ブラジル南部のごく限られた地域にのみ生息する、手足が真っ赤なかわいらしいカエルは、わずか3cmほどの小さな体ながら、人間社会の決定を覆した過去を持つ。
2014年、このカエルが絶滅寸前であることが科学的に証明されたことで、予定されていた水力発電ダムの建設が白紙となったのだ。
しかし、人間の手による絶滅の危機を免れたこのカエルたちを待っていたのは、2024年に発生した記録的な洪水という過酷な試練だった。
だがカエルはがんばった。
水位が20mも上昇し、住処が完全に飲み込まれる絶望的な状況下にありながら、このカエルは自らの生命力のみを頼りに激流を生き延び、再びその姿を現したのだ。
特徴的な色合いの絶滅危惧種のカエル
特徴的な色合いのアドミラブル・レッドベリード・トード(Melanophryniscus admirabilis)という小さなカエルは、ブラジルのリオグランデ・ド・スル州アルボレジーニャにある、フォルケータ川のわずか数百mという極めて限定された区間にのみ生息している。
ヒキガエル科に属するこの種は、移動の際に跳ねることも可能だが、一歩ずつ足元を確かめるようにゆっくりと歩く独特の移動方法を好む性質がある。
多くの両生類は夜間に活動するが、このカエルは鮮やかな色彩を天敵に見せつけるために、太陽光が降り注ぐ昼間に活動を行う、昼行性の性質を持っている。
背面の暗緑色と腹部や手足(前肢・後肢)に広がる鮮やかな赤色は、視覚で獲物を探す捕食者に対して自身が毒を持ち、食べると不快であることを知らせる警告色としての役割を果たしている。
皮膚の腺から放出される毒素は天敵から身を守るための強力な防御メカニズムであり、この武器があることで白昼堂々と姿を現すことが可能になっている。
腹部にある明るい緑色の斑点模様は人間の指紋のように個体ごとに異なるパターンを形成しており、研究チームはこの模様を写真で照合することで精度の高い個体識別を行っている。
繁殖においてはこのカエル特有の繁殖戦略を持っており、激しい雨の後に太陽が照りつけて一時的な水たまりが温まる特定の気象条件が整った際、多くの個体が一斉に集まって交尾を行う。
ブラジルで初めて、ダムの建設を止めた両生類に
2010年、このカエルが唯一生息するフォルケータ川に小規模水力発電所の建設案が浮上したが、研究者たちは種の存続をかけて立ち上がった。
リオグランデ・ド・スル連邦大学の両生爬虫類学研究室に所属する生物学者のミシェル・アバディ氏は、同大学のデボラ・ボルディニョン氏、カロリーネ・ゼナート氏、ジャクリーン・ベッカー氏らと共に研究チームを結成した。
研究チームは、ダム建設が生態系に致命的な影響を与え、この種を絶滅に追い込むことを科学的に証明した。
このカエルが州や国、そして世界の絶滅危惧種リストにおいて絶滅寸前と評価されたことが決定打となり、2014年にブラジル連邦検察庁は建設工事の差し止めを命じた。
これはブラジルにおいて、両生類の保護を理由に大規模な開発プロジェクトが阻止された初めての事例となり、科学の力が生命の聖域を守り抜いた瞬間であった。
大洪水に襲われるも、奇跡的に生き延びる
ダム建設の中止によって守られたはずの生息地だったが、自然災害による悲劇がカエルたちを襲った。2024年、記録的な大洪水が発生したのだ。
国家水・基本衛生局(ANA)の調査[https://www.gov.br/ana/pt-br/assuntos/noticias-e-eventos/noticias/estudo-aponta-que-enchentes-de-2024-foram-maior-desastre-natural-da-historia-do-rs-e-sugere-caminhos-para-futuro-com-eventos-extremos-mais-frequentes]によればブラジル南部は今後も洪水の増加が予測されている地域であり、今回の洪水ではフォルケータ川の水位が20m以上も上昇し、繁殖に欠かせない岩場や湿った森の多くを飲み込んで激しく破壊した。
2025年10月、アバディ氏らは絶望的な予測を抱きながら現地を再訪したが、そこで目にしたのは、激変した環境の中でも力強く生き延びていたカエルたちの姿だった。
2日間の調査で合計111匹の個体が確認され、繁殖行動である抱接を行うペアや成長途中のオタマジャクシも発見された。
環境が激変したことでかつての生息ポイントは失われたものの、このカエルは自力で新たな岩の隙間や水たまりを見つけ出し、生命のサイクルを再開させていたのである。
社会全体でカエルを守るための取り組み
ダム計画は阻止され、洪水からも生還したが、このカエルを取り巻く脅威がすべて消え去ったわけではない。
周辺地域ではタバコや大豆、ユーカリの栽培による森林破壊が進んでいるほか、その希少な美しさから野生動物の密売ターゲットになるリスクも常に懸念されている。
現在、シコ・メンデス生物多様性保全研究所(ICMBio)が調整する国家行動計画のもとで、3年間にわたる災害後のモニタリングプロジェクトが進行している。
また、リオグランデ・ド・スル州議会のマテウス・ゴメス議員によって、この種を州の遺伝遺産に認定する法案が提出されており、社会全体でこの小さな命を守るための新たな仕組み作りが続けられている。
人間が開発を思いとどまった場所で、小さな生命が自らの本能によって絶望的な状況を打破しようとする姿は、私たちが自然に対して果たすべき責任を問い続けている。
このカエルの生存は、人間と生物多様性が共存するための希望の象徴であり、未来の世代に引き継ぐべき大切な教訓となっている。
References: Mongabay.com[https://news.mongabay.com/2025/12/the-first-amphibian-to-halt-a-hydroelectric-dam-now-takes-on-the-climate-crisis/] / This Tiny Brazilian Toad Became the First Amphibian Ever to Halt a Hydroelectric Dam. Now, It Faces a Climate Disaster[https://www.zmescience.com/ecology/animals-ecology/admirable-little-red-bellied-toad-brazil/]











