クマは進化の掟を2度破っていた。歯に残された環境適応の痕跡
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2025年、日本では人里への出没が相次ぎ、過去最悪レベルのクマ被害が発生しているが、環境の変化に合わせて生きる場所を変えるたくましさは、生物学の常識を覆した進化の歴史が関連しているのかもしれない。

 通常、哺乳類の奥歯の大きさは、成長法則に従って決まる。

しかしドイツの最新の研究によると、クマの祖先はこの掟を二度も破り、急激な気候変動などによる、食料危機を乗り越えてきたことが判明した。

 従来の食事がとれなくなったクマの祖先は、歯の設計図を根本から作り変えることで、食性を変えるという新たな生存戦略を選んだのだ。

哺乳類の奥歯の大きさは、共通のルールで決まる

 動物の歯、特に奥歯(臼歯:きゅうし)の並び方は、進化の過程や食生活を知るための重要な手がかりとなる。

 多くの哺乳類において、奥歯の大きさは「抑制カスケードモデル(ICM)」と呼ばれる共通のルールで決まる。

 抑制カスケードモデルとは、歯の発生過程において、成長を促す「促進因子(アクセル)」と、成長を抑える「抑制因子(ブレーキ)」の2つのバランスによって次の歯の大きさが決まるという仕組みのことだ。

 最初に作られる奥歯が「次の歯はあまり大きくなるな」という抑制因子のシグナルを出す。その次の歯もまた、隣へシグナルを送る。このリレーによって、奥へ行くほど歯の大きさが滑らかに変化する美しい勾配が作られる。

 このルールは非常に正確で、歯のサイズ比を見るだけで、その動物が肉食か草食かを判別できるほどだ。

 通常、肉食獣は一番手前の奥歯が大きく、草食獣は奥に行くほど大きいといったパターンに分類される。

 しかし、クマだけはこのどちらにも当てはまらない「規格外」の並びをしている。進化の過程の中で2度もこの掟を破っていたのだ。

 ちなみにクマを含む一部の哺乳類にある犬歯(牙)はこの法則とは関係ないため、今回の研究対象ではない。

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1度目の掟破り:雑食への転換

 クマが最初にこの法則から外れたのは、約360万年前のことだ。当時、現代のクマの祖先であるウルス・ミニムス(Ursus minimus)が生息していたヨーロッパ周辺では、気候が大きく変動していた。

 暖かく湿った森林が減り、乾燥した草原が広がったことで、獲物となる小型動物が減少した。

 代わって現れた大型の草食獣を狩ることは難しく、クマの祖先たちは植物の根や木の実、昆虫などを食べる「雑食」へと食性を変化させた。

 このとき、ウルス・ミニムスの体内では、歯を作るルールの変更が行われていた。

  一番手前の奥歯(第1大臼歯)が出す抑制因子のシグナルが弱まったのである。これにより、次の歯に対する「大きくなるな」という制限が外れた。

 その結果、2番目の奥歯(第2大臼歯)だけが突発的に巨大化した。

 通常の「滑らかな勾配」ではなく、真ん中だけが盛り上がった「山なり(凸型)」の形状になったのである。

 この特大の奥歯によって硬い植物や種子を噛み砕けるようになり、クマは雑食動物として定着した。

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2度目の掟破り:草食への適応

 約125万年前から70万年前、さらに寒冷化が進み氷河期へと向かう時代に、2回目の変化が起きた。

 この時期、巨大なホラアナグマ(Ursus spelaeus)の祖先にあたるウルス・デニンゲリ(Ursus deningeri)たちは、より植物に依存した生活を送っていた。

 硬い植物を大量に処理する必要性が高まり、再びルールが破られた。

 今度は、巨大化していた2番目の奥歯からの抑制因子のシグナルがさらに弱められた。

これにより、一番奥にある3番目の奥歯(第3大臼歯)までもが大きく成長するようになった。

 通常の哺乳類ではありえないバランス調整を行い、口の中を植物をすり潰すための強力な「石臼」のような構造へと作り変えたのである。

 この研究を率いた、ドイツ・バイエルン州立自然科学コレクションのアネケ・ファン・ヘテレン氏は、「クマは食性を変える際、既存の枠組みに従うのではなく、成長を制御する化学物質のバランスを変えることで対応した」と説明している。

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現代のクマに残された痕跡

 古代に起きた2度の変化は、100万年以上の時を超えて現代のクマたちにも受け継がれている。

 例えばユーラシア大陸や北米に広く分布するヒグマ(Ursus arctos)や、アメリカグマ(Ursus americanus)は、360万年前に獲得した「特大の第2大臼歯」を今も持っている。アザラシを主食とするホッキョクグマも同様だ。

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 この種は純粋な肉食に戻ったため植物をすり潰す機能は不要だが、歯の構造は依然として祖先が変化させたバランスのままであり、第2大臼歯は大きい。

 竹を食べるという独自の進化を遂げたジャイアントパンダも、骨格こそ変化しているが、歯の成長ルールの根底にはこの変則的なパターンが残っている。

 多くの哺乳類が従う「歯の成長ルール」。クマはその制約を2度も回避し、シグナルのバランスを巧みに調整することで環境変化を生き延びてきたのだ。

 現在、人里への出没が相次ぐ日本のクマたちだが、その背景にも、太古の祖先から受け継いだ「環境に合わせて生き方を変える、凄まじい適応力」が関係しているのかもしれない。

 この研究は『Boreas』誌(2025年1月14日付)に掲載された。

References: SNSB[https://snsb.de/en/baerenzaehne/] / Onlinelibrary.wiley.com[https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/bor.70044] / Newatlas[https://newatlas.com/biology/bears-evolution-teeth/]

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