従来の45倍、空気中から飲料水を高速で回収する超音波装置を開発
超音波を使った大気の水回収装置 Image credit:Ikra Iftekhar

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 砂漠のような乾燥地帯でも、空気中にはわずかながら水分が含まれている。それらを効率よく集めて浄化できれば、新たな飲料水源として利用できる。

 これまでにも多くの研究者たちが、太陽熱を利用して空気から水を取り出す技術を開発してきた。だがこの方法には大きな弱点があった。水を集めるのに長い時間がかかるのだ。

 ところが今回、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、その時間を劇的に短縮する新しい方法を考案した。熱で蒸発させるのではなく、超音波を使って水を“振り落とす”という発想だ。

 この技術によって、従来の45倍もの速度で、わずか数分で飲める水を回収することができるという。

 この研究成果は『Nature Communications[https://www.nature.com/articles/s41467-025-65586-2]』(2025年11月18日付)に掲載されている。

大気から吸収した水を素早く取り出すには

 従来の大気から水を回収するシステムは、夜に湿気を吸った素材を、昼の太陽熱で温めて水を蒸発させ、それを集めて水に戻すという方法が一般的だった。

 だがこの方式には大きな問題がある。素材が水をたくさん吸着しても、それを分離させるのが難しく、多くの熱エネルギーと数時間から数日という長い時間が必要だったのだ。

 そこでマサチューセッツ工科大学(MIT)機械工学科のスベトラナ・ボリスキナ博士率いる研究チームは、この時間を劇的に短縮するため、新たな発想を試みた。

 それが「超音波」である。

 後から研究チームに加わった大学院生のイクラ・イフテカール・シュボ氏は、もともと医療用の超音波機器を扱っていた経験があった。

 その経験を生かし、「超音波を使えば素材から水をもっと早く分離できるのでは」と提案したのだ。

 彼の発想をきっかけに、研究チームは超音波を使った水回収の実験に取り組むことになった。

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超音波の振動で水を高速回収することに成功 

 超音波とは、人の耳には聞こえないほど高い音波のことである。1秒間に2万回(20キロヘルツ)以上振動する高周波で、空気の中を圧力の波として伝わっていく。

 MITの研究チームは、この高周波の振動が素材の中の水分子を細かく揺らし、水を外へ押し出す働きを助けると考えた。

 そして完成したのが、超音波を利用して空気中の水を「振るい落とす」装置である。

 水をたっぷり吸った素材を装置の上に置いてスイッチを入れると、超音波の振動が素材の内部まで伝わる。

 水分子と素材を結びつけていた弱い力が切れ、勢いを得た水分子が音の波に合わせて跳ねるように飛び出していく。

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 シュボ氏はこの様子を「水が波とダンスしているようだ」と語る。見えない音の波に合わせて水分子がダンスを踊り、やがて水滴となって下へと落ちていく。

 装置の中心には、電圧をかけると細かく振動する平らなセラミックの輪がある。この輪が超音波を発生させ、置かれた素材を下から震わせる仕組みだ。

 その周囲には、無数の小さな穴(ノズル)があいた外側のリングが取り付けられている。

超音波の力で素材から振り落とされた水滴は、このノズルを通って上下に設けられた容器へと流れ込み、そこで集められる。

 全体としては、平たい皿を二枚重ねたような形をしており、上の層で素材を振動させ、下の層で水を受け取る構造になっている。まさに“音の力で水を絞る”装置だ。

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従来の45倍の速度で水を回収することに成功

 研究チームは、これまでに開発されていた水分吸着素材を使って装置の性能をテストした。

 コインほどの大きさの水分吸着素材をいくつも用意し、それぞれを湿度の異なる環境に置いて時間をかけて湿気を吸わせた。

 そして、素材が水分をたっぷり含んで飽和状態になったところで、超音波装置の上にセットし、スイッチを入れた。

 すると、装置の振動によって水分が一斉に振り落とされ、わずか数分で素材は完全に乾いた。内部に残っていた水分はすべて回収されたのだ。

 これまで太陽熱を利用する方式では、同じ量の水を取り出すのに数時間から数日を要した。

 だがこの超音波装置を使えば、わずか数分。計算によると、従来の約45倍の速さで水を効率よく回収できたという。

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空気が水の蛇口になる日がそこまで

 ボリスキナ博士は語る。「これまでの課題は、素材が吸い取った水をどうやって素早く取り出すかでした。

超音波はその問題を、時間とエネルギーの両面で解決してくれたのです。」

 空気中の水分はもともと不純物が少なく、装置内部が清潔に保たれていれば、高い純度の水を得ることができる。

 この技術が実用化されれば、砂漠のように乾燥した地域や、海水すら得にくい内陸部でも、水を自給できる可能性が広がるだろう。空気の蛇口をひねって水が飲めるSFのような未来が現実味を帯びてきた。

 ボリスキナ博士は続ける。「大気中の湿気は、あらゆる場所で利用できる水資源です。私たちは、それをこれまでにない速さで回収できる方法を見つけました。」

 将来的には、家庭の窓ほどの大きさの水分吸着素材と超音波装置を組み合わせ、日中に何度も水を集められるシステムの開発が期待されている。 

References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41467-025-65586-2] / Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1106285]

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