パレスチナの遺跡で発見された高さ約8cmの銀の杯には、世界最古の宇宙創成神話を表現している可能性があるという。
約4300年前に作られたこの杯(ゴブレット)には、蛇が支配する混沌とした世界、人類の誕生、太陽を掲げて新たな秩序が生まれる様子などが描かれている。
スイスの考古学者が率いる国際研究チームは、メソポタミア全域の伝承や「天の舟」モチーフとの関連から、人類最古の宇宙観の一端を明らかにしようとしている。
この研究成果は『Journal of the Ancient Near Eastern Society “Ex Oriente Lux”[https://zenodo.org/records/17594730]』(2025年11月号)に発表された。
アイン・サミヤ遺跡で発見された銀の杯
1970年、イスラエルの考古学者は、パレスチナ・ヨルダン川西岸のアイン・サミヤ遺跡で青銅器時代の墓を発掘し、高さ約8cmの銀製の杯(ゴブレット)を発見した。
この杯は、当時の高位な人物の副葬品として納められていたとみられている。表面には精巧な浮き彫りが施されており、2つの場面が描かれていた。
蛇と混沌からはじまる宇宙創成の物語
スイス・チューリッヒ大学とカナダ・トロント大学を中心とする国際研究チームは、この2つの連続した場面を詳しく分析した。
1つ目の場面は、蛇が支配する原初の混沌の状態だ。人間と動物が入り混じったような存在が現れ、天地や動植物がまだ分かれていない、力を発揮できない世界が描かれている。
続く2つ目の場面では、蛇が地面に横たわり、2体の人間に似た姿が太陽を高く掲げている。このシーンは、混沌から秩序が生まれ、世界や宇宙が形づくられていく“始まりの瞬間”を表現していると考えられている。
研究チームは、この構図が「宇宙創成」、つまり宇宙のはじまりを象徴している物語であると解釈した。
神話の起源と「天の舟」の謎
1970年代以降、この杯の図像はバビロニア神話の創世記叙事詩「エヌマ・エリシュ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%8C%E3%83%9E%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A5]」と関係があると考えられてきた。
エヌマ・エリシュは古代バビロニアで語られた世界創造神話で、神マルドゥクが巨大な混沌の女神ティアマトと激しい戦いを繰り広げ、ついにはティアマトを打ち倒してその身体を引き裂き、天と地を生み出すという壮絶な物語が展開される。
しかし今回の研究により、アイン・サミヤの杯には、エヌマ・エリシュで描かれるような戦いなどの暴力的な場面が一切見られないことに注目した。
杯の図像は、混沌から秩序が生まれる過程をより象徴的かつ平和的に表現している。
天の舟が伝える古代人の世界観
研究チームは、2つ目の場面で人間が太陽を高く掲げている構図が、古代近東地域で広く信じられていた「天の舟(光の舟)」というモチーフと深く結びついている点に注目した。
古代の人々は、太陽や月が空を旅するのは、神聖な舟に乗っているからだと考えていた。
この「天の舟」という視覚的な象徴は、実はトルコ南東部のギョベクリ・テペ遺跡で発見された約11500年前の土器にも描かれており、ヒッタイト帝国の聖地ヤズルカヤや、リダル・ホユック・プリズムと呼ばれる、トルコで見つかった古代の遺物にも類似する図像が見つかっている。
こうした共通点から、研究チームは、アイン・サミヤの杯が世界最古の宇宙創成神話を視覚的に伝えている可能性を指摘している。
ただし、これらの文化が直接つながっていたかどうか、あるいは人類共通の象徴性から独立に生まれたものかについては、いまも専門家の間で議論が続いている。
それでも今回の研究は、アイン・サミヤ遺跡の銀の杯は、人類が宇宙の成り立ちや秩序の起源をどのようにイメージしていたかを知る手がかりとなったようだ。
追記(2025/11/18 聖杯を杯に訂正して再送します。
References: Zenodo[https://zenodo.org/records/17594730] / This 4,300-Year-Old Silver Goblet May Contain Earliest Known Depiction Of Cosmic Genesis[https://www.iflscience.com/this-4300-year-old-silver-goblet-may-contain-earliest-known-depiction-of-cosmic-genesis-81564]











