもしれない。

氷に覆われ、液体の海を持つタイタン

 タイタンはの直径はおよそ5150km。水星に匹敵するサイズを持つが、その環境はまったく異なる。

 表面温度はマイナス180度まで下がり、地球では気体として存在するメタンやエタンが、液体となって湖や川を形作っている。だがタイタンの本当の特異性は、その地表の下にある。

 探査機カッシーニやフイヤンスによる観測データからは、タイタンの地表が厚い氷の地殻でできており、その下に水とアンモニアが混ざった液体の海が存在する可能性が高いことがわかってきた。

 さらに、太陽光や宇宙線の影響によってタイタンの大気では複雑な化学反応が起きており、シアン化水素をはじめとするさまざまな有機化合物が生成されていることも明らかになっている。

[画像を見る]

本来なら混じり合わないはずの物質が結合

 このような特殊で極限の環境が、地球とは異なる化学反応を引き起したことが、アメリカ・カリフォルニア州のNASAジェット推進研究所(JPL)と、スウェーデンのチャルマース工科大学の研究チームによって明らかとなった。

 研究のきっかけは、タイタンの大気で生成されたシアン化水素という物質の行方だった。

 シアン化水素は、宇宙でもよく見られる有機化合物のひとつで、タイタンではこの物質が空から降りそそぎ、地表にたまっていると考えられている。

 だが、それがその後どのような状態で存在しているのかは、長い間わかっていなかった。

 この疑問に答えるため、研究チームはシアン化水素とメタン、エタンを、タイタンの地表と同じマイナス180度という極寒の条件で混ぜる実験を行った。ここで重要なのは、これらの物質の性質の違いだ。

 シアン化水素は、分子の中に電気の偏りがある「極性分子」であるのに対し、メタンやエタンは電気的に偏りがない「無極性分子」だ。

 このため、ふつうはお互いに混ざらず、まるで水と油のように分離してしまうのが化学の常識となっている。

 ところが、タイタンのような低温環境では、この常識が通用しなかった。

 実験の結果、シアン化水素とメタン・エタンが互いに結びつき、安定した結晶をつくっていたことがわかったのである。

[画像を見る]

生命の材料が自然に集まる場所だった

この安定した結晶の中には、シアン化水素の分子がしっかりと取り込まれていた。

 シアン化水素は、アミノ酸やヌクレオベースといった、生命に必要な有機分子の出発点になるとされている。アミノ酸はタンパク質の材料となり、ヌクレオベースはDNAやRNAの構成要素として知られている。どちらも生命の誕生には欠かせない。

 これまで、こうした複雑な分子が自然の中でどのように生まれ、どのように集まっていったのかは、大きな謎だった。

 ところが今回の発見により、極寒のタイタンのような環境でも、分子同士が自然に結びつき、安定した構造をつくる可能性があることが示された。

 生命の起源に迫る研究では、単に分子が存在するだけでなく、それらがどう出会い、どう結びついていったのかが重要になる。

 タイタンのような天体が、そうした自然の「実験場」になっている可能性が出てきた。

 さらに、こうした結晶構造は、分子を閉じ込めて長くとどめ、反応を促す「足場」として働くかもしれない。

[動画を見る]

探査機ドラゴンフライが目指す「生命のヒント」

 この研究は、今後の宇宙探査にとっても大きな意味を持つ。

NASAは2028年に、無人探査機「ドラゴンフライ(Dragonfly)」を打ち上げる予定だ。

 この探査機は2034年にタイタンに到達し、生命の前段階にあたる化学反応や、生命そのものの兆候を探ることを目的としている。

[画像を見る]

 チャルマース工科大学のマーティン・ラーム准教授は、「シアン化水素は宇宙のさまざまな場所に存在しており、今回のような共結晶構造が他の天体でも起こりうる。これは、生命に必要な分子が宇宙の多くの場所で自然に形成されている可能性を示す」と語っている。

 生命は、私たちが知らないだけで、すでに身近な場所で芽生えているのかもしれない。

この研究成果は『Proceedings of the National Academy of Sciences[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2507522122]』誌(2025年7月23日付)に発表された。

References: PNAS[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2507522122] / Titan’s Icy Surface Just Broke a Fundamental Rule of Chemistry[https://scitechdaily.com/titans-icy-surface-just-broke-a-fundamental-rule-of-chemistry/]

編集部おすすめ