人間は馬の表情から「痛み」を読み取るのに苦労している
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 人類の歴史は、馬の歴史と共にある。馬を移動手段としての可能性を見出したとき、世界は一変した。

言葉や文化、さまざまな物品が、疾走する馬と同じスピードで、交易路を行き交うようになったのである。

 それから4000年以上もの間、人間と馬は数多の苦楽を共にしてきた。これほど長い歳月を重ねてきたのだから、人間は当然、相棒である馬の感情や痛みを理解できているはずだ、と思うかもしれない。

 ところが、イギリスとブラジルの共同研究によると、多くの人が馬の表情から「痛み」を読み取るのに苦労しており、ほとんど理解できていないという。

 この研究成果は『Anthrozoös[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/08927936.2025.2551433]』誌(2025年10月2日付)に掲載された。

人は馬の表情から痛みを読み取ることができるのか?

 19世紀後半のニューヨークやロンドンなどの大都市では、通りが馬糞で埋め尽くされそうになるほど、馬はどこにでもいる当たり前の移動手段だった。

 現在では、馬の役割は主に儀式や牧場、スポーツなどに限られているが、それでも人間と馬の絆は深い。

 しかし、イギリスのアングリア・ラスキン大学、ボーンマス大学、そしてブラジルのサンパウロ大学の共同研究チームによると、人間は馬の感情、特に「痛み」を表情から読み取るのが非常に苦手だということが判明した。

 発表された研究は、人間が馬の痛みや不快感をどれだけ正確に見抜けるかを調査した初めてのものだ。

 実験には100人のボランティアが参加した。その内訳は、馬の世話をしたことがない全くの未経験者から、長年馬と接してきた熟練した乗馬愛好家まで多岐にわたる。

 彼らに馬と人間の顔写真をそれぞれ30枚ずつ見せ、そこに「痛み」のサインがあるかどうかを判断してもらった。

 研究チームはこれらの回答を、動物行動学の専門家による評価と比較分析した。

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馬の痛みは人間に伝わりづらいことが判明

 実験の結果、参加者は人間の顔にある痛みを見抜くことは容易だったが、馬の顔となるとその精度は極端に下がった。

 研究の筆頭著者であるボーンマス大学の心理学者、ニコラ・J・グレゴリー氏は次のように述べている。

人間は労働やレジャー、スポーツのパートナーとして馬に依存していますが、私たちが馬の痛みをどれだけ認識できているかは、これまで研究されてきませんでした。

今回の結果で、人々は一般的に馬の痛みを読み取ることが非常に苦手であることがわかりました(グレゴリー氏)

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長年馬と接してきた人ほど痛みが伝わりやすい

 そしてこれは当然の結果だが、馬の世話をした経験年数が長い参加者ほど、痛みを検出する精度が高かった。

 彼らは耳の位置の変化や目の角度、筋肉の緊張といった、不調を示す微妙だが重要なサインを見逃さなかった。

 長年馬と向き合い続けてきた熟練者は、こうしたわずかな手がかりから痛みを読み取る術を身につけているようだ。

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馬の表情が伝わりにくい理由はポーカーフェイス

 なぜ馬はこれほどわかりにくいのか。

 研究の共著者であり、アングリア・ラスキン大学の馬の行動学者ローザ・ヴァーワイス氏は、これを「進化の結果」だと説明する。

 馬は捕食者から身を守るために、自分の弱みを見せないよう痛みを隠す習性がある。

 この優れた「ポーカーフェイス」のおかげで、天敵に狙われにくくなる代わりに、飼い主である人間にもその不調を気づかせなくしてしまったのだ。

 その結果、馬の行動が明らかに危険なレベルに達するまで、痛みが見過ごされてしまうことも少なくない。

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不安を感じやすい人は馬を心配しすぎる傾向

 さらに興味深い発見もあった。実験時に「社交不安(対人不安)」を感じている傾向が強い参加者たちの反応だ。

 彼らは人間の顔から痛みを読み取る能力には長けていたものの、馬に対しては少し違った反応を示した。

 彼らは、実際には痛みを感じていない馬の顔を見て、「痛みがある」と誤って判断する傾向が高かったのだ。

 馬のことを心配するあまり、なんでもないのに「痛がっている」と思い込んでしまうのである。

 「これは、人間の心理状態がボディランゲージの解釈にいかに影響を与えるかを示しています」とヴァーワイス氏は指摘する。

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馬の「本当の顔」を知るために

 ヴァーワイス氏は、馬を世話するすべての人にとって、思い込みではなく、正しい知識に基づいた教育や訓練が必要だと強調している。

 感情を表に出さない馬の痛みに気づくためには、専門的なトレーニングが有効だ。

 例えば「ホース・グリマス・スケール(Horse Grimace Scale)」と呼ばれる、馬の表情の変化を数値化して痛みを評価する手法などが挙げられている。

 早期に痛みを発見できれば、獣医師による素早いケアが可能になり、馬の幸せにつながるはずだ。

 こうした研究やトレーニングが普及すれば、動物福祉は大きく向上するだろう。

 そしていつの日か、馬の「ポーカーフェイス」の裏にある本音に気づき、真の意味で『人馬一体』になれる日が来るかもしれない。

References: Tandfonline[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/08927936.2025.2551433?scroll=top&needAccess=true] / PHYS[https://phys.org/news/2025-11-people-struggle-pain-horses.html] / Nautil[https://nautil.us/can-you-read-pain-on-a-horses-face-1252027/]

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