完全合成の「脳組織モデル」が誕生、動物の犠牲をなくすための一歩
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 人間の脳を実験室でゼロから作り出す。そんなSF映画のような話が、現実味を帯びてきた。

 アメリカの研究チームが、動物由来の材料を一切使わずに機能する「人工脳組織」の開発に成功した。

 これまで、脳の研究にはマウスなどの動物の犠牲がつきものだった。だが、この新しい技術を使えば、動物を傷つけることなく、より人間に近い環境で脳の研究をすることができるという。

 この研究成果は『Advanced Functional Materials[https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/adfm.202509452]』誌(2025年10月1日付)に掲載された。

脳は足場に支えられている

 脳の中では、無数の神経細胞が複雑につながり合い、電気信号をやり取りしている。だが、細胞はただふんわりと浮いているわけではない。「細胞外マトリックス」と呼ばれる、タンパク質でできた足場に支えられているのだ。

 細胞にとって、この足場は家であり、成長するためのジャングルジムのようなものだ。これがなければ、細胞は形を保つことも、正しくつながることもできない。

 科学者たちは長年、この足場を人工的に再現しようとしてきた。しかし、脳の構造はあまりにも複雑だ。

 これまでは、どうしてもマウスやラットなどの動物から採取した成分に頼らざるを得なかった。

 だが、動物の組織と人間の組織は完全に同じではないし、倫理的な問題も残る。

 そこでカリフォルニア大学リバーサイド校の研究チームは、完全に化学合成された材料だけで、この複雑な環境を再現することに挑んだ。

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スポンジのような構造で脳を再現

 脳の構造をまねた素材を作るための技術は過去にも存在した。

 たとえば、スポンジのような内部構造を持つ素材を作れる「STrIPS」と呼ばれる技術があったが、厚さは 0.2mm 程度が限界で、深い部分まで細胞を生かすには不十分だった。

 今回研究チームが開発したのは、「BIPORES(バイジェル統合多孔質工学システム)」と名付けられた新しいシステムだ。

 材料のベースとなるのは「ポリエチレングリコール[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%81%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB](PEG)」という、化粧品や歯磨き粉などにも使われる安全な高分子化合物だが、細胞を育てるには大きな欠点があった。

 表面がテフロン加工のフライパンのようにツルツルしており、細胞が滑ってしまって定着できないのだ。

 そこでチームは、PEGの中に目に見えないほどの小さな穴(孔)を無数に空け、「バイジェル」と呼ばれるスポンジのような構造を作り出した。

 さらに、シリカ(ガラスの原料)の超微粒子を加えることで構造を強化した。

 こうして出来上がったのは、内部が迷路のように複雑につながった脳の環境をモデル化した複雑な構造だ。

 この構造のおかげで、酸素や栄養が奥深くまで行き渡る。

 実験では、神経幹細胞がこの人工足場にしっかりと定着し、元気に枝を伸ばしてネットワークを作り始めたことが確認された。

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一瞬を光で固めるユニークな製造法

 BIPORESの作り方もユニークだ。研究チームは、PEGと水、エタノールを混ぜた液体を、髪の毛よりも細いガラス管の中に流し込んだ。

 PEGは本来、水とは混ざり合わない。

液体が管の中で水の流れとぶつかると、成分が分離しようとする。その分離が始まった一瞬を狙って光を当て、構造をそのまま固めてしまうのだ。

 これにより、わずか数mmほどの大きさの中に、精巧な穴あき構造を瞬時に作り出すことができる。

動物を使わない「ミニ臓器ネットワーク」の未来

 研究を主導したプリンス・デビッド・オコロ氏は「この足場は非常に安定しているため、長期間の研究が可能になる」と語る。

 アルツハイマー病などの進行が遅い病気を研究するには、細胞を長く生かしておく必要があるため、これは大きなメリットだ。

 さらに、イマン・ノシャディ准教授は、将来的にこの技術を他の臓器にも応用し、互いにつなぎ合わせる構想を持っている。

 研究室で作った「人工のミニ脳」と「人工のミニ肝臓」を相互につなぎ合わせ、薬を投与したときにどのように影響し合うかを観察するするのだ。

 人間の体では、脳と臓器が常に信号をやり取りしている。

 もし実験室の中で「人工脳」と「人工肝臓」を会話させることができれば、薬が全身にどう作用するか、ある臓器の異常が他にどう影響するかを、動物を使わずに再現できるようになるだろう。

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 米国食品医薬品局(FDA)は現在、新薬開発における動物実験の段階的廃止を進めている。BIPORES技術は、その流れを後押しする重要な成果だ。

 このような「生きた細胞が活動できる完全人工の環境」は、病気の研究や新薬の開発、そして損傷した神経の修復技術にも役立つと期待されている。

References: Onlinelibrary.wiley.com[https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/adfm.202509452] / News.ucr.edu[https://news.ucr.edu/articles/2025/11/17/scientists-engineer-first-fully-synthetic-brain-tissue-model]

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