インカ帝国は、マチュ・ピチュやクスコに代表される精巧な石組みの建築で知られているが、遺構の中には視覚だけでは気付きにくい仕掛けが隠されている。
アメリカ・カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームは、ペルー南部フアイタラに残る「正面だけが大きく開いた3面の壁の建物」を調査した。
この建物は「コの字型」の形をしており、音を遠くに響かせるために造られた可能性があるという。研究チームは、インカにおいて音が重要な役割を持っていたと考えている。
3面の壁で囲まれたインカの「コの字型」の建物
カリフォルニア大学ロサンゼルス校のステラ・ネア准教授の研究チームは、ペルーの町、フアイタラ(Huaytará)に残るインカ時代の建物「カルパ・ウアシ(carpa uasi)」の音響特性を調査している。
カルパ・ウアシは四角い空間の3つの側面にだけ壁があり、正面の1面だけが広く開いた「コの字型」の建物である。
ただし、現在の外観を見ただけでは「コの字型」には見えない。
その理由は、スペイン統治期に建てられたサン・フアン・バウティスタ教会が、この建物を土台として利用しているためである。
教会の建設時にインカ時代に築かれた壁は外側から覆われ、上部には新しい壁と屋根が作られている。
その結果、カルパ・ウアシは教会の内部の1階部分としてだけ残り、外からは下部の石組みがわずかに確認できるだけになった。
本来の開いた側の構造も教会内部に隠れており、外観だけでは3方構造を確認できない。
なぜ1面だけ壁がなかったのか?
なぜこのような形状の建物をインカの人々は作り上げたのか?
研究チームは、この形状が太鼓のような低周波の音を遠くへ広げるための構造だった可能性があるという。
3方の壁で音が反射し、開いた側へ向かって音が抜けることで、儀式などで奏でられた音を周囲に届けやすくしていた可能性があるという。
ネア准教授は、プレスリリース[https://newsroom.ucla.edu/releases/15th-century-inca-building-built-for-sound-research-ucla]で「私たちは、この建物がどのような音を重視していたのかを初めて明らかにしようとしています」と述べている。
インカ帝国にとって音が重要な役割を果たしていた
インカ帝国は15世紀から16世紀初頭にかけてアンデス地域で繁栄し、現在のエクアドルからチリまで南北約4000kmの領域を支配した。
首都クスコを中心に高度な道路網や行政制度を整備し、石材を隙間なく加工する建築技術を発展させた文明である。
マチュ・ピチュはその象徴として知られている。
しかし近年、研究者はインカ建築が石組みだけで成立していたわけではないと考えている。
アンデスの儀式では太鼓や管楽器の音が大きな役割を果たし、音の響き方や広がり方が儀式空間に深く関わっていた。
カルパ・ウアシは、その音響を意図的に高めるために作られた可能性がある建物として注目されている。
教会が上に建ったことで600年間保存された建物
カルパ・ウアシは、インカ時代の建物としては珍しく600年間ほぼ原形を保って残っている。
これは、教会がその上に建てられたことで、外側から圧力や風雨から守られ、結果として遺構が安定したためである。
ネア准教授は「私たちは世界を理解するとき、視覚に頼り過ぎてしまう傾向があります」と述べ、音を含む複数の感覚を手掛かりに歴史を見直す必要性を改めて主張している。
カルパ・ウアシは、インカの人々が「音」という形のない働きを建築に組み込んでいた可能性を示す貴重な遺構である。
この研究成果はカリフォルニア大学ロサンゼルス校のプレスリリース[https://newsroom.ucla.edu/releases/15th-century-inca-building-built-for-sound-research-ucla](2025年10月21日付)にて紹介された。
References: Newsroom.ucla.edu[https://newsroom.ucla.edu/releases/15th-century-inca-building-built-for-sound-research-ucla]











