SFの世界が現実に 臓器をひび割れなしで冷凍保存する技術を開発
Image by Istock <a href="https://www.istockphoto.com/jp/portfolio/ekaterina-chizhevskaya?mediatype=photography" target="_blank">Ekaterina Chizhevskaya</a>

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 映画や小説でおなじみの、カプセルに入って時を超える「コールドスリープ」。すでに遺体を冷凍保存するビジネスは世界で始まっているが、解凍後に細胞が壊れずに蘇生できるかどうかは、いまだ未知の領域だ。

 そんな中、この技術を医療の現実へと近づける画期的な発見が報告された。長年科学者たちを悩ませてきた、凍結時の「臓器のひび割れ」を防ぐ方法がついに見つかったのだ。

 100年越しのこの難問解決は、臓器移植を待つ多くの人命を救うだけでなく、絶滅危惧種の保護や食品ロス削減など、私たちの未来を大きく変える可能性を秘めている。

 この研究は『Scientific Reports[https://www.nature.com/articles/s41598-025-13295-7]』誌(2025年7月31日付)に掲載された

冷凍保存すると組織がひび割れてしまう問題

 極低温保存(クライオプリザベーション)とは、生物の組織をマイナス何十度、あるいは何百度という超低温に冷却して時間を止める技術のことである。

 まるで夢物語のように聞こえるかもしれないが、研究の歴史は意外に古く、1世紀近くも前から開発が進められてきた。しかし、その道のりは平坦ではなく、長い間、目立った進歩が見られなかった。

 風向きが変わったのは2023年のことだ。アメリカのミネソタ大学の研究者たちが、一度冷凍保存した腎臓を解凍し、別のラットに移植することに成功[https://www.nature.com/articles/s41467-023-38824-8]したのである。

 この成果は、将来的に人間の臓器でも冷凍保存と移植が可能になるかもしれないという希望を世界中に見せつけた。

 しかし、人間サイズの大きな臓器を保存するには、まだ大きな課題が残されている。急速に冷やす過程で、組織が「パキッ」とひび割れてしまうのだ。

 人間の移植手術で使うためには、臓器を傷一つない完璧な状態で保存しなければならない。このひび割れを防ぐことが、実用化への最大のハードルとなっていた。

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組織をガラスのような状態にする冷凍技術

 この問題に挑んだのが、アメリカにあるテキサスA&M大学の機械工学科、マシュー・パウエル・パーム助教授率いる研究チームだ。

 彼らが注目したのは「ガラス化(ビトリフィケーション)」というプロセスである。

 これは、臓器を特殊な保存液に浸して凍らせることで、組織を氷ではなく「ガラス」のような状態にする技術だ。

 通常、水が氷になるときにできる結晶は鋭く、細胞を突き刺して壊してしまう。しかし、保存液を使ってガラス状に固めれば結晶ができず、細胞を守ることができるのだ。

 この「ガラス化」に使われる保存液は、車のエンジンの凍結を防ぐ不凍液や、化粧品の保湿成分としても使われる「グリセロール」などの成分を混ぜた、いわばシロップのようにドロドロした水溶液だ。

 この濃厚な液体を組織に染み込ませることで、氷を作らせずにカチッと固めることができる。  

重要なのはガラス化させる温度

 研究チームは、この保存液の成分配合を変えることで、どのような条件ならひび割れが起きにくいのかを詳しく分析した。

 パウエル・パーム氏は次のように説明する。

 「今回の研究では、さまざまな『ガラス転移温度』を調査しました。これは液体がガラス状に固まる温度のことですが、この温度がひび割れに大きく関係していると考えたのです」

 これまで一般的に使われてきた保存液は、約-130度付近まで冷やしてようやくガラス状になるものが主流だった。

 しかし、研究チームがこれよりも高い温度である-100度付近や-87度付近で固まる水溶性保存液グリセロールやキシリトールなどを調整したもの)を試したところ、高い効果が得られた。

 早い段階でカチッと固まる保存液を使った方が、臓器のひび割れる確率が劇的に低くなったのだ。

 これは、極限の低温まで液体状態を維持させてから急に固めるよりも、比較的高い温度で安定させた方が、温度変化による組織への負担(熱応力)が少なく済むためだと考えられる。

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課題は拒絶反応

この発見により、研究者たちは今後の方針を明確にすることができた。ひび割れを防ぐためには、より高いガラス転移温度を持つ水性の保存液を作ればよいのだ。

 しかし、パウエル・パーム氏は、解決すべき点はそれだけではないと語る。

 「ひび割れは問題の一部に過ぎません。その保存液は、組織に対して『生体適合性』がある必要もあります」。

 つまり、いくらきれいに凍らせることができても、その保存液が体にとって毒であったり、拒絶反応を起こすようなものであっては意味がないということだ。

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臓器移植を超えて広がる生命科学への応用 

 この極低温保存の技術は、臓器移植だけでなく、野生生物や生物多様性の保全、ワクチンの長期保存、さらには食品廃棄物の削減など、幅広い分野での応用が期待されている。

 あらゆる生物学的サンプルの寿命を延ばすことができるため、生命科学のあらゆる分野に恩恵をもたらすかもしれない。

 論文の共著者であり、機械工学科長を務めるギレルモ・アギラ博士は、今回の発見について、熱力学(温度変化が物質に与える影響)を解き明かす重要な一歩だという。

 この知識が深まれば、細胞レベルから臓器丸ごとに至るまで、あらゆる生物の保存率を劇的に高めることができるかもしれない。

 パウエル・パーム氏は、次のように述べている。

 「機械工学とは、あらゆるものがどのように機能するかを理解することを必要とします。このプロジェクトは、物理化学、ガラス物理学、熱力学、そして低温生物学を統合したものです」

References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41598-025-13295-7] / A 100-Year-Old Problem Solved? Scientists Discover How To Freeze Organs Without Cracking Them[https://scitechdaily.com/a-100-year-old-problem-solved-scientists-discover-how-to-freeze-organs-without-cracking-them/]

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