AI生成の野生動物映像が混乱を招き、保護活動を脅かす

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 家の裏庭に突然ヒョウが侵入、飼い猫が追い払い赤ちゃんを守るという動画がSNSで拡散され、116万以上の「いいね」を集めた。

 他にも、庭のトランポリンでクマやシカが跳ねる映像や、アライグマやスカンクがワニの背に乗って川を流れる映像などが拡散している。

 これらはすべてAIが作り出したものであり、多くの人が本当の出来事だと信じてしまうほど高い精度で合成されている。

 スペイン・コルドバ大学の研究チームは、こうした偽のAI動画が人々の自然に対する理解をゆがめ、野生動物の保全にも好ましくない影響を与えていると報告した。

 この研究成果は『Conservation Biology[https://conbio.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cobi.70138]』誌(2025年9月3日付)に掲載された。

AI動画が野生動物に対する正しい認識をゆがめている

 コルドバ大学の研究チームは、SNS上で大きく拡散したAI生成の野生動物動画を調査した。研究チームは、合成された動画が「実際に撮影された記録映像のように見える点」に着目し、視聴者が現実の自然環境と混同しやすいことを確認した。

 研究チームが分析した動画例には、子どものいる庭にヒョウが入り込み、飼い猫がそれを追い払うという場面がある。

 研究者は、このような状況は実際にはほとんど起こりえないと指摘した。ヒョウが住宅地の庭に侵入する確率は低いという。

 実際に飼い猫が子どもを守るために犬を追い払った事例はあるが、これまでヒョウを追い払ったという報告は一度もなされていない。

 研究チームは、こうした「現実ではめったに起こらない行動」が本当にあったこととして映像で広まることで、視聴者の野生動物への理解が歪められてしまう恐れがあるという。

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 この研究チームを率いた筆頭著者のホセ・ゲレロ氏は、調査した動画の多くが「野生動物の特徴や行動、生息環境、種どうしの関係を本来とは異なる形で作られている」と述べている。

 動画には、動物がトランポリンの上で楽しそうに遊ぶ、人間のような仕草を見せるシーンもある。

 ゲレロ教授は、「こうした演出は現実の自然を反映しておらず、本来の行動から大きく離れている」と説明する。

 また、ヒョウの動画のように、本来ならめったに人前に姿を現さない状況を、「ありえる出来事」として演出することは、野生動物に対する適切な距離感や危険性の認識を弱めてしまう可能性があるという。

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子どもたちの自然への興味が逆に薄れる危険性

 研究チームは、AI生成動画が特に子どもに強い影響を与えると警告する。

幼少期は視覚的な情報から学ぶ割合が高く、SNSで繰り返し見る動画を「本物の自然の映像」として受け取りやすい。

 研究チームの一員であるロシオ・セラーノ氏は、「こうした動画は、地元には存在しない動物が身近にいるかのような誤解を生む」と述べ、さらに「野外に出かけても動画と同じような面白い行動をする動物に出会えず、かえって自然への興味を失う可能性がある」と指摘した。

 コルドバ大学が行った別の研究プロジェクト「IncluScienceMe[https://ciencia-ciudadana.es/proyecto-cc/incluscience-me/]」では、多くの小学生が地元の野生動物について正しい知識を持っていないことが明らかになっている。

 研究チームは、AI動画によって“自然はもっと派手で魔法のようなものだ”と錯覚する子どもが増える危険性を懸念している。

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珍しい動物を飼いたいという需要が高まる懸念

 もう1人の研究者、タマラ・ムリージョ氏は、AI動画が外来種や、野生由来の動物「エキゾチックアニマル」に対する興味を高め、飼いたいと考える人々を増やしてしまうことも問題に挙げている。

 SNSに登場する野生動物は、しばしば「人懐っこく、穏やかな存在」として演出される。

 こうした映像を繰り返し見ることで、珍しい動物をペットとして迎えたいと考える人が増えると、違法取引や生態系への負荷につながる危険性がある。

メディアリテラシーを身につけることの重要性

 研究チームは、AI生成動画によって生まれる誤解を減らすためには、視聴者が「情報を正しく読み取り、真偽を見分ける力」を身につけることが欠かせないと述べている。

 これは「メディアリテラシー」と呼ばれるもので、インターネットやSNSで得た情報をうのみにせず、発信源や内容を自分で確かめる姿勢のことを指す。

 ただし、AI生成動画は実写のように滑らかで、背景や動物の動きも自然に作られているため、現実との境界が分かりづらい。私も何度も騙されてきた

 製作者が最初に生成AI動画として投稿しても、切り取られ拡散されるうちに、リアリティを帯びたストーリーまで付け加えられ、わからなくなってしまうことがよくあるのだ。その対策はSNSの運営会社などが担う必要があるかもしれない。

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子どもたちには学校教育で動物の知識を身に着けさせる

 また、子どもたちに対しては、学校教育の中で、地域に生息する在来種と、その土地にもともといない外来種の違いを早い段階から教えることも重要だという。

 どこにどんな動物が暮らし、どういった生態を持つのかを理解することで、AI動画で描かれる“現実では起こらない自然の姿”に惑わされにくくなるからだ。

 研究チームのひとりである、フランシスコ・サンチェス氏は、「子どもたちが早い段階で『この地域にライオンはいない』という当たり前の事実を知っていれば、動画の内容に過度な期待を抱かずに済む」と指摘する。

 さらに研究チームは、AI生成動画が自然保全にどのような影響を与えているのかを継続して調査し、その結果を教育現場や市民向けの情報提供に生かしていく必要があると述べている。 

References: Onlinelibrary.wiley.com[https://conbio.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cobi.70138] / Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1104339]

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