日本ではごく一般的にみられるニホンアマガエル。この緑色の小さな両生類が、人類のがんとの闘いにおいて大きな助けとなる「特効薬」を体内に持っていることが明らかになった
日本の研究チームが、このカエルの腸内から発見された細菌によって、マウスの大腸の腫瘍(がんの塊)を完全に消し去ることに成功した。
その効果は客観的な数値として示されており、100%の腫瘍消失(完全奏効)を達成したという。これは標準的な化学療法や、最新の免疫療法と比較しても非常に高い有効性を示す成果である。
この研究は『Gut Microbes[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/19490976.2025.2599562]』誌(2025年12月10日付)に掲載された。
両生類の腸内細菌に着目
サメはがんにならないという話を耳にしたことがあるかもしれない。実際には稀にがんになることもあるのだが、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の研究者たちは別の生き物に注目した。
彼らは両生類や爬虫類といった生命力の強い生き物の腸内細菌叢(マイクロバイオーム)に、体を守る秘密が隠されているのではないかと考えたのだ。
研究チームが目をつけたのは、「Ewingella americana(ユーインゲラ・アメリカーナ)」という有望な細菌の株だ。
この細菌は大腸菌などと同じ「腸内細菌科」に属するグラム陰性菌の一種で、普段は自然界の土や水の中、小動物の腸内などでひっそりと暮らしている。
そんな地味な存在であるこの細菌が期待される理由は、その性質にある。
がん組織の低酸素を好み、腫瘍内で3000倍に増殖
Ewingella americana(以下、E. americana)は「通性嫌気性」で、酸素がある場所でも生きられるが、酸素が少ない場所のほうが元気に活動できる性質を持っている。
これがなぜがん治療に役立つのか。
固形のがん(腫瘍)の内部は、その内部が酸欠状態になっていることが多い。多くの抗がん剤にとって、こうした低酸素環境は攻め落とすのが難しい要塞のようなものだ。
しかし、酸素が少ない場所を好むこの細菌にとっては、そこが絶好のすみかとなる。
研究によると、E.americanaをマウスに静脈注射したところ、肝臓や肺といった酸素が豊富な健康な臓器からは24時間以内にいなくなった。
その一方で、酸素が欠乏して息苦しいはずの腫瘍の内部では、細菌の数が増え、3000倍にも膨れ上がったのだ。
この性質により、健康な組織への副作用を避けながら、腫瘍だけを狙い撃ちにして集中的に作用することが可能になる。
静脈注射で腫瘍を狙い撃ちする仕組み
マウスの静脈から注射されたE. americanaは、血液の中に送り込まれ、心臓のポンプによって全身のあらゆる臓器へと運ばれていく。
肝臓や肺といった健康な臓器は酸素が非常に豊富な環境だ。
E. americanaは酸素が多い場所は住みにくいと感じる性質を持っているため、健康な場所にたどり着いた細菌は体の免疫システムに排除されるなどして、24時間以内に姿を消してしまう。
一方で、腫瘍は急激に成長するために、大急ぎで自分専用の血管を作り出す。この血管は非常に作りが雑で、壁に多くの隙間が開いたボロボロの状態だ。
健康な臓器の血管は中身が漏れないようにしっかりとした構造をしているが、腫瘍の血管は穴だらけのホースのようなものだ。
血液に乗って流れてきた細菌は、この血管の穴から腫瘍の組織の中へと次々に漏れ出していく。
これが、静脈に注射しただけで特定の場所に細菌が集まる理由だ。
腫瘍の中に漏れ出したE. americanaは、そこだけに存在する低酸素という条件を利用して、爆発的に増殖し定着する。
直接破壊と免疫細胞への信号により腫瘍を攻撃する
腫瘍の中に定着したE. americanaは、二つの経路で治療に寄与する。
一つは、細菌自身の代謝活動や分泌する物質によって、腫瘍の細胞を直接破壊することだ。
もう一つは、免疫システムへの働きかけだ。
通常、腫瘍は免疫細胞から身を隠す仕組みを持っているが、この細菌が腫瘍内で活動することで、免疫システムに異常を知らせる警報の役割を果たす。
その結果、本来備わっている免疫細胞が腫瘍の正体を認識し、一斉に攻撃を開始するようになる。
この直接攻撃と免疫の活性化という二段構えが、高い治療効果を生み出す要因となっている
すべての腫瘍が消失、既存の治療を上回る
研究チームは、E. americanaの効果を、現在使われている2つの治療法と比較した。一つは標準的な化学療法、もう一つは免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる最新の治療薬だ。
実験の結果、化学療法を受けたマウスは腫瘍の成長が一時的に遅れたものの、消失には至らなかった。最新の免疫療法を受けたグループでも、腫瘍が完全に消失したのは5匹中1匹にとどまった。
一方、今回の細菌を投与されたマウスは、すべての個体で腫瘍が消失した。
治療によって腫瘍が検査で確認できなくなる状態を完全奏効と呼ぶが、今回の実験では100%の確率でこの状態が再現された。
免疫記憶の形成により将来の再発を抑制
さらに、この治療法には再発を抑制する効果も見られた。
腫瘍が消失したマウスに対し、30日後に再び同じ腫瘍の細胞を移植したが、腫瘍が成長することはなかった。
これは、細菌による刺激を受けたことで、免疫細胞がその腫瘍の特徴を覚える免疫記憶が形成されたことを意味している。
一度倒した相手を体が覚えているため、再び現れてもすぐに退治できる抵抗力が備わったということだ。
体の中に、特定の腫瘍に対する自然な防御システムが構築されたと言い換えることもできる。
酸素のある組織には定着せず高い安全性を確認
細菌を体内に注入することには安全面での懸念が伴うが、今回の実験ではE. americanaの安全性が示唆されている。
この細菌は酸素が十分にある環境では定着しにくいため、血流や健康な臓器には長居せず、24時間以内に自然に排除される。
実際に、治療を受けたマウスの健康な臓器に悪影響が出ている形跡は見られなかった。
また、この細菌は一般的な微生物であるため、万が一問題が生じた場合でも、標準的な抗生物質によって除菌することが可能だ。
自然界の多様性が拓く将来的な応用の可能性
今回の研究は、人間とは身体の構造が異なるマウスを用いて、かつ皮膚の下に移植された腫瘍という単純なモデルで行われたものである。
人間の複雑な体内環境や、他部位への転移に対して同様の効果が得られるかどうかを判断するには、さらなる慎重な検証が必要だ。
また、人間に応用するためには投与量の精密な調整など、解決すべき課題も多い。
それでも、今回の成果はE. americanaががん治療の新しい選択肢になり得ることを示す概念実証となった。自然界に存在する多様な生物の力が、将来的に難病を克服するための鍵となるかもしれない。
References: Medicalxpress[https://medicalxpress.com/news/2025-12-gut-bacteria-amphibians-reptiles-tumor.html] / Tandfonline[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/19490976.2025.2599562] / Jaist.ac.jp[https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/12/15-1.html]











