世にも奇妙な寄生植物。光合成を捨てクローンで増える「ツチトリモチ」の謎を解明
ツチトリモチ Image credit:Svetlikova et al., 2025 / <a href="https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/" target="_blank">CC BY 4.0</a>

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 日本の沖縄や本土の山奥、苔がむした静かな森の地面から、ひょっこりと頭を出している奇妙な生き物が見つかることがある。

 一見すると風変わりなキノコにしか見えないが、実はこれでも世界最小クラスの花を咲かせ、種を実らせるツチトリモチという被子植物だ。

 この不思議な植物は、私たちが知る一般的な草木とはあまりにかけ離れた生存戦略を持っている。

 光合成を行うための葉緑素を持たず、土から水分を吸うための根すら持たない。特定の樹木の根に文字通り居候し、栄養を奪って生きる寄生植物なのだ。

 この奇妙な植物が、なぜ1億年以上もの間、姿を変えずに生き残ってこれたのか。沖縄科学技術大学院大学などの最新のゲノム解析によって、その驚くべき進化の謎が明らかになった。

 この研究成果は『New Phytologist[https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/nph.70761]』誌(2025年11月26日付)に掲載された。

光合成に関する遺伝子を9割も捨てた驚異の生存戦略

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)、神戸大学、台北市立大学の研究チームは、謎多き古代植物「ツチトリモチ」の謎に挑むため、ゲノム(設計図)を詳しく調査した。

 キノコにそっくりに見えるが、被子植物のツチトリモチは日本固有種で、本州(紀伊半島)から四国、九州、南西諸島までの山地の森林内に生息する。

 花茎は太くて短く高さ6~12cm、多数の鱗片状の葉に包まれる。その先端には、ニワトリの卵ほどの大きさの楕円形の花序(花の集まり))がつく。

 今回の調査では、この植物が生きるために必要なすべての栄養を宿主に完全に依存している実態が明らかになった。

 普通の植物は太陽の光を使ってエネルギーを作るために、細胞の中に「色素体(プラスチド)」という細胞小器官を持っている。

 一般的な植物はこの色素体を維持・運営するために約200個の遺伝子を動かしているが、ツチトリモチにはわずか20個しか残っておらず、じつに9割もの遺伝子を捨て去っているのだ。

 植物としてのアイデンティティともいえる機能をここまで削ぎ落としながら、現在まで生き抜いてきた事実は驚きだ。

 さらに、この色素体は決して役目を終えて眠っているわけではない。

 ツチトリモチ自身の細胞内で作られた700種類以上のタンパク質が、この色素体の中へ送り届けられているのだ。

 これは、光合成という仕事を辞めた代わりに、自分の細胞内で作った道具(タンパク質)をここに集めて、生きていくために欠かせない別の物質を組み立てる作業場として、色素体を使い続けていることを意味している。

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1億年前の恐竜時代から生きる最古の寄生植物

 研究チームが最新の解析技術で系統樹を調べた結果、ツチトリモチが属するツチトリモチ科は、約1億年前の白亜紀中期に多様化した極めて古いグループであることが判明した。

 恐竜が大地を闊歩していた時代から、すでに光合成を捨てて寄生生活を送っていたという事実は、陸上植物の中でも最初期の進化事例といえる。 

 葉も根も捨てて、キノコのような姿へと変わり果てながらも、ツチトリモチは今日までその姿を維持してきた。

 進化のタイプにはいろいろあるが、ツチトリモチの場合は寄生生活に特化するために不要なものを極限まで捨て去る「引き算の進化」を選んだのだ。

 この潔いまでのシンプルさが、過酷な自然界で1億年もの時を生き残るための鍵となったようだ。

 この研究の筆頭著者である、OISTのペトラ・スヴィエットリコヴァ博士は、ツチトリモチが植物としての特徴の多くを失いつつも、寄生生活に必要な機能はしっかりと保持している点を興味深い進化の例として挙げている。

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受粉せず一株で勢力を広げるクローン術

 ツチトリモチのもう一つの不思議な特徴は、その独特な繁殖方法にある。

 多くの植物は受粉によって遺伝子を混ぜ合わせるが、島に生息するツチトリモチの仲間には、受粉を一切行わずに自分自身のクローンとなる種子を作る「絶対的無融合種子形成(Agamospermy)」を行うものが存在する。

 この繁殖戦略の最大の利点は、たとえオシベを持つ株がいなくても、たった一株のメシベを持つ株が新しい島にたどり着くだけで、次々と仲間を増やして自分たちのエリアを広げられることだ。

 遺伝的な多様性が失われるリスクはあるものの、他の植物が生きられないような暗く湿った林床という特殊な環境(ニッチ)へ、効率よく進出するためにはこの上なく強力な武器といえる。

 一株から始まったクローンの軍団が、人知れず森の地下でネットワークを広げ、自分たちだけの安住の地を作り上げているのだ。

 スヴィエットリコヴァ博士は、この極めて稀な繁殖戦略が島という孤立した環境での生存に有利に働いたと推測している。

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宿主を選びすぎて絶滅寸前。進化が直面する過酷な運命

 自らのクローンを作る能力がある一方で、ツチトリモチは宿主選びを極めて慎重に行う。

 個々の集団はハイノキ属などごく限られた種類の樹木にしか寄生せず、その木がなければ生きていけないという繊細な一面を持っている。

 この特性が、希少でユニークな存在であるツチトリモチを絶滅の危機にさらしている。

 森林の伐採や環境破壊によって宿主となる木が失われることは、そのままツチトリモチの死を意味するからだ。

 今回の調査には、寄生植物の専門家である台北市立大学のフエイ・ジユン・スー博士や神戸大学の末次健司教授も協力している。

 現在、沖縄にある生息地の多くは保護されているが、盗掘や開発の影響によってその数は減り続けている。

 研究者たちは、この素晴らしい古代植物が消えてしまう前にその生態を解明しようと、今も厳しい自然の中で調査を続けている。

 1億年前からひっそりと命をつないできたこの植物は、進化の多様性と自然界の奥深さを象徴する存在として、私たちの足元で静かに警鐘を鳴らしている。

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