AIより人間の脳が優れている理由。「思考のブロック」を組み替え学習する柔軟力
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 AIは驚くべき進化を遂げたが、いまだ人間の脳に勝てない決定的な点がある。それは「柔軟性」だ。

 私たち人間は、過去の経験を活かして未知の課題にも即座に適応できるが、AIはこうした「その場での臨機応変な学習」が大の苦手だ。

 なぜ人間の脳はこれほど応用が利くのか?

 アメリカ・プリンストン大学の研究で、その秘密は「思考のブロック」にあることが判明した。脳は既存の思考パターン(スキル)をレゴブロックのように組み替えて使い回していたのだ。

 この研究成果は『Nature[http://dx.doi.org/10.1038/s41586-025-09805-2]』誌(2025年11月26日付)に掲載された。

すでに持っている「部品」を別のことに使い回す能力

 もしあなたが自転車の整備方法を知っているなら、オートバイの修理も自然と覚えられるかもしれない。

 あるいは、パンの焼き方を知っていれば、ゼロから勉強し直さなくてもケーキを焼くことができるだろう。

 このように、関連する作業で覚えた単純な知識や技術を「部品」として転用し、新しいことを学ぶ能力のことを、科学者たちは「構成性(compositionality)」と呼んでいる。

 これは、手持ちのレゴのような「思考のブロック(部品)」を組み合わせて、新しい形を作り上げるようなものだ

 今回の研究論文の筆頭著者、プリンストン大学の神経科学部、シナ・タファゾリ博士はこう説明する。

パン作りで覚えた『オーブンの使い方』『材料の計量』『生地をこねる』といった既存の部品(ブロック)を、『生地を泡立てる』『クリームを作る』といった新しいブロックと組み合わせることで、ケーキ作りという全く別のスキルを生み出せるのです(タファゾリ博士)

 だが、脳が実際にどのような仕組みでこの「思考のブロックの組み立て(構成性)」を実現しているのか、その決定的な証拠はこれまで見つかっていなかった。

 過去の研究結果もバラバラで、詳しいことは謎に包まれていたのだ。

 そこで研究チームは、脳内に本当にそのようなブロックが存在するのか、その正体を探るためにサルを使った実験を行った。

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サルの脳活動を測定し「思考のブロック」の証拠を探す

 タファゾリ氏は、2匹のオスのアカゲザル(実験によく用いられる一般的なサル)に3つの関連する課題を行わせ、その最中の脳活動を詳しく観察した。

 サルたちが行ったのは、「分類ゲーム」だ。目の前の画面に映し出された、アメーバのような不定形の「しみ」を見て、それが何であるかを判断する。

 サルたちは、その「しみ」がウサギに見えるか「T」の字に見えるか(形の分類)、あるいは赤っぽいか緑っぽいか(色の分類)を判断しなければならない。

 正解だと思う方向へ視線を向けることで回答する。

 この実験の巧妙な点は、それぞれの課題が少しずつ要素を共有していることだ。  たとえば、ある「色の課題」と「形の課題」は、正解の場合に見る方向が同じだった。一方で、2つの「色の課題」は、色の見分け方は同じだが、正解の場合に見る方向が異なっていた。

 このように要素を共有させることで、脳が共通の「思考のブロック」を使い回しているかどうかをテストしたのである。

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脳はブロックを組み立てて機能させる

 脳全体の活動パターンを分析した結果、研究チームは「前頭前皮質」と呼ばれる場所に注目した。おでこの奥にあるこの領域は、思考や判断を司る脳の司令塔だ。

 そこには、色の識別といった共通の目的に向けて働く神経細胞の間で、使い回し可能な活動パターンがいくつも発見された。

 研究に加わった、プリンストン神経科学研究所(PNI)の副所長、ティム・ブッシュマン博士は、これらを脳の「認知のレゴブロック」と表現する。

 新しい行動を作るために、柔軟に組み合わせることができる思考のブロックのことだ。

私はこの思考のブロックを、コンピュータプログラムの関数のようなものだと考えています。ある神経細胞のセットが色を識別し、その結果が行動を起こす別の関数へと渡されるのです(ブッシュマン博士)

  たとえば色の課題を行う時、脳は「色を計算するブロック」と「目を動かすブロック」をカチッとはめ合わせる。

 形から色へと課題が変われば、今度は「形を計算するブロック」と「目を動かすブロック」を組み合わせるだけだ。  

 また、使っていないブロックは活動を静めることもわかった。形の判断をしている時は、色の情報は邪魔になるため、一時的に色のブロックをオフにするのだ。脳は限られたエネルギーを、今必要なことに集中させているのである。

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AIや医療への応用

 この「思考のブロック」の発見こそが、冒頭で述べた「柔軟力」の正体だ。

 人間が新しいことをこれほど早く学び、環境に適応できるのは、ゼロからすべてを学ぶのではなく、すでに持っているブロックを瞬時に組み替えて対応しているからだったのである。

 すでに持っているスキルのブロックを使い回すことで、ゼロから学ぶ無駄を省いているのだ。これは現在のAIシステムがまだ習得できていない高度な技である。

 「機械学習の大きな問題は『壊滅的忘却』です」とタファゾリ博士は言う。

AIは新しいことを学ぶと、以前の記憶を上書きして忘れてしまう傾向があります。ケーキの焼き方を知っているAIにクッキーの焼き方を教えると、ケーキの焼き方を忘れてしまうのです(タファゾリ博士)

 将来的に、この脳の仕組みをAIに取り入れれば、古い知識を忘れずに新しい知識を学び続けるシステムが作れるかもしれない。

 また、この発見は医療の役にも立つ可能性がある。

統合失調症や強迫性障害、脳の損傷などは、知っている技術を新しい状況に応用できなくなることがよくある。

 これは、脳内でブロックの組み合わせがうまくいかなくなっていることが原因かもしれない。

 脳がどのように知識を再利用し、再結合しているかを理解することで、失われた柔軟性を取り戻す新しい治療法が見つかるかもしれないのだ。

追記(2025/12/18) 本文に一部重複があった部分を訂正して再送します。

References: Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1107124] / Iopscience.iop.org[https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/ae10a6]

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