地球上のあらゆる極限環境に生息するコケ植物。植物界のクマムシとも呼ばれる、その驚異的な生命力が、ついに宇宙でも証明された。
北海道大学の藤田知道教授らの研究チームは、コケの胞子を国際宇宙ステーション(ISS)の船外に9か月間さらす実験を行った。
その結果、真空状態や激しい温度変化、強烈な紫外線といった過酷な環境を耐え抜き、地球帰還後も8割以上が発芽できることが確認された。
これは陸上植物が過酷な宇宙環境で長期生存できることを示した初の実証例となる。
この小さな植物のサバイバル能力は、将来の月・火星探査や宇宙農業へ向けての大きな希望となりそうだ。
この研究成果は『iScience[https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(25)02088-7]』誌(2025年11月20日付)に掲載された。
国際宇宙ステーション「きぼう」の外で耐久テスト
ヒマラヤの山頂から南極、砂漠に至るまで、地球上の至る所で繁栄しているコケ。この植物の適応能力に注目した研究チームは、地球上の環境をはるかに超える過酷な場所、宇宙でその耐久性を試すことにした。
実験に使われたのは、「ヒメツリガネゴケ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%A1%E3%83%84%E3%83%AA%E3%82%AC%E3%83%8D%E3%82%B4%E3%82%B1]」という小型のコケで、成長した個体の大きさは数mmから1cm程度。育てやすく遺伝子の仕組みがよく分かっているため「モデル生物」として植物の進化や発生、生理学の研究に用いられている。
2022年3月、ヒメツリガネゴケの「胞子体(ほうしたい)」と呼ばれる部分が、補給船シグナスNG-17号により、国際宇宙ステーション(ISS)へ送り出された。
胞子体とは、コケが繁殖するために作る、胞子(種にあたるもの)が入ったカプセルのような器官のことだ。
この胞子体に守られた状態で、コケは宇宙飛行士の手によってISS日本実験棟「きぼう」の船外に取り付けられ、そこから約9カ月(283日)もの間、宇宙空間にさらされた。
そこは空気のない真空の世界だ。
予想を覆す生存率。紫外線の直撃すら耐え抜いた
2023年1月、地球へ帰還したヒメツリガネゴケを調べた研究チームは驚いた。宇宙のストレスでほとんどが死滅しているだろうという予想を裏切り、コケたちは9か月間も生きていたのだ。
特に驚くべきは、音、熱、光、電磁波、宇宙線などの影響を遮断する板を使わず、宇宙の紫外線を直接浴び続けたグループだ。
そんな無防備な状態だったにもかかわらず、約86%がのちに発芽し、緑を芽吹かせたのである。
もちろん、紫外線をカットしたケースや、地上で同じ条件にしたケースでは95%以上が発芽した。
だが、最も過酷な環境に置かれたコケたちがこれほど生き残った事実は、研究者たちの予想をはるかに超えていた。
詳しく調べても、成長に必要な葉緑素などは正常で、コケとしての健康状態は保たれていたという。
5億年前の「陸上進出」で獲得した防御システム
なぜコケはこれほど強いのか。まさに植物界のクマムシだ。
その理由として研究チームは、胞子を守っている硬い殻が「宇宙服」のような役割を果たし、中の大事な細胞を守り抜いたのではないかと考えている。
コケの祖先は約5億年前、植物として初めて水中から陸上へと進出した、最初期のグループだ。
当時の地球は今のようにオゾン層がしっかりしていなかったため、地上は有害な紫外線が降り注ぐ危険な場所だったはずだ。
コケたちはその頃、乾燥や紫外線から身を守るための「最強の防御システム」を進化させた。
その太古に獲得した環境適応能力が、宇宙空間での生存を可能にしたと考えられる。
火星の緑化も夢ではない
この発見は、人類が将来、月や火星で暮らすための大きなヒントになる。
月や火星の地面は岩や砂ばかりで、栄養分のある「土」がないため、そのままでは野菜や作物を育てることができない。
だが、地球上でも岩場に入り込み、枯れて分解されることで最初の「土」を作ってくれるのはコケの役割だ。
藤田教授は、何もない火星の土地でも、コケなら最初の土台作りができるかもしれないと期待している。
計算上では、コケの胞子は宇宙空間で最大15年ほど生きられる可能性もあるそうだ。
いつか火星の赤い大地が、コケの力で緑に変わる日が来るかもしれない。
References: CELL[https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(25)02088-7] / Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1105940]











