ポンペイで古代ローマのコンクリートの秘密を発見、2000年以上崩れない自己修復機能
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 古代ローマ帝国が築き上げた巨大なコロッセオや水道橋は、2000年近い時を経た今でもその姿を留めている。現代のコンクリートが数十年でひび割れ、劣化し始めることを考えれば、これは驚異的なことだ。

なぜ、古代のコンクリートはこれほどまでに長持ちするのだろうか。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームは、その秘密が「自己修復機能」にあることを突き止めていた。だが、具体的にどうやってその機能を生み出していたのか、その製造方法は長らく謎に包まれていた。

 その謎を解く鍵が、イタリアのポンペイで発見された。火山の噴火によって時が止まった古代の建設現場から、ローマ人が行っていた特殊なコンクリート製造法「熱混合(ホットミキシング)」の決定的な証拠が見つかったのである。

 この研究成果は『Nature Communications[https://www.nature.com/articles/s41467-025-66634-7]』(2025年12月9日付)に掲載された。

白い石灰の塊に自己修復の秘密

 マサチューセッツ工科大学(MIT)のアドミール・マシック准教授らの研究チームは、10年近くにわたり、ローマのコンクリートが現代のものよりはるかに耐久性に優れている理由を化学的に分析してきた。

 彼らが注目したのは、ローマ時代のコンクリートに必ず混ざっている小さな「白い石灰の塊(lime clast:ライムクラスト)」だ。これは現代のコンクリートには見られない特徴である。

 かつてこの塊は、材料をよく混ぜなかったためにできた「手抜きのダマ」や「不純物」だと考えられていた。

 しかし2023年、マシック准教授らがこれを詳しく調べたところ、実はこの白い塊こそが、コンクリートに長寿命を与えるカギであることが判明した。

 コンクリートにひび割れが生じると、この石灰の塊が雨水などに溶け出して再結晶化し、傷口を塞いでくれる。まるでカサブタが傷を治すように、コンクリートが自らを修復するのである。

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歴史の教科書と矛盾する仮説

 マシック准教授は、この特殊な石灰の塊を作るために、ローマ人は「生石灰(Quicklime:クイックライム)」を使っていたはずだと考えた。

 生石灰は水と混ざると激しく化学反応を起こして高熱を発する。この「熱混合(ホットミキシング)」と呼ばれる工程を経ることで、石灰は完全に溶けきらず、あの「白い塊」としてコンクリート内に残るからだ。

 しかし、ここには大きな問題があった。この仮説は、古代ローマの建築家ウィトルウィウス[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9]が紀元前1世紀に記した建築のバイブルともいえる著書『建築十書(建築について:De architectura)』の記述と食い違っていたのだ。

 この書には、「石灰はあらかじめ水と混ぜてペースト状(消石灰)にしてから、他の材料と混ぜ合わせる」と書かれており、熱が出ないように処理してから使うのが当時の常識だったはずなのだ。

 「私はウィトルウィウスを深く尊敬していますから、彼の記述が不正確かもしれないと指摘するのは難しいことでした」とマシック氏は語る。

 彼の研究結果は、歴史的文献の記述と真っ向から対立してしまったのである。

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ポンペイの壁が明かした真実

 この論争に決着をつけたのが、ポンペイでの新たな発見だった。

 西暦79年、ヴェスヴィオ山の噴火によって埋もれた街ポンペイで、考古学者たちが「稼働中の建設現場」を発掘したのだ。

 そこには、まさに壁を作ろうとしていた道具や材料の山が、当時のまま残されていた。

 マシック准教授らが現場に残された材料の山を分析したところ、そこには動かぬ証拠があった。

 水と混ぜる前の乾燥した材料の山の中に、火山灰と一緒に「生石灰」の断片がそのまま混ざっていたのだ。

 これは、ローマ人が文献通りに水を加えてペーストにするのではなく、乾いた生石灰を直接混ぜ合わせる「熱混合」を実践していたことを明確に示している。

 MITの地球惑星科学の准教授クリスティン・バーグマン氏の協力のもと、同位体分析を行った結果、現場の石灰がウィトルウィウスの記述にある消石灰ではなく、確かに熱混合由来のものであることも裏付けられた。

 つまりウィトルウィウスが記した方法とは別の方法でコンクリートがつくられていたのである。

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2000年の時を超えた感動と未来への応用

 ポンペイの現場に足を踏み入れたとき、あまりの保存状態の良さにマシック准教授は思わず涙ぐんだという。

 「ローマの労働者たちが道具を持って、材料の山の間を歩き回っている姿が目に浮かぶようでした。まるでタイムスリップしたような鮮烈な体験でした」

 また、今回の分析では、混ぜ合わせる火山灰(軽石など)も時間の経過とともに化学反応を起こし、コンクリートをさらに強化する鉱物を生み出していたこともわかった。

 ローマのコンクリートは、完成して終わりではなく、長い時間をかけて環境に適応し、強くなり続ける「生きた素材」だったのだ。

 マシック氏は現在、この古代の知恵を現代に蘇らせようとしている。

 彼が立ち上げた会社「DMAT」では、ローマ式コンクリートのメカニズムを応用し、自己修復機能を持つ長寿命なコンクリートの開発を進めている。

 「私たちはローマのコンクリートを単にコピーしたいわけではありません。数千年も耐え抜くその『知恵』を現代の建設技術に翻訳し、自らを再生する夢のような素材を作りたいのです」

 ちなみに、記述が間違っているとされたウィトルウィウスだが、マシック氏は彼が誤解されている可能性も指摘している。

 ウィトルウィウスの著書には、セメントを混ぜる際の「熱エネルギー」についての記述もあり、読み解き方によっては熱混合を示唆しているとも取れるからだ。

References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41467-025-66634-7] / News.mit.edu[https://news.mit.edu/2025/pompeii-offers-insights-ancient-roman-building-technology-1209] / Arstechnica[https://arstechnica.com/science/2025/12/study-confirms-romans-used-hot-mixing-to-make-concrete/]

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