もしも、あなたが普段通り呼吸をしているその空気の中に、あなたの脳を操り、「心」と「行動」を勝手に書き換えてしまう物質が混ざっていたら?
まるでSF映画やディストピア小説の話だが、これは決してSFの世界だけの出来事ではないという。
イギリスの研究者たちが、微量な化学物質を使って人間の脳に侵入し、意識や行動を強制的にコントロールする「脳兵器」が、現実の脅威となっていると警鐘を鳴らしている。
脳科学と薬理学、そしてAI(人工知能)の融合は、病気の治療法を進化させた一方で、人間を「生きた操り人形」に変えてしまう技術をも生み出してしまう可能性があるというのだ。
SFが現実に:脳を直接攻撃する新たな兵器出現の危機
人間の意識、知覚、記憶、そして行動(振る舞い)そのものを化学的に攻撃し、改変してしまう高度で致死的な「脳兵器」。これはもはやSFの中だけの話ではないと、研究者らが論じている。
ブラッドフォード大学のマイケル・クローリー氏とマルコム・ダンド氏は、世界への警鐘となる本を出版しようとしている。ブラッドフォード大学は、平和学の研究で世界的に知られる名門校だ。
彼らは、2025年11月24日から28日にかけてオランダ・ハーグで開催された「化学兵器禁止機関(OPCW)第30回締約国会議(CSP-30)[https://www.opcw.org/calendar/csp?utm_source=chatgpt.com]」に出席するため、現地へと向かった。
ハーグは政府機関が置かれた国際司法都市だ。この会議の主要議題の一つには「AIなどの新興技術が条約の実施に与える影響」も含まれており、彼らの懸念はまさにこの会議にふさわしい議題となっていた。
この会議で彼らは「これからの戦争は、土地を奪い合うのではなく、人間の『脳』を直接攻撃し、支配する戦いになる」と指摘。この新たな脅威に立ち向かうため、世界が協力して緊急の対策をとるべきだと強く訴えたのだ。
確かにSFのように聞こえるでしょう。しかし、それが科学的な事実になりつつあるということなのです(クローリー氏)
ガスや微粒子を吸い込むことで脳内に侵入
この本は、神経科学、薬理学、そしてAI(人工知能)の進歩がどのように融合し、新たな脅威を生み出しているかを探求している。
ここで言う「脳への侵入」とは、デジタルなハッキングではない。より恐ろしい、生化学的なハッキングだ。
中枢神経系を操作するためのツールが、かつてないほど進化しています。
脳や神経に作用し、相手を眠らせたり、混乱させたり、あるいは無理やり従わせたりする化学物質を、より精密に作り出すことが可能となり、入手しやすくなっているのです。
実際に多くの国が軍事的な利用価値が高いと見て、関心を寄せ始めています(クローリー氏)
中枢神経系(CNS)は、脳と脊髄からなる神経ネットワークのことで、私たちの思考や行動を司る指令塔だ。
AIを使って特定の神経回路に作用する分子を設計し、それをガスや微粒子として散布すれば、呼吸をするだけで、気づかないうちに脳内の化学反応を操作されてしまうことになる。
冷戦時代から続く中枢神経に作用する兵器
この本は、中枢神経系に作用する化学物質について、国家が支援した研究の歴史をたどっている。それは興味深くはあるものの、恐ろしい歴史でもある。
冷戦中、そしてその後も、アメリカ、ソビエト連邦(現ロシア)、中国はいずれも、中枢神経系に作用する兵器の開発を「積極的に追求」してきた、とクローリー氏は述べている。
その目的は、人々に「意識の喪失、鎮静、幻覚、支離滅裂、あるいは麻痺や見当識障害(今の場所や時間がわからなくなること)」などを含む、長期的な無力化を引き起こすことにあった。
実際にこの種の兵器が大規模に使用された唯一の事例は、2002年にロシア連邦が「モスクワ劇場占拠事件[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AF%E5%8A%87%E5%A0%B4%E5%8D%A0%E6%8B%A0%E4%BA%8B%E4%BB%B6]」を終結させた時のことだ。
この事件では、独立を求める武装したチェチェンの過激派が900人の観客を人質に劇場に立てこもった。
ロシアの治安部隊は包囲を終わらせるために、「フェンタニル誘導体」を含むガスを使用した。フェンタニルは極めて強力な鎮痛剤であり、わずかな量でも致死性がある危険な薬物だ。
人質の多くは解放されたが、強力な化学物質の影響で120人以上が死亡し、多くの人々が長期的な障害を負ったり、早期に亡くなったりする結果となった。
これは、化学物質による脳への介入がいかに制御困難で危険かを物語っている。
人を無自覚な手先に変える技術
それ以降、研究は著しい進歩を遂げている。研究者たちは、かつては想像もできなかったような、はるかに「高度で標的を絞った」兵器を作る能力がすでに存在していると論じている。
ダンド氏はこう述べている。「神経障害の治療に役立つ知識と同じものが、認知機能を混乱させたり、服従させたり、あるいは将来的には人々を『無自覚なエージェント(工作員・手先)』に変えてしまうために使われる可能性があるのです」
自分の意思で動いているつもりでも、実際には投与された化学物質によって特定の行動を強制的に取らされている。そんな悪夢のような状況が可能になりつつあるのだ。
その脅威は「現実のものであり、増大している」にもかかわらず、現在の国際的な軍備管理条約には抜け穴があり、効果的な対処が妨げられていると彼らは言う。
手遅れになる前にしっかりと管理するべきと警告
ダンド氏はブラッドフォード大学の国際安全保障の名誉教授であり、生物・化学兵器管理の第一人者だ。クローリー氏は同大学の平和学・国際開発部門の名誉客員上級研究員を務めている。
彼らは著書の中で、現在の国際条約には「抜け穴」があり、この新たな脅威に十分に対応できていないと指摘する。
だからこそ、中枢神経系に作用する薬剤や、人を無力化する兵器を厳格に監視・規制するための、新しい国際的な枠組みが不可欠だと訴えているのだ。
「何か起きてから対処するのではなく、最悪の事態が起きる前に防ぐ体制へと、管理のあり方を根本から変えなければなりません」とダンド氏は強調する。
もちろん、彼らは科学の進歩そのものを否定しているわけではない。
彼らが阻止しようとしているのは、その知識が悪用され、人々の自由意志が奪われる未来だ。
クローリー氏はこう結んでいる。
これは人類への警告です。科学の健全性と、私たちの『心の聖域』を守るために、今すぐ行動を起こさなければなりません
References: Mind-altering ‘brain weapons’ no longer only science fiction, say researchers[https://www.theguardian.com/world/2025/nov/22/mind-altering-brain-weapons-no-longer-only-science-fiction-say-researchers] / Books.rsc.org[https://books.rsc.org/books/monograph/2379/Preventing-Weaponization-of-CNS-acting-ChemicalsA]











