塩粒ほどの小ささ!世界最小の自律型ロボットが開発される
Image credit:Marc Miskin, Penn

塩粒ほどの小ささ!世界最小の自律型ロボットが開発されるの画像はこちら >>

 アメリカ・ペンシルベニア大学とミシガン大学の研究チームが、世界最小となる完全プログラム可能な自律型ロボットを開発した。その大きさは塩の粒ほどしかなく、指紋の間に収まってしまうサイズだ。

 ロボットといっても手足のある機械ではない。見た目はただの小さな四角い板にしか見えないが、超小型コンピュータを搭載し、自ら周囲の環境を感知して行動する能力を持っている。

 外部からの操縦や電源ケーブルを必要とせず、光をエネルギー源として自律的に泳ぎ回ることが可能だ。

 この極小ロボットは、将来的に体内に入り込んで細胞の健康状態を監視したり、微細な部品を組み立てたりするなど、医療や製造の現場に革命をもたらす可能性を秘めている。

 この研究は『Science Robotics[https://www.science.org/doi/10.1126/scirobotics.adu8009]』誌(2025年12月10日付)および『PNAS[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2500526122]』誌に掲載された。

微生物サイズの自律型ロボット

 ペンシルベニア大学とミシガン大学の研究者たちが開発したこのロボットは、肉眼でかろうじて見える程度の大きさで、約200×300×50μm(マイクロメートル)。多くの微生物と同じサイズとなる。

 光を動力源とするこのロボットは、超小型コンピュータを搭載しており、プログラムによって複雑なパターンで動き回ったり、局所的な温度を感知して進路を調整したりすることができる。

 このロボットは、外部からのケーブルや磁場、あるいはコントローラーによる遠隔操作を一切必要としない。このサイズにおいて、初めて真に自律的でプログラム可能なロボットである。

 ペンシルベニア大学工学部の電気システム工学科助教授であり、論文の責任著者であるマーク・ミスキン氏は、「我々は自律型ロボットを1万倍も小さくした。これはプログラム可能なロボットにとって、全く新しい領域を切り開くものだ」と語る。

[画像を見る]

ミクロの世界特有の物理法則

 何十年もの間、電子機器は縮小の一途をたどってきたが、ロボットはそのペースに追いつくのに苦労してきた。

 ミスキン氏は、「1mm以下のサイズで独立して動くロボットを作るのは極めて難しい。

この分野は40年間、この問題で行き詰まっていた」と指摘する。

 人間サイズの世界では重力や慣性が支配的だが、細胞サイズまで小さくなると、抗力(流体抵抗)や粘性といった表面積に関連する力が支配的になる。

 ミスキン氏によれば、「十分に小さくなると、水を押すことはまるでタールの中を進むような感覚になる」という。

 大きなロボットを動かすための手足のような機構は、ミクロの世界では通用しない。非常に小さな脚や腕は折れやすく、製造も困難だからだ。

 そこでチームは、ミクロの世界における移動の物理法則に逆らうのではなく、それを利用する新しい推進システムを設計した。

可動部品なしで泳ぐ仕組み

 魚のような大きな水生生物は、背後の水を押してその反作用で前進する。しかし、この新しいロボットは体を曲げたりすることはしない。その代わり、電場を発生させて周囲の溶液中のイオンを動かす手法を採用した。

 イオンが動くと近くの水分子が押され、ロボットの周囲に水の流れが生まれる。ミスキン氏は、「まるでロボットが動く川の中にいるようだが、その川を動かしているのはロボット自身なのだ」と説明する。

 ロボットはこの電場を調整することで、複雑なパターンで動いたり、魚の群れのように協調して移動したりできる。移動速度は最大で毎秒1体長分に達する。

 電場を発生させる電極には可動部品がないため、ロボットは極めて頑丈だ。

 マイクロピペット((微量の液体を正確に吸い取る実験器具))を使って別のサンプルへ移し替えても損傷することはなく、LEDの光で充電すれば数ヶ月間稼働し続けることができる。

[画像を見る]

極小の脳と省電力技術

 真に自律的であるためには、決定を下すコンピュータ、周囲を感知し推進力を制御する電子回路、そして電源となるソーラーパネルを、すべて1mm以下のチップに収める必要がある。

 ここでミシガン大学のデビッド・ブラウ教授のチームが重要な役割を果たした。

 ブラウ教授の研究室は世界最小のコンピュータ開発で知られている。

 5年前、国防高等研究計画局(DARPA)のイベントでミスキン氏とブラウ氏は出会い、互いの技術(推進システムと超小型コンピュータ)が完璧に補完し合えることに気づいた。

 最大の課題は電力だった。搭載される極小のソーラーパネルはわずか75nW(ナノワット)の電力しか生成しない。これはスマートウォッチの消費電力の10万分の1以下である。

 ミシガン大学チームは極めて低い電圧で動作する特殊な回路を開発し、コンピュータの消費電力を1000分の1以上に抑えることに成功した。

 さらに、ソーラーパネルがスペースの大半を占めるため、残されたわずかな場所にプロセッサとメモリを詰め込む必要があった。

 ブラウ氏は、「コンピュータプログラムの命令を根本から見直した。通常なら推進制御に多くの命令を要するところを、1つの特別な命令に凝縮することで、極小のメモリに収まるようプログラムを短縮した」と述べている。

[画像を見る]

塩粒ほどの大きさながら感知し、記録し、反応する

 これらの技術革新により、実際に「思考」できる初の1mm未満(サブミリメートル)のロボットが誕生した。

 プロセッサ、メモリ、センサーを備えた真のコンピュータをこれほど小さなロボットに搭載したのは、研究チームの知る限り初めてのことだ。

 ロボットには温度を0.3℃以内の精度で検出できるセンサーが搭載されている。

 細胞の活動レベルは温度変化として現れるため、ロボットが細胞一つひとつの温度を測定することで、個別の細胞の健康状態を正確に監視できるようになる。

 これは医療分野での大きな進歩につながるだろう。

 測定データの報告方法もユニークだ。

 ブラウ氏は、「温度などの測定値を、ロボットの動きの揺れとして符号化する特別な命令を設計した」と説明する。

 顕微鏡を通してその動きを観察し、揺れを解読することでデータを取得する。これはミツバチがダンスで情報を伝え合う方法に近い。

 ロボットは光パルスによってプログラムされるが、個体ごとに異なる役割を与えることもできる。

 ブラウ氏は「それぞれのロボットが、より大規模な共同作業の中で異なる役割を果たすことも可能になる」と話す。

 現在の設計では1個約1.5円という安価さで大量生産が可能だ。

 これにより、大量のロボットを投入して連携させることで、これまで不可能だった微細な部品の組み立てといった複雑な製造作業も実現できるようになるだろう。

[画像を見る]

ロボット工学の新たな未来

 将来のバージョンでは、より複雑なプログラムの実行、高速移動、新センサーの搭載、過酷な環境での動作などが可能になるだろう。 

 「これはほんの第1章に過ぎない」とミスキン氏は語る。

目に見えないほど小さな物体に脳とセンサーとモーターを詰め込み、長期間動作させられることを証明しました。

この基盤があれば、あらゆる種類の知能や機能を付加できます。これはミクロ世界のロボット工学にとって、全く新しい未来への扉を開けるでしょう(ミスキン氏)

References: Seas.upenn.edu[https://www.seas.upenn.edu/stories/penn-and-umich-create-worlds-smallest-programmable-autonomous-robots/] / PNAS[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2500526122] / Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1109727]

編集部おすすめ