オーストラリアの広大な大地を駆ける野犬の一種「ディンゴ」。その野性味あふれる姿は、この国を象徴する存在のひとつだ。
しかし今、そのディンゴの分類上の扱いをめぐって、クイーンズランド州で新たな動きがあった。
長年「侵入性動物(外来由来とされ、農業被害などのリスクから管理対象とされる生物)」に分類されてきたディンゴを、家庭で飼育できる犬に分類するという法改正案が持ち上がっているのだ。
もし改正が進めば、州内でディンゴの飼育が可能になるが、生態学者や先住民コミュニティからは「ディンゴの特性を十分に理解しないまま扱いが変わると、自然環境や動物福祉に影響が出る」との懸念も出ている。
州によって異なるディンゴの扱い
オーストラリアでは、生態系や農業を守るため「バイオセキュリティ(BS)法」が厳格に運用されている。
感染症、害虫、外来動物への対策を目的とした法律で、クイーンズランド州ではディンゴが「侵入性動物」の区分に含まれている。
そのため、販売や飼育、移動、餌付けなどが禁じられてきた。キツネやウサギと同じカテゴリーに位置付けられており、現在の制度ではペットとして扱うことはできない。
オーストラリアでは、ディンゴに対する法的位置づけが州ごとに大きく異なる。
ニューサウスウェールズ州と西オーストラリア州では、ディンゴをペットとして飼うことが合法とされている。
一方、ビクトリア州、北部準州(ノーザンテリトリー)、キャンベラを含む首都特別地域(ACT)では、許可証を取得することで飼育が可能となる。
現在、ディンゴの飼育を全面的に禁じているのは、クイーンズランド州・南オーストラリア州・タスマニア州の3州のみだ。
今回クイーンズランド州で検討されている法改正では、州の第一次産業省(DPI)がディンゴを「Canis familiaris」、つまり「イエイヌ」として再分類する案を提示している。
この法改正が実現すれば、クイーンズランド州でもディンゴをペットとして飼うことが可能になるのだ。
州の一次産業省(DPI)の担当者は、2026年4月の法改正を見据えた見直し作業が続いていると説明している。
国立公園ではディンゴは引き続き保護され、土地所有者は一般的な生物安全義務に基づいて、野犬やディンゴの襲撃から家畜を守るための措置を講じることができます
専門家は、ディンゴを犬とみなすことに懸念を表明
だが科学者や野生生物保護団体からは、この計画がディンゴと人間の関係に悪影響を及ぼす可能性があるとして、懸念の声が上がっている。
ディンゴの飼育は、普通の犬を飼うよりはるかに難しい。知能が非常に高く、運動能力に優れたディンゴは、捕食本能が強い生粋のハンターだ。
また、ディンゴは群れで行動する高度な社会的を持つ動物であり、孤立すると強いストレスを感じる。
野生のディンゴは夜間に活発に動き回り、遠吠えに似た鳴き声やニオイで仲間と連絡を取り合う。
そのため、人間の家庭環境では行動欲求を満たせず、問題行動が起きやすいとされているのだ。
また、逃走の名人としても知られており、飼育には特別な囲いが必要で、法律に沿った厳重な管理が求められる。
ディンゴは犬ではありません。遺伝的にも進化的にも、行動的にも犬とは異なる種であり、オーストラリアの生態系を維持するための頂点捕食者として、かけがえのない役割を果たしているのです
保護団体「Defend the Wild」を運営するアリックス・リビングストンさんは、ディンゴはあくまでも野生の生き物であると主張する。
すでにディンゴの飼育を認めているニューサウスウェールズ州や西オーストラリア州では、過剰な繁殖や劣悪な飼育環境といった問題も発生しているという。
国内最大のディンゴの保護団体である「Sydney Dingo Rescue」では、現在およそ100匹のディンゴを保護しているが、その7割が飼育下で繁殖したものだそうだ。
また、ディンゴの遺伝学研究者カイリー・ケアンズ博士は、クイーンズランド州のディンゴに対する法的な扱いは、矛盾していると指摘する。
ディンゴは自然保護法では在来野生生物とみなされていますが、バイオセキュリティ法では侵入性動物(侵略的外来種)とみなされています。法律上のディンゴの分類は一貫していないのです。
これは多くの州が頭を悩ませている問題でもあります。というのも我が国の多くの州法では、ヨーロッパ人の入植以前からオーストラリアに存在していた場合、その動物は在来種とみなされるからです。ディンゴを在来の野生生物として保護する一方で、同時に「イエイヌ」として扱うのは筋が通りません。
分類が定まらないディンゴ
ディンゴはオーストラリア大陸に生息するイヌ科の動物で、およそ3,000~5,000年前の氷河期の終わりに、東南アジアから海を渡ってやってきたとされる。
そのため、今も東南アジア地域に生息している在来犬とは、非常に近い関係にあると言われている。
体長は約1mで、中型犬ほどの大きさだ。ピンと立った耳と細長い鼻先、黄褐色の身体が特徴で、ぱっと見にはキツネにもどこか似て見える。
ディンゴの生息数は多いものの、イエイヌとの異種交配が可能なため、かつては純血種はほとんど残っていないと思われていた。
だが2023年にケアンズ博士らが行った研究[https://ajwcef.org/wordpress/wp-content/uploads/2023/09/Purebred-dingoes-more-common-than-researchers-thought.pdf]で、これまで交雑個体とされてきたディンゴの多くが、実際には純血種であったことが確認されている。
つまり、「ディンゴは既にイエイヌと交雑している」という見方が誤りであったことが判明したのだ。
さらに2024年8月、オーストラリアの野生動物学者たちは、学術誌『Australian Mammalogy[https://connectsci.au/am/article/47/3/AM24052/199699/Taxonomic-tangles-posed-by-human-association-the]』に論文を発表。
この論文の著者の一人、ディーキン大学の野生生物生態学・保全学教授ユーアン・リッチー博士は、次のように述べている。
ディンゴを独立した種として扱うべきか、それともオオカミの亜種の一つとみなすべきかについては、多くの議論と論争があります。中には犬とディンゴは本質的に同じ存在だと主張する人もいます
しかしリッチー博士は、外見や形態、行動、そして遺伝学的特徴のいずれをとっても、ディンゴとイエイヌの間には明確な違いがあると主張している。
2026年4月の施行が実施されるかは不明
クイーンズランド州北部で暮らす先住民ジルバル族出身で、「ディンゴ・カルチャー」の創設者であるソニア・タカウさんは、今回の法改正に納得していない。
私の文化的観点から、そして父や家族など年長者たちと一緒に育った経験から言えば、ディンゴは文化的に非常に重要な存在です。
この美しい野生のイヌ科の生き物が、独自の進化の道を歩み、イエイヌとは別物として分類されないなんて、私にはまったく理解できません
法改正に向けてのパブリックコメントはすでに締め切られ、これから所管部が最終案をまとめて内閣決定・官報公布という実装段階へ進むことになる。
クイーンズランド州政府は2026年4月の施行を目指しているが、専門家や先住民関係者からの強い反対もあるため、先行きはまだ不透明だ。
クイーンズランド州でディンゴをペットとして扱うことになるのか、それとも野生動物として守っていくのか。その答えはまだ出ていない。
References: ‘Dingoes are not dogs’: Queensland could soon allow dingoes as pets under new biosecurity rules[https://www.news.com.au/technology/science/animals/dingoes-are-not-dogs-queensland-could-soon-allow-dingoes-as-pets-under-new-biosecurity-rules/news-story/c2b178efec41250fe8c343b1f4994fb9]











