人間の脳には、平均的な寿命の中で4つの重要な転換点が存在する。その年齢は9歳、32歳、66歳、83歳だ。
ケンブリッジ大学の研究チームによると、この年齢に達すると、脳の中で情報を伝えるためのネットワーク網である「神経配線」が変化するという。これによって、人生は5つの異なる脳のステージに分けられることが判明した。
特に注目すべきは、典型的な思春期の脳発達は平均して30代前半まで続き、32歳になってようやく大人の脳のネットワーク構造が完成するという事実だ。
この発見は、人生の各段階における学習能力や精神疾患のリスクを理解する上で重要な意味を持つ。
この研究成果は『Nature Communications［https://www.nature.com/articles/s41467-025-65974-8］』誌（2025年11月25日付）に発表された。
0歳から90歳までの脳の変化を追跡調査
私たちの脳機能は一生を通じて静的なものではない。脳は単に年をとるだけでなく、一連の神経学的なステージ（時代）を経て進化していく。
ケンブリッジ大学の研究チームによる新しい研究によると、人間の脳の配線システムはなめらかに変化するのではなく、4回の劇的な組み換えイベントを通じて再編成されるという。
筆頭著者であるアレクサ・モーズリー博士は、この研究が人間の寿命全体にわたる脳配線の主要な段階を初めて特定したものだと語っている。
これらの時代区分を知ることは、脳が人生のそれぞれの段階において何が得意で、あるいは何に対して弱くなりやすいのかを理解する重要な背景となる。
研究チームはイギリスとアメリカの9つのプロジェクトからデータを集め、0歳から90歳までの4216人分のMRIスキャン画像を分析した。
ここで使われたのは拡散MRI（diffusion MRI）という技術だ。これは脳の中にある水分子が神経線維に沿って移動する経路を追跡するもので、離れた領域同士をつなぐ「白質」と呼ばれる情報の通り道を明らかにすることができる。
さらに研究チームは、多様体学習アルゴリズムと呼ばれる計算手法、具体的にはUMAPを使い、脳のネットワーク構造を示す指標を3次元の図に変換した。
するとそこには、全体のパターンが大きく方向転換する明確な曲がり角が現れたのだ。研究チームはこれをトポロジー的変曲点と呼んでいる。
トポロジーとは数学用語で位相幾何学のことだが、この曲がり角こそが、脳の配線ルールが新しい方法で再編成され始める年齢に対応している。
分析の結果、人生は5つの大きなステージに分けられることがわかった。
・乳児期から小児期（0～9歳）
・思春期から成人初期（9～32歳）
・成人期（32～66歳）
・初期老化（66～83歳）
・後期老化（83～90歳）
それぞれのステージは、脳の構造的な特徴を反映しており、統合（情報の共有効率）、分離（専門化の度合い）、中心性（重要拠点の役割）のバランスが異なっている。
9歳までの子供時代はネットワークの整理期間
誕生から9歳頃まで、脳はフル稼働状態にある。何兆ものシナプスという神経のつなぎ目が生き残りをかけて競争する一方で、情報の通り道である白質の回路は急速に拡大していく。
この時期、脳は最も活発に使われているシナプスだけを残し、使われないものは減らしていく。
意外なことに、離れた領域間で素早く情報を移動させる全体的な効率は、この時期には低下する。
研究チームによると、子供の脳の構造で最も特徴的なのは、隣り合う領域同士がどれだけ相互に接続されているかという点にあるという。
この初期の整理段階は、親が子供の行動に見てとる変化と一致している。集中した注意や猛烈な学習意欲、そして感情の振れ幅の大きさだ。
9歳頃になり、思春期のホルモンが分泌され始めると、脳の構造は最初の急激な転換を迎える。近くの領域同士で固まることよりも、脳全体をつなぐ統合を強化する方向へとシフトしていくのだ。
9歳から32歳までは脳機能が向上する時期
9歳から32歳にかけて、脳はその配線を洗練させていく。モーズリー博士によると、脳は突然、接続の効率を高め始めるという。つながる距離が短くなり、情報がより素早く伝わるようになるのだ。
30代前半まで続くこの期間は、脳全体がいくつかのグループに分かれる傾向が弱まり、局所レベルの専門化が進むと同時に、全体的な統合も進むのが特徴だ。
