40年以上にわたり、古生物学の世界ではひとつの論争が続いてきた。ティラノサウルス上科の小型肉食恐竜「ナノティラヌス」は、巨大なティラノサウルス・レックスの幼体なのか、それともまったく別の恐竜なのか。
だが、ついに決着がついたようだ。
アメリカのノースカロライナ州立大学をはじめとする共同研究チームは、モンタナ州で発見された「戦う恐竜」と呼ばれる化石標本を詳細に分析した。
そこには、トリケラトプスとナノティラヌスとされる恐竜が、死闘したままの姿で保存されていた。
その結果、この恐竜は成体のナノティラヌスであり、ティラノサウルス・レックスとは異なる属・別種に分類される、独立した恐竜であることが確認されたのだ。
この研究成果は、『Nature[https://www.nature.com/articles/s41586-025-09801-6]』誌(2025年10月30日付)に発表された。
ティラノサウルスとナノティラヌスの関係とは?
ティラノサウルス・レックス(以下T・レックス)は、白亜紀の北アメリカに生息していた大型の肉食恐竜である。分類上はティラノサウルス科に属し、全長は最大12m、体重は9tにも達したとされる。
学名はラテン語の「ティラヌス(暴君)」と「サウルス(トカゲ)」、「レックス(王)」を組み合わせたもので、「暴君トカゲの王」という意味をもつ。
1905年にアメリカの古生物学者ヘンリー・フェアフィールド・オズボーン博士によって命名されて以来、陸上生態系の頂点に立つ“王者の恐竜”として広く知られてきた。
一方、ナノティラヌス・ランケンシス(以下ナノティラヌス)は、白亜紀末期の北アメリカ、現在のモンタナ州周辺に生息していたとされる小型の肉食恐竜で、全長は約5mとティラノサウルス・レックスの半分ほどで、より軽快な体つきをしていた。
名前は、「ナノス(小さい)」とラテン語の「ティラヌス(暴君)」を組み合わせたもので、「小さな暴君」を意味する。
種小名「ランケンシス」は、化石が発見された地層「ランス層」に由来している。
ナノティラヌスの頭骨化石は1946年、アメリカ・モンタナ州で発見された。
当初は恐ろしいトカゲを意味する「ゴルゴサウルス(Gorgosaurus)」[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%82%B9]の一種とされたが、1988年に古生物学者ロバート・バッカー博士らが再調査を行い、新しい属として「ナノティラヌス」を提唱した。
ナノティラヌスはT・レックスの幼体なのか?
しかしその後、「この化石は小型の新属ではなく、ティラノサウルス・レックスの幼体ではないか」という説が浮上した。学界ではこの見解を支持する研究者も多く、40年以上にわたり論争が続いた。
どちらの説も決定的な証拠を欠いていたため、やがて「ナノティラヌス属」は実際には存在しないのではないか、と考えられるようになった。
そんな長年の論争に終止符を打つきっかけとなったのが、アメリカ・モンタナ州のヘルクリーク層で発見された「戦う恐竜」と呼ばれる化石である。
その化石標本には、トリケラトプスと、ナノティラヌスとされていた小型の肉食恐竜が、死闘したままの姿で保存されていた。
ナノティラヌスはT・レックスと別属・別種であることが判明
そこで今回、ノースカロライナ州立大学、ノースカロライナ自然科学博物館、ストーニーブルック大学の共同研究チームは、標本番号「NCSM 40000」として知られる「戦う恐竜」の化石の詳細な分析を行った。
研究チームは骨の成長線(骨の年輪)や脊椎の癒合状態、頭骨の神経構造を精密に調べた。
その結果、この小型の肉食恐竜は死亡時におよそ20歳の成体であったことが明らかになった。まだ成長途中の幼体ではなかったのである。
さらに、T・レックスとは骨格構造そのものに明確な違いが見つかった。
ナノティラヌスは歯の数が多く、尾椎(しっぽの骨)の数が少なく、前肢が長い。
また、頭骨内部の神経の通り方も異なっており、これらの特徴はいずれも成長によって変化しない固定的な形質であった。
このため研究チームは、ナノティラヌスがティラノサウルス・レックスとは生物学的に異なる恐竜であり、独立した属・別種であると結論づけた。
分類上、ナノティラヌスはティラノサウルス上科に属するが、ティラノサウルス科の一員ではない。
それよりも早い時期に枝分かれした近縁の恐竜である。つまり、ナノティラヌスはT・レックスの“遠い親戚”にあたる存在なのだ。
ストーニーブルック大学のジェームズ・ナポリ博士はこう語っている。
もしナノティラヌスをティラノサウルス・レックスの幼体とみなすなら、脊椎動物の成長に関するあらゆる原則を無視することになる。それは不可能だ
新たに見つかったもう一つの種
研究チームは今回の成果をもとに、さらに200体を超えるティラノサウルス上科の化石を精査した。
その中には、これまでT・レックスの幼体だと考えられてきた小型の標本も含まれていた。
そのひとつが、2001年にアメリカ・モンタナ州で発掘された個体「ジェーン」である。
しかし今回の分析により、この個体の骨格の形状や発達の度合いが、T・レックスとも、そしてナノティラヌス・ランケンシスともわずかに異なることが明らかになった。
研究チームは「ジェーン」をナノティラヌス属の新たな種と判断し、「ナノティラヌス・レタエウス(Nanotyrannus lethaeus)」と命名した。
種小名「レタエウス」は、ギリシャ神話に登場する忘却の川レーテー(Lethe)に由来する。
長い間、研究資料として存在しながらも見過ごされてきたこの恐竜に、ふさわしい名だといえる。
ただし、「ジェーン」がナノティラヌス属の第2の種に分類された点については、懐疑的な見方を示す専門家もいる。
暴君トカゲ王と小さな暴君、2種の支配者が共存した世界
白亜紀末期(約6600万年前)の北アメリカでは、長らくT・レックスが陸上生態系の頂点に立つ唯一の捕食者と考えられてきた。
しかし今回の研究によって、同じ時代と地域にもう1種の小型肉食恐竜、ナノティラヌスが生息していたことが明らかになった。
巨大な体と強力な咬合力をもつT・レックスが大型獲物を力で仕留めていたのに対し、ナノティラヌスはより軽快な動きで、異なる種類の獲物を狙っていたと考えられる。
つまり、同じティラノサウルス上科であっても、両者は狙う獲物や行動範囲を棲み分けながら、同じ環境で共存していたのだ。
ノースカロライナ州立大学のリンジー・ザンノ博士はこう語る。
「この発見は、恐竜時代の終わりを、これまでよりもずっと多様で競争の激しい世界として描き直すものです」。
ナノティラヌスの独立性が確認されたことで、T・レックスの成長や行動、生態を再現したこれまでの多くの研究は再検討を迫られることになった。
白亜紀末の北米大陸では、複数のティラノサウルス上科の捕食者が共存していた可能性が高く、恐竜たちの生態系は、これまで考えられていたよりもはるかに複雑で多様だったようだ。
それにしても次々と新種の恐竜が発見されたり、種や属が判明したりと、恐竜の歴史はどんどん書き換えられていくね。
References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41586-025-09801-6] / Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1103512] / Arstechnica[https://arstechnica.com/science/2025/10/nanotyrannus-species-confirmed-its-not-just-a-baby-t-rex/]











