脳のルールが書き換わる:エピソード記憶の謎を解明。思い出と状況は別々に保存されていた
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 エピソード記憶とは長期記憶の一種で、いつ、どこで、誰と何をしたかという、自分自身の個人的な思い出のことだ。日記やアルバムをめくるように、私たちは過去の出来事を当時の情景とともに鮮明に思い出すことができる。

 最新の研究により、人間の脳はエピソード記憶を保存する際、起きた出来事そのものと、その時の状況を、それぞれ全く別の神経細胞に分けて記録していることが判明した。

 ドイツのボン大学の研究チームが明らかにしたこの発見は、人間の記憶がなぜこれほどまでに柔軟で、新しい場面でも役立つのかという謎を解き明かす大きな一歩となる。

 この研究成果は『Nature[https://www.nature.com/articles/s41586-025-09910-2]』誌(2026年1月7日付)に掲載された。

人間の脳がエピソード記憶を作る方法

 脳がエピソード記憶を作る際、何が起きたかという出来事(内容)だけでなく、それがどのような状況で起きたのかも同時に把握しておく必要がある。

 人間は、友人とカジュアルな夕食を共にしている時と、同じ友人とフォーマルな会議で会っている時のように、全く異なる状況下でも同じ人物や物体を正しく認識できる。

 これは脳の記憶センターの奥深くに、概念ニューロンと呼ばれる特定の細胞が存在するからだ。

 概念ニューロンとは、特定の人物や物に対してだけ反応する専門的な細胞のことで、例えばその友達をどこで見かけても、あるいは名前を聞いただけでもピカッと反応して、それが誰であるかを認識する役割を担っている。

 しかし、記憶を実際に役立てるためには、脳はその安定した内容を、それが発生した状況に正しく結びつけなければならない。

 ここで、これまでの科学界にはある共通の認識があった。

 ネズミなどの動物の研究では、一つの神経細胞がこれら両方の情報をセットにして持っているのが当たり前だと考えられてきたのだ。

 そこで、ボン大学の研究チームは、人間の脳も動物と同じルールで動いているのか、それとももっと別の仕組みがあるのかを確かめるために研究を開始した。

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脳内の活動をリアルタイムで直接記録

 マルセル・バウシュ博士とフロリアン・モルマン教授らのチームは、薬では発作が抑えられない難治性のてんかんを持つ患者の協力を得て、個々の神経細胞の電気信号を記録した。

 治療の一環として、記憶に不可欠な領域である海馬とその周辺に電極を設置し、脳がどのようにエピソード記憶を処理しているのかを直接観察したのである。

 参加者はノートパソコンを使い、画面に表示される一対の画像を比較する課題に取り組んだ。

 例えば、最初に大きいほうは、という指示が出された場合、次に現れる二つのアイテムのうちどちらが大きいかを判断する。

 これにより、脳が全く同じ画像を、異なる課題の状況においてどのように処理するかを精密に分析することが可能になった。

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人間の脳細胞は出来事と状況を分担していた。

 3000個以上の神経細胞を調査した結果、これまでの脳のルールを書き換える発見があった。

 人間の脳は、内容を担当する神経細胞(ニューロン)のグループと、状況を担当する神経細胞のグループを別々に使って、この複雑な処理を行っているという。

 つまり脳内には、役割がはっきりと分かれた2つの神経細胞の集団が存在していることになる。

 内容を記録する神経細胞は、課題の内容に関わらず、特定の画像だけに反応した。これは先ほど説明した概念ニューロンにあたる。

 一方で、状況を記録するニューロンは、どの画像が表示されているかに関わらず、大きいほうは、という課題のルールや質問だけに反応したのである。

 バウシュ博士によると、両方の信号を同時に持っている細胞はごくわずかで、参加者が正しく思い出せたときに、2つの独立したグループが内容と状況を一つに結びつけ、その精度が最も高まったことを明らかにした。

 これこそが、バラバラの情報を一つの思い出として完成させる、脳の連携プレーの正体なのだ。

 これは、人間は動物のように一つの細胞に情報を詰め込むのではなく、内容と状況をあえて切り離し、別々の神経ライブラリに保存するという高度な仕組みを持っていることを示している。

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柔軟な知性を生む分担の秘密

 また、神経細胞同士のつながりは、実験が進むにつれて強化された。

 内容を担当する神経細胞が活動すると、わずか数十mm秒後に状況を担当する神経細胞が連動して動き出したのだ。

 これはパターン完成と呼ばれるプロセスで、脳が一部の情報から当時の状況全体を再構築することを可能にしている。

 この分担作業こそが、人間の記憶の柔軟性を説明している。

 脳は内容と状況を別々に保存することで、同じ概念を数え切れないほどの新しい場面で再利用できる。

 一つ一つの組み合わせごとに専用の細胞を用意する必要がないため、非常に効率が良いのだ。

 これらの神経細胞グループが自発的に結びつく能力こそが、具体的な詳細を守りながら情報を一般化して役立てるという、人間特有の高度な知性を生み出しているのかもしれない。

 今後研究チームは、この細胞同士のやり取りを邪魔した場合に記憶がどうなるのかを調査し、謎に満ちた脳の仕組みをさらに解き明かしていく予定だ。

References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41586-025-09910-2] / Rewriting the Rules: Scientists Solve an Episodic Memory Mystery[https://scitechdaily.com/rewriting-the-rules-scientists-solve-an-episodic-memory-mystery/]

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