アメリカ、ニューヨーク市のグランド・セントラル駅で、いつもとは違う香りが漂い始めた。地下通路エリアに、まるで森の中にいるかのような「新鮮な松」と「甘いバニラ」の香りが充満しているのだ。
これは、大手企業が仕掛けた「癒しのミスト(蒸気)」を注入するという、大規模かつ実験的な「香り広告」キャンペーンによるものだ。
視覚や聴覚だけでなく、嗅覚に直接訴えかけるこの新たな試みに、ニューヨーカーたちはどう感じただろうか?
地下鉄のトンネルに漂う「癒し」の香り
アメリカの家庭用品・フレグランス大手「バス・アンド・ボディ・ワークス(Bath & Body Works)[https://www.bbwinc.com/media/newsroom/where-holiday-spirit-meets-scent-bath-body-works-unveils-immersive-holiday-campaign]」は、2025年11月3日、「Where Holiday Spirit Meets Scent(ホリデーの精神と香りが出会う場所)」と名付けたキャンペーンを展開すると発表した。
これは、駅や映画館、ショッピングモールなど、人が多く集まる公共空間で心地よい香りを体験させる試みだ。
手始めに、ニューヨーク市マンハッタンにあるグランド・セントラル駅の「42丁目シャトル」のプラットフォーム周辺や地下通路には、ニューヨーク交通局(MTA)の許可を得て、ディフューザー(香りを拡散する装置)が設置された。
ディフューザーは鉄骨や壁面に取り付けられ、そこから「Fresh Balsam(フレッシュ・バルサム)」と呼ばれる松やバニラを基調とした香りがミストとなって噴き出す。
場所は、タイムズスクエアとを結ぶ「42丁目シャトル」のプラットフォームだ。
頭上の鉄骨や壁には専用のディフューザー(拡散器)が設置され、そこから目に見えるほどの蒸気となって「フレッシュ・バルサム(新鮮なバルサムモミ)」の香りが噴射されている。
報道によれば、キャンペーン終了までにミストとなって噴射される香料の総量は約9~14kgと見込まれている。
尚、kgで表記されているのは、液体の香料を重さで管理する業界の慣習によるものだ。香料の原液は精油や化粧品原料と同じく重量で取り扱われることが多く、今回もディフューザーに投入される香り成分の総重量を示している。
これはMTA史上初となる試みであり、地下鉄構内を少しでも落ち着いた空間に変えることを目的としている。
「センティグレーション」という新たな広告体験
同社のプレスリリースによると、この作戦には「センティグレーション(Scentigration)」という、香りと統合を掛け合わせた造語が使われている。
CMO(最高マーケティング責任者)のジェイミー・ソホスキー氏は、「消費者がどこにいても喜びの瞬間を届け、日常の体験の一部にする」とその意図を語る。
地下鉄には「All Aboard the Holiday Spirit(ホリデー精神に出発進行)」というメッセージが掲げられ、通勤という日常の煩わしい移動時間の中で、心穏やかなクリスマスホリデーの気分を味わってもらおうとする試みだ。
ちなみに今回のキャンペーンでは、地下鉄に撒かれている「フレッシュ・バルサム」のほか、「スノーフレーク&カシミア」「ツイステッド・ペパーミント」といった香りも用意されており、これらの香りが、忙しいニューヨーカーたちの嗅覚を楽しませる仕掛けとなっている。
地下鉄の香り広告に対する通勤客の反応
では、実際に毎日ここを利用している通勤客たちは、この「癒しのミスト」をどう感じているのだろうか。AP通信[https://www.nbcnewyork.com/manhattan/grand-central-subway-smell-christmas-bath-body-works/6420994/]によると、意外なことに多くの人々がこの変化を歓迎しているようだ。
ある通勤客は「普段のトンネルの臭いよりはずっといいよ。だから感謝してる」と語り、23歳の女性は「松の香りで、すごくクリスマスっぽい」と好意的だ。また、60歳の女性は「柔軟剤を思い出すわね」とコメントしている。
年季の入った工業用オイルと人々の体臭が混ざり合った、いつもの独特な地下鉄臭と比較すれば、森の香りは明らかに快適な環境を提供していると言えるだろう。
MTAの担当者によれば、昨年のパイロットテストを含め、安全性の確認は済んでおり、これまでのところ苦情は一件も届いていないそうだ。
一方で、この試みに対しては慎重な声も上がっている。
特定のフレグランスショップに自らの意思で入るのとは異なり、公共交通機関は強制的に香りを嗅がなければならない場所だ。
一部のメディアは、これを「香水による待ち伏せ攻撃」と表現し、公共空間における「不文律」を侵す行為ではないかと指摘している。
ただでさえ他人の過剰な香水や体臭に耐えなければならない密閉空間において、企業がさらに匂いを上乗せしてよいのだろうか?
企業側は安全性を主張しているが、アレルギー体質の人や匂いに敏感な人々が、逃げ場のない場所で強制的に「企業の香り」を吸わされることに対して、倫理的な問題がないとは言い切れないだろう。
香り広告は徐々に広がりを見せる
とはいえ、MTA(交通局)にとって、この香りの活用は新たな収益源確保のための重要なビジネスモデルとなりつつある。
バス・アンド・ボディ・ワークス社は、ニューヨークだけでなく、ロサンゼルス、シカゴの一部の映画館でも、上映前に観客に向けてホリデーテーマの香りを噴射する「香り広告」を行う予定だ。
映画館の入り口には「ホリデーの精神は、ひと香りの距離に(Holiday Spirit is a scent away)」というポスターが貼られ、座席に着くと同時に香りが漂ってくる仕組みだという。
視覚的な広告は目を逸らせば避けられるが、香りは呼吸をする限り体験せざるを得ない。
好みの香りならまだいいが、そうでない香りを強制的に嗅がされる状況に抵抗を感じる人もいるだろう。
日本では「香害(こうがい)」という言葉が生まれ、他人の柔軟剤の匂いですら問題視される昨今だ。果たして香り広告は、日本にも上陸するのだろうか?
References: Bbwinc[https://www.bbwinc.com/media/newsroom/where-holiday-spirit-meets-scent-bath-body-works-unveils-immersive-holiday-campaign]











