地球が裂け始めている:太平洋岸北西部の沈み込み帯が崩壊中
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 地球の足元で、今まさにプレートが壊れ始めている。アメリカ・ルイジアナ州立大学の研究チームが、太平洋岸北西部の地下で「沈み込み帯」が自ら裂けていく瞬間を世界で初めて観測した。

 沈み込み帯とは、地震や火山を引き起こすプレート同士の境界であり、地球の表面を再生し続ける仕組みの一部だ。

 その「地球のエンジン」ともいえる構造が、今まさに止まりかけている。

 地震観測と地下イメージングの結果から、海の底のプレートが少しずつ断片化し、小さなマイクロプレートを生み出しながら崩壊していることが明らかになった。

地球を動かす仕組み「プレート」と「沈み込み帯」

 地球の表面は、十数枚の巨大な岩の板「プレート」がつぎはぎのように組み合わさってできている。

 これらのプレートは地球内部の高温なマントル(どろどろに溶けた岩石層)の流れに押されてゆっくり動いており、この動きを「プレートテクトニクス[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9]」と呼ぶ。

 プレート同士がぶつかる場所では、一方がもう一方の下に潜り込む。この場所が「沈み込み帯[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%88%E3%81%BF%E8%BE%BC%E3%81%BF%E5%B8%AF]」であり、ここでは強い圧力が生まれ、巨大地震や火山噴火が起こる。

 日本列島の東側(日本海溝や南海トラフ)や南米チリ沖、インドネシアなどもその例だ。

 こうした沈み込み帯は、古い海洋プレートを地球内部に再び取り込み、マントルの中で溶かしてリサイクルする役割を果たしている。

 だが沈み込み帯も永遠ではない。地球の長い時間の中で、いずれ「終わり」を迎える。

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崩壊の現場はカナダ・バンクーバー島沖にあった

 今回、ルイジアナ州立大学の研究チームが焦点を当てたのは、カナダ西岸のバンクーバー島沖に広がる「カスカディア沈み込み帯」だ。

 ここは北アメリカプレート[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88]の下に、海側のファンデフカプレート[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%95%E3%82%AB%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88]と、その北に位置する小規模なエクスプローラープレート[https://en.wikipedia.org/wiki/Explorer_plate]が沈み込んでいる場所である。

 エクスプローラープレートは、太平洋プレートから分かれた小さな海洋プレートで、バンクーバー島の沖合に存在することが地球物理学的観測によって確認されている。

 研究チームはこの地域で、沈み込み帯そのものが崩壊を始めている証拠を見つけた。これまで理論上と考えられていた「沈み込み帯の終わり」が、現実に起きていることを示す発見である。

 この研究を率いたルイジアナ州立大学の地質学者ブランドン・シャック博士は、この現象を「列車」にたとえて説明する。

 「沈み込み帯を動かすのは、列車を坂の上に押し上げるようなものだ。動かすには大きな力がいるが、一度動き出すと坂を下る列車のように止められない。そして止めるには、まるで列車事故のような劇的な出来事が必要になる」と博士は語る。 

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地球の内部を“超音波”でのぞく

 研究チームは、海の底から地球の内部を調べるため、音波を使った観測を行った。研究船から海底に向けて音を送り、その反射を長さ15kmの水中センサーで受け取り、地下の様子を画像として再現した。

 まるで地球に超音波検査をするような方法である。

 その観測によって、海洋プレートの深い部分に大きな断層が走り、プレートそのものが裂けていく様子が明らかになった。

プレートがゆっくりと“脱線”していく

 観測の結果、海洋プレートには長さ75kmに及ぶ裂け目が走っており、その一部では約5kmの段差が生じていた。地震の記録でも、裂け目の一部は活動しているが、他の部分では完全に沈黙していた。

 シャック博士は「一度プレートの一部が完全に切り離されると、岩が噛み合わなくなり地震が起きなくなる」と説明する。プレートの一部が外れ落ちていくたびに、地球の動きが少しずつ止まりつつあるのだ。

 博士はこの現象を、列車が一両ずつ脱線していく様子になぞらえた。プレートは一度に壊れるのではなく、少しずつ裂けながら、マイクロプレートと呼ばれる小さな断片を生み出していく。

 トランスフォーム断層(プレートが横にすれ違う断層)がハサミのように働き、プレートを部分ごとに切り離す。こうして次々と“車両”が外れていくように、沈み込み帯全体の動きは徐々に弱まっていく。

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過去の地質の謎を解く鍵

 この「段階的崩壊」は、地球の歴史に残る謎の痕跡を説明する鍵でもある。

 たとえばメキシコのバハ・カリフォルニア半島沖には、かつて存在したファラロンプレート[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%A9%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88]の破片とされる、活動を終えたマイクロプレート(fossil microplate)の名残がある。

 科学者たちはこれを「死にかけた沈み込み帯の証拠」と考えてきたが、その仕組みは不明だった。

 今回のカスカディアでの観測は、そのプロセスが「一気に崩れる」のではなく、「少しずつ裂けていく」ものであることを直接示した。

 さらに、プレートが分離するたびに地球内部のマントルが上昇する「スラブウィンドウ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%96%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A6]」が開き、一時的に火山活動が活発化する可能性もある。

 時間をかけてマイクロプレートが形成され、地球の表面が再び作り変えられていくのだ。

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地震リスクへの影響と今後の展望

 研究者たちは、今回確認された新しい裂け目に沿って大地震が発生する可能性や、断層が地震波の伝わり方にどのような影響を与えるかを今後調べる予定だ。

 今回の発見は、地震モデルの改良に役立つ重要な成果ではあるが、太平洋岸北西部(カスカディア地域)の地震リスクがすぐに高まるわけではない。

 プレートの崩壊は人間の時間では計りきれないほどゆっくりと進むため、これは「悪いニュース」ではなく、むしろ地球の仕組みをより深く理解するための貴重な機会といえる。

 この地域は今も巨大地震や津波を引き起こす力を秘めているが、プレートがどのように壊れ、地球がどのように再び形を変えていくのかを観測できたこと自体が大きな前進だ。

 地球が動き続ける中で、私たちはそのメカニズムをより正確に知る段階へと一歩踏み出したのである。

 この研究成果は『Science Advances[https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.ady8347]』誌(2025年9月24日付)に掲載された。

References: LSU[https://www.lsu.edu/science/news/2025/09/shuck-sci-adv.php] / Sciencedaily[https://www.sciencedaily.com/releases/2025/10/251025084611.htm] / Science[https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.ady8347]

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