世界最高峰の医療技術を持つとされるアメリカだが、医療費も世界最高水準であり、多くの国民が生活を脅かされている。
ハーバード大学医学大学院の最新の研究によると、アメリカに住む人の27%、4人に1人以上が、高額な医療費によって家計や心身に甚大な損害を受けていることが明らかとなった。
この問題は、家計の圧迫に加え、費用の不安から必要な受診を諦めざるを得ず、病状をさらに悪化させるという悪循環を生んでいる。
健康を守るための医療が、多くの人々の暮らしを壊す要因となっている実態が、4年間にわたる追跡調査の結果から浮き彫りになった。
この研究成果は『JAMA Internal Medicine[https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2842979]』誌(2025年12月22日付)に掲載された。
追跡調査で判明した蓄積する医療費の重圧
これまでの研究の多くは、特定の1年間で医療費が払えなくなった人の割合を調査することに留まっていた。しかし、ハーバード大学医学大学院のアダム・ガフニー助教たちの研究チームは、医療費による家計へのダメージが時間の経過とともに積み重なっていく点に注目して分析を行った。
研究チームはアメリカ政府の調査データである医療費パネル調査を活用し、1万2600人以上の居住者を対象に2018年から2022年までの経過を追跡した。
その結果、調査期間中に亡くなった人の53%という半数を超える人々が、支払いきれないほどの膨大な医療費を抱えていたことが判明した。
短期間の調査では見過ごされがちだった医療費の重みが、長い年月をかけて人々の生活を深刻に追い詰めている状況が示されている。
時間の経過とともに上昇する医療費による困窮リスク
今回の研究では、支払いが困難な医療費の状態を3つの指標で評価している。
1.費用負担
家族の収入の10%以上を医療費の自己負担が占める状態で、所得が低い層の場合はこれが5%を超えた時点で家計への大きな打撃とみなされる
2.壊滅的な費用負担
食費を除いた収入の40%以上を医療費に投じる状態を指す
3.費用のための未受診
経済的な理由で必要な検査や治療を受けない選択をすること
これら3つの指標のうち、少なくとも1つ以上に該当した人の割合を調査したところ、発生率は年を追うごとに上昇した。
調査開始から1年目の時点では12%だった該当者が、4年目の終わりには約27%にまで達した。
この結果は、短期間では表面化しなかった潜在的な困窮リスクが、時間の経過とともに多くの市民に牙を剥いていることを示唆している。
低所得層や持病がある人々を襲う深刻な生活破綻のリスク
経済的な破綻のリスクは、特に所得が低い層や持病がある人々に重くのしかかっている。
4人家族で年収が約964万5000円(6万4300ドル)を下回る層は、裕福な層に比べて、家計を壊すような医療費を背負う可能性が約9倍も高いこともわかった。
日本なら高所得に思える金額だが、物価や家賃が極めて高いアメリカでは、家族4人を養いながら高額な民間保険料や自己負担額を支払うと、生活をするだけで精一杯の金額なのだ。
また、大学を卒業していない人や高齢者、入院経験のある人、喘息や高血圧の持病がある人も、同様に高い確率で生活困窮のリスクに直面しているという。
ニューヨーク市立大学ハンター校のステフィー・ウールハンドラー教授は、大富豪でない限り、一度の大きな病気や怪我が経済的な破滅に直結しかねないと警告している。
今は健康であっても、将来いつ襲ってくるかわからない高額な請求への不安は、多くのアメリカ市民に共通する悩みとなっている。
国民の半分が民間保険に頼る複雑な医療制度の現実
日本のような公的な国民健康保険制度がないアメリカでは、医療保険の仕組みが非常に断片化している。
カイザー・ファミリー財団(KFF)の調査[https://www.kff.org/state-health-policy-data/state-indicator/total-population/](2024年度版)によると、高齢者向けのメディケア(Medicare)や低所得者向けのメディケイド(Medicaid)といった公的な補助が受けられる人は国民の約3割強に留まる。
これに対し、国民の約5割はユナイテッドヘルスケアやシグナ、エレバンス・ヘルスといった会社が提供する民間の医療保険に加入している。
こうした民間保険は、支払う保険料の額によって「どの疾患なら保険が適用されるか」「どの病院なら受診できるか(ネットワーク)」という規約が細かく決められている。
規約から外れた治療や、ネットワーク外の病院で受診した場合には、たとえ保険に入っていても保険金が支払われず、莫大な全額自己負担を求められるケースも珍しくない。
保険に入っていても安心できないこの不透明さが、市民の生活をさらに圧迫しているのだ。
公的補助の削減と国民皆保険制度への期待
オバマケアと呼ばれるアフォーダブル・ケア法によって、以前よりは保険に入りやすくなったものの、現在はその補助金の期限切れが近づき、さらには低所得者向けの公的保険であるメディケイドの削減も予想されている。
こうした情勢の変化は、市民の医療費負担をさらに重くすると予測される。
ガフニー助教は、この問題を根本的に解決するためにアメリカも日本やイギリスのような国民皆保険制度を導入すべきだと指摘している。
現在の複雑な保険手続きや企業の利益に費やされている巨額の費用を削減し、その分を市民の健康と生活を確実に守るための補償に充てるべきだという考えだ。
References: Jamanetwork[https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2842979] / A Quarter Of American Families Face Financially Overwhelming Medical Expenses[https://www.kake.com/a-quarter-of-american-families-face-financially-overwhelming-medical-expenses/article_035b8d9d-8eed-5da5-b4a2-70d6360bceed.html] / 1/4 of American families overwhelmed by medical expenses[https://www.upi.com/Health_News/2025/12/23/American-healthcare-costs-study/1541766506420/]











