世界の人口の半分以上が都市部で暮らす現代、人為的に造りかえられた環境は、生物にとってこれまでにない進化の実験場となっている。
これまでの研究により、都市の生物たちが数十年という驚異的な速さで環境に適応し、生命の設計図であるDNAを変化させていることが明らかになった。
都市では今この瞬間も、DNAに刻まれた個々の遺伝子レベルの書き換えが進行しているのだ。すでに変化が起きている6つの生物たちの事例を見ていこう。
マンハッタンのシロアシネズミ
アメリカ、ニューヨーク市のマンハッタン島に住むシロアシネズミ(Peromyscus leucopus)は、都市環境において最も初期に適応進化が確認された例の一つだ。
フォーダム大学の生物学者、ジェイソン・ムンシ=サウス博士の研究チーム[https://www.nyu.edu/about/news-publications/news/2017/february/_a-tale-of-two-rodentsbiologist-munshi-south-on-the-evolution-of.html]は、これらのネズミが、セントラルパークなどの都市公園の周囲を囲む高いビルや交通量の多い道路によって、他の場所に住む仲間から完全に切り離されて暮らしていることを発見した。
本来、ネズミは新しい住みかや交配相手を求めてあちこちへ移動する習性があるが、都会では道路が壁となり、公園の外へ出ることができない。
そのため、同じ公園の中にいるネズミ同士だけで何世代も交配を繰り返すことになった。
この閉ざされた環境が、彼らに独自の進化をもたらした。
公園の中で生き残るため、彼らは人間が捨てた油っこい食べ物をうまく消化し、汚れた土の中に含まれる重金属などの有害物質に耐えられるような、特別な遺伝子を持つようになったのである。
都会という特殊な環境が、ネズミの体の仕組みをわずか数十年で作り変えたといえる。
プエルトリコのアノールトカゲ
プエルトリコのサンフアンでは、熱帯性のトカゲであるアノールトカゲ科のホカケアノール(Anolis cristatellus)が、コンクリートの上で生き残るために進化している。
ニューヨーク大学生物学助教授のクリスティン・ウィンチェル氏の研究[https://www.nyu.edu/about/news-publications/news/2023/january/urban-lizards-pnas.html]によれば、都市のトカゲは森林の仲間に比べて、足の裏にあるパッドが大きく、手足も長くなっていることが判明した。
これは、滑りやすい建物の壁やフェンスをしっかりと掴んで移動するための変化だ。さらに、都会特有の照り返しによる熱に耐えるため、森林の仲間よりも高い温度で活動できる耐熱性も遺伝子レベルで身につけていた。
都市の熱と人工物が、トカゲの身体構造を変える原因となったのである。
ロンドン地下鉄の蚊にまつわる論争
イギリス・ロンドンの地下鉄に住むチカイエカ(Culex pipiens form molestus)は、地下鉄が建設されてからの約150年で進化した新種だと考えられてきた。
しかし、最新の分析により、この蚊はロンドンで突然生まれたのではないことがわかった。
プリンストン大学の研究[https://www.science.org/doi/10.1126/science.ady4515]によれば、実は数千年前の地中海近くで、すでに農業を始めた人間たちのそばで暮らすうちに、都会に近い環境に適応していた仲間がルーツだったのだ。
つまり、この蚊は都会のような環境で生きる準備が、遺伝子レベルで事前に整っていたといえる。
ロンドンに地下鉄という新しい空間ができたとき、彼らはその特徴を活かして即座に入り込み、定着したのである。一度獲得した特徴が、遠い未来に新しい環境へ進出する助けとなった事例だ。
アライグマに見られる家畜化の兆し
アメリカの都市部に住むアライグマには、まるで犬や猫のようになっていく家畜化に近い変化が起き始めている。
アーカンソー大学、ラファエラ・レシュ博士の研究[https://ualr.edu/news/2025/10/16/raccoons-show-early-domestication/]によると、都市のアライグマは農村の個体に比べて、鼻先が平均3.56%短く、顔つきが丸くなっているという。
これは、人間を怖がらずにゴミなどの食べ物をうまく利用できる、おとなしい性格の個体が選択的に生き残りやすくなった結果だと考えられている。
おとなしい性格と、鼻が短くなるといった見た目の変化は、成長の過程で連動して現れることが多い。
人間が意図的に飼育しているわけではないが、都市という環境そのものが、アライグマを人間となじみやすい姿へと進化させている可能性がある。
サンショクツバメと交通社会
アメリカ・ネブラスカ州の高速道路沿いで30年以上ツバメを観察してきたネブラスカ大学リンカーン校のチャールズ・ブラウン氏らの研究[https://newsroom.unl.edu/announce/todayatunl/2233/12588]は、車の通りが鳥の翼の形を変えたことを示している。
かつては多かった道路でのツバメの事故死が年々減っている理由を調べたところ、生き残ったサンショクツバメ(Petrochelidon pyrrhonota)の翼は、事故で死んだ個体よりも明らかに短くなっていた。
短い翼は、急な飛び立ちや、空中で素早く向きを変える動きに適している。翼が長い鳥は大型トラックを避ける機動性が足りず、事故によって遺伝子のプールから取り除かれてしまったのだ。
走る車という人間が作った要因が、鳥の体の設計をわずか数十年で書き換えた、適応進化の決定的な実例である。
シロツメクサは武器を捨てた
変化しているのは動物だけではなく、道端に咲くシロツメクサ(Trifolium repens、クローバー)も進化を遂げている。
本来、シロツメクサは虫や動物に食べられないようにシアン化水素という毒を作る力を持っている。
しかし、世界中の都市を調べたカナダ・トロント大学のマーク・ジョンソン氏らの研究[https://www.science.org/doi/10.1126/science.abk0989]により、都市のクローバーはこの毒を作るのをやめる傾向にあることが判明した。
都市には葉を食べる牛やシカがいないため、エネルギーを使って毒を作る必要がないからだ。
さらに、毒を持たない方が都市の冬の寒さや凍結に強いというメリットもある。都市のクローバーは、周囲の環境に合わせて、遺伝子レベルで不要な武器を持たないという選択をしたのである。
独自の進化が起きる都市部という新たな生息地
私たちはアマゾンの熱帯雨林のような遠い自然ばかりに目を向けがちだが、人間が多く暮らす都市部の生態系でも驚くべき変化が起きている。
アメリカ・テキサス工科大学のガド・ペリー博士は、都市における自然保護について4つの重要な視点[https://www.mdpi.com/1424-2818/16/6/308]を示している。
・都市部は自然保護活動の正当な対象であり、独自の価値を持っていること
・本来の生息地で苦戦している生物にとって、都市が意外な避難所になる可能性があること
・都市の高温環境が、将来の温暖化に生物がどう対応するかを予測するヒントになること
・急速な進化により、都市にしか存在しない新しい生物多様性が生まれていること
ペリー博士は、進化という仕組みを深く知るためには、都市での研究がもっと必要だと述べている。
もし都市生活がわずか数十年で他の生物の設計図を変えてしまうのなら、同じ環境で暮らす私たち人間自身の体にも、何らかの変化が起きているのかもしれない。
References: Journals.plos.org[https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0074938] / PNAS[https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2216789120] / Springer.com[https://link.springer.com/article/10.1186/s12983-025-00583-1] / Biorxiv[https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2025.01.26.634793v2.full.pdf] / Science[https://www.science.org/doi/10.1126/science.abk0989] / CELL[https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(13)00194-2] / Zmescience[https://www.zmescience.com/feature-post/pieces/city-life-is-rewriting-animal-dna-here-are-6-striking-examples/]











