大気圧の1000万倍で「金」がついに変化、原子の並びが変わる瞬間を観測
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 「金」といえば、美しい黄金色の輝きを放ち、希少性が高く資産価値を持つ貴金属として知られている。また、錆びにくく溶けにくいという優れた化学的な安定性も兼ね備えているため、科学の世界でもその信頼性は絶大だ。

 特に高圧実験においては、性質が変わりにくい「基準」として長年重宝されてきた。しかし、そんな金でさえも、その姿を変えてしまう極限の世界が観測された。

 アメリカの研究チームが、地球の大気圧の1000万倍という想像を絶する圧力を金にかけたところ、原子の並びが劇的に変化する瞬間を捉えることに成功したのだ。

 これは実験室で再現できる物理学の限界に挑んだ成果であり、巨大惑星の内部構造や、未来のエネルギー技術の解明にもつながる重要な発見だという。

この研究成果は『Physical Review Letters[https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/yzzv-2w81]』誌(2025年10月27日付)に掲載された。

科学の「ものさし」としての金の役割

 木星のような巨大ガス惑星の内部では、圧力が地球の大気圧の100万倍以上に達し、物質が私たちの想像を超えるような構造や性質を見せることがある。

 こうした極限状態を理解するために、アメリカのローレンス・リバモア国立研究所の研究チームは、金を使ってこれまでにない超高圧をかけ、その構造を測定する実験を行った。

 実験の主役に金が選ばれた理由は、金が高圧科学の世界において、最も一般的な「基準物質」として扱われているからだ。

 金は化学的に非常に安定しており、X線を使えば簡単に検出できる。そのため、未知の領域で圧力を測定する際、目盛りを正しく合わせるための「校正物質」としてよく利用されているのだ。

 低い圧力条件での金の振る舞いはよく分かっているが、極端な超高圧下でどうなるかについては、これまで歴史的にもいくつかの見解の食い違いがあった。

 研究チームのコールマン氏は、「金がどのように振る舞うかを正確に知ることで、惑星の核の研究から新材料の設計に至るまで、金を基準として使用する他のすべての実験が、確かな理解に基づいていることを保証できます」と語る。

 今回の実験は、科学の計測に使われる金という「ものさし」そのものが狂っていないかを確かめる、極めて重要な作業だったといえるだろう。

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巨大レーザーが生み出した「1000万気圧の衝撃波」

 地球の大気圧の1000万倍という途方もない圧力を、金に一瞬で加えるのは至難の業だ。研究者たちは、アメリカにある巨大施設「国立点火施設」とロチェスター大学の「オメガEPレーザーシステム」を使った。

 彼らはここで、非常に短く強い光の束であるレーザーパルスを作り出し、それを金に照射した。

 この強力なレーザーの衝撃波は、金に超高圧を加え、金が溶けずに固体の状態を保てる温度のまま、超高圧状態へ押し込んだのである。

 この原子レベルの変化を捉えるため、研究者たちはX線回折という特別な撮影技術を使った。これは、X線を物質に当てて、原子の並び(結晶構造)を写真のように分析する技術のことだ。しかも、その撮影時間はわずか10億分の1秒という一瞬の出来事だった。

 コールマン氏は、「これは、そのような極端な圧縮下にある金の結晶構造(原子の並び方)を決定的に捉えた初めてのものであり、理論と実験の間で長年続いてきた不一致をようやく解決するものです」と述べている。

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地球の核の2倍で金の構造が変化した瞬間

  通常の状態の金は、原子が「面心立方格子構造」というパターンで並んでいる。これは、サイコロの8つの角と、6つの面の真ん中に原子がある、最も隙間なくぎっしりと詰まった並べ方だ。

 科学者たちは、この並び方が、地球の中心核の約2倍の圧力に達するまでは変わらず、安定していることを発見した。これが、金が持つ唯一の相(フェーズ:状態)だった。

 しかし地球の核の2倍という限界を超えて金がさらに強く圧縮されると、ついに変化が始まった。金という物質の「狂わない性質」が、極限で限界を迎えたのだ。

 一部の金原子は、サイコロの8つの角と立体のど真ん中に1つだけ原子がある「体心立方格子構造」へと、その並びを組み替え始めたのである。

 これは、サイコロの8つの角と、立体のど真ん中に1つだけ原子があるという、原子の並びが異なる構造だ。

 実は、この変化は科学的に見て驚くべきことだ。本来、面心立方格子よりも体心立方格子のほうが、原子同士の間にわずかな「隙間」がある構造だからだ。普通、圧力をかければかけるほど、物質は隙間のない構造に固まるはずである。

 1000万気圧という異次元の世界では、あまりの圧力に金の原子そのものが歪み、内部の電子同士に強い反発が生じる。

 金はこの反発を逃がすため、あえて少し隙間のある構造へと組み替えることで、エネルギー的に安定した状態を保とうとするのだ。極限環境において、金が構造を最適化させた結果といえるだろう。

 今回の観測では、この構造の変化が進行している状態が捉えられた。原子の並び替えはサンプル全体で同時には完了しておらず、元のぎっしり詰まった構造と、新しく組み変わった構造が混在していることがデータによって示されたのだ。

 これは、金が超高圧下で新しい構造へと移行していく具体的な過程を証明するものとなった。

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極限の世界を探る新たな一歩

 今回の発見は、長年信じられてきた「金は不動の基準」という考え方に新たなデータを加えるものとなった。

 「これらの実験は、金の構造測定をテラパスカル領域(1000万気圧級の世界)へと拡張し、物質の状態が変わる境界をより正確にするためには、温度の診断も必要であることを浮き彫りにしています」とコールマン氏は指摘する。

 金が極限で示す正確な振る舞いがわかったことで、惑星の深部や、未来のエネルギー技術といった、私たちがまだ知らない極限状態にある物質を探求するための、より強固な基礎が提供されるだろう。

References: Journals.aps.org[https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/yzzv-2w81] / Watching gold's atomic structure change at 10 million times Earth's atmospheric pressure[https://phys.org/news/2025-11-gold-atomic-million-earth-atmospheric.html]

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