簡単に言えば、脳は並行処理能力と専門的なスキルの両方を手に入れるということだ。
そして32歳頃、この研究で最も劇的な転換点が訪れ、長い成長期はピークを迎える。全体的な効率の向上はここで止まり、脳の構造は安定して大人のパターンが定着する。
思春期の始まりは明確だが、その終わりを科学的に特定するのは難しい。だが神経構造だけで見れば、思春期のような変化は30代前半あたりで終わることがわかった。
大人の脳はより区分化されていく。認知能力のパフォーマンスは横ばいになり、性格的な特徴も安定する。
32歳から66歳で安定し老化へ向かう
30代前半から60代半ばにかけて、脳は最も長く穏やかな時期を過ごす。統合する力は徐々に減り、それぞれの領域が分離していく傾向が強まる。
研究チームによると、この時代の特徴は近所の領域同士でのつながりが高まることだという。
しかし60代半ばになると、この再編成は別の変化によって終わりを迎える。神経線維を覆っている白質が薄くなり始めるのだ。
ネットワークのモジュール性が増加する。つまり、各領域がより独立した状態になり、脳全体でのコミュニケーションが減ってしまうのである。
モーズリー博士は、60代半ばで脳ネットワークの緩やかな再編成が最高潮に達すると述べている。これはおそらく老化に関連しており、白質が変性し始めるにつれて、接続性がさらに低下していくのだろう。
この段階は、認知症や高血圧のリスクが高まる時期とも一致しており、どちらも脳の接続性にダメージを与える可能性がある。
66歳から83歳で初期老化が始まる
66歳ごろになると、脳のネットワーク再編成は別の変化によって終わりを迎え、初期老化の段階に入る。神経線維を覆っている白質が薄くなり始めるのだ。
この時期にはネットワークのモジュール性が増加する。
モーズリー博士は、60代半ばで脳ネットワークの緩やかな再編成が最高潮に達すると述べている。これは老化に関連しており、白質が変性し始めるにつれて、接続性がさらに低下していくのだろう。
この段階は、認知症や高血圧のリスクが高まる時期とも一致しており、どちらも脳の接続性にダメージを与える可能性がある。
83歳以降は特定の領域に依存する
83歳を過ぎると、最後のパターンが現れる。脳は情報を運ぶために、ごく少数のハブ（中枢）となる領域にますます依存するようになる。
モーズリー博士はこの段階について、接続を維持するためのリソースが少なくなっているため、接続のハブとして機能する特定の領域を利用することに、より依存するようになることが示唆されていると説明している。
この最後の時代では、ある結節点がネットワークの中でどれほど中心的かを示す指標が重要になる。後頭回や中心後回といった、ごく一部の領域だけが強い接続性を維持しているのだ。
脳の構造を知ることで精神疾患の理解が進む
研究の共著者であるダンカン・アッスル教授は、これらの転換点は人間という存在についての深い事実を反映していると述べている。
私たちの多くは自分の人生にいくつかの段階があると感じているが、脳もまた、同じように時代を経ているようなのだ。
この研究は、精神疾患や学習障害、認知症などが、神経の再編成が行われるタイミングに集中して発生するという考えを裏付けるものだ。
多くの神経発達症や精神疾患は、脳の配線のされ方とリンクしている。
この研究には関与していないキングス・カレッジ・ロンドンのカティア・ルビア博士も、こうした正常な構造的転換点を特定することは、精神疾患における逸脱を発見するための基準になりうると語っている。
何が逸脱しているのかを理解できれば、治療法をピンポイントで見つける助けになるからだ。
とはいえ、モーズリー博士らは慎重だ。今回のデータは主に白人で、発達障害などのない人々から得られたもので、文化や性別、人生経験によって、これらの転換点は変わる可能性があると注意を促している。
References: Cam.ac.uk［https://www.cam.ac.uk/stories/five-ages-human-brain］ / Eurekalert［https://www.eurekalert.org/news-releases/1106745］ / Nature［https://www.nature.com/articles/s41467-025-65974-8］
