女性を抱くガチョウの粘土像、人と動物の絆を示す1万2000年前のアニミズムの世界
Image credit: Laurent Davin; <a href="https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/" target="_blank">CC BY-NC-ND 4.0</a>

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 イスラエル北部の遺跡で、約1万2000年前に作られた、人間女性を背中から抱きしめるガチョウのかたどった小さな粘土像が発見された。

 日本では縄文時代が始まった時代のもので、人と動物の関係を描いた像としては世界最古の記録となる。

 ヘブライ大学の考古学チームは、この像を、狩猟採集から定住生活へと移る時期に生きた人々の精神世界を映すものとみている。

 当時の人々は、動物を単なる食料ではなく、人間と魂を分かち合う存在と考えており、「アニミズム的信仰」を示す貴重な証拠となるという。

 この研究成果は『PNAS[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2517509122]』誌(2025年11月17日付)に発表された。

人と動物の交流を描いた世界最古の像

 イスラエル・ヘブライ大学のロラン・ダヴィン博士率いる研究チームは、イスラエル北部のガリラヤ湖を見下ろす場所にある「ナハル・アイン・ゲブⅡ(Nahal Ein Gev II)」遺跡で発掘調査中、これまでに見たことのない粘土像を発見した。

 像の高さはわずか3.7 cmほどで、手のひらにすっぽりと収まるサイズだ。

 そこに描かれていたのは、一人の女性が体を丸め、その体を包み込むように一羽のガチョウが重なり合う姿だ。ガチョウは女性を守っているようにも見える。

 ヘブライ大学考古学研究所のレオレ・グロスマン教授とナタリー・マンロー教授はこの発見について、人間と動物の交流を描いた最古の像であり、この地域で女性を写実的に表現した最初の例であると説明している。

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高度な職人技はすでに存在していた

 研究チームはこの像を詳しく調べるため、顕微鏡観察や化学分析といった高度な技術を用いた。

 分析の結果、像を作った職人が地元の粘土を使い、約400度の温度で意図的に加熱していたことが判明した。当時の人々はすでに火を巧みに操る技術を持っていたのだ。

 さらに興味深い事実も明らかになった。像の表面には赤い顔料である赤色オーカー(酸化鉄系の顔料)が塗られており、女性とガチョウの両方が赤く彩られていた形跡があった。

 また、粘土には制作者のものと思われる指紋が残されていた。

指紋のサイズから、この像を作ったのは若い成人女性、あるいは成人女性であった可能性が高い。

 制作者は光と影の効果を熟知していたようで、彫刻の凹凸を巧みに利用して奥行きと遠近感を生み出している。

 このような芸術的な技術は、一般的には後の新石器時代に花開いたと考えられていたが、旧石器時代の終わりにはすでに存在していたのだ。

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アニミズムが繋ぐ人と自然の魂

 特徴的なのはこの像の構図だ。当時の人々にとってガチョウは貴重な食料源だったが、この像のガチョウは狩られた獲物ではなく、生き生きとした姿で描かれている。

 女性とガチョウが一体化したような姿は、古代の信仰である「アニミズム[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%83%A0]」を反映していると研究チームは考えている。

 アニミズムとは、人間だけでなく動物や植物、石や風に至るまで、あらゆるものに霊魂が宿るとする考え方だ。19世紀のイギリスの人類学者エドワード・タイラーが提唱したこの概念は、宗教の初期段階や先史時代の人々の精神性を理解する上で重要な手がかりと考えられてきた。

 だが、現代の解釈は少し違う。宗教学者グレアム・ハーヴィーが指摘するように、それは「生きとし生けるものすべての存在を尊重する姿勢」であり、自然と人間が互いに影響し合う関係性そのものを指す。

 この視点で像を見直すと、新たな意味が浮かび上がってくる。ガチョウは単なる獲物ではなく、女性と共に命を共有する「仲間」として描かれているのだ。

 そこにあるのは、対等な魂が触れ合う「共生の物語」である。

当時の人々は、ガチョウを生きるための糧だけではなく、精神的に繋がり合えるパートナーとして見ていたのだろう。

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狩猟から定住への移行期に育まれたナトゥーフ文化の精神世界

 像が発見された場所は、半円形の石造建物の埋め土の中であり、そこには埋葬跡や儀式用の遺物も含まれていた。

 ここに暮らしていたのは「ナトゥーフ文化[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%95%E6%96%87%E5%8C%96]」の人々(約1万5000~1万1500年前)で、狩猟採集生活から定住生活へと移り変わる時期だった。

 ナトゥーフ文化は、現在のイスラエル、レバノン、シリア、ヨルダンにまたがる「レバント地方[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%88]」で発展した。世界でも最初期に定住化が進んだ文化の一つとされ、麦や豆などの野生穀物を収穫し、貯蔵して暮らしていたことが知られている。

 彼らの墓には装飾品をつけた遺体が埋葬され、骨には赤オーカーが塗られていた。これらの行為は死者を敬い、自然の循環と生命の継続を意識していた証拠と考えられている。

 また、遺跡からはガチョウの骨や羽が装飾や儀式に使われた痕跡も見つかっている。ナトゥーフ文化の人々は、人間と動物、自然と生命に境界線を引かず、すべてを同等に尊重していたようだ。

 死者の骨を丁寧に埋葬し、動物の素材を身にまとう行為は、すべての存在に霊的な力が宿るという考え方を反映しており、まさに「アニミズム」の原点だろう。

 ダヴィン博士はこの発見の重要性を次のように語っている。「これは人間と動物の交流を描いた世界最古の像であり、南西アジアで見つかった、もっとも古い写実的な女性像でもあるのです」

 かつてここに暮らした女性職人は、粘土をこねながら、人間と自然が調和する世界を形に残そうとしたのだろう。

その想いは、1万2000年の時を超えて現代の私たちに自然と調和することの大切さを教えてくれている。

References: Archaeologymag[https://archaeologymag.com/2025/11/rare-natufian-figurine-of-a-woman-and-a-goose/] / PNAS[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2517509122] / PHYS[https://phys.org/news/2025-11-woman-goose-year-glimpse-prehistoric.html]

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