スマホから目が離せない現代病。実はこれ、脳が機械とシンクロしてしまう「サイバネティック・アテンション」の暴走だ。
「人間と機械を一体化させる」まるでSFアニメのようなこの概念は、第一次大戦中のパイロット選抜試験で既に確立されていた。
当時開発された「パシュート・テスト」は、窒息寸前の状態で光を追わせ、人間の反応を機械システムの一部として最適化する実験だった。
かつてパイロットを改造しようとしたこの測定装置こそが、私たちの脳を支配するシステムの原点だったのかもしれない。
脳が機械と融合する。「サイバネティックな注意力」の正体
私たちは最近、自分の注意力が散漫になっていると不安を感じている。だが、それは誤解だ。
私たちは、画面上の刺激に対してクリックやタップで即座に反応し続ける能力に関しては、驚異的なパフォーマンスを発揮する。
これは「サイバネティック・アテンション(人工制御的な注意力)」と呼ばれるものだ。
「サイバネティック」とは、生物と機械を区別せず、どちらも情報をやり取りして制御するシステムとして扱う理論のこと。
つまり、人間が主体的に考えるのではなく、機械システムの部品(パーツ)として、刺激に対し反射的に反応し続ける状態を指す。
パイロットを評価する過酷なパシュート・テスト
この「人間を機械システムの一部にする」ための研究は、過去1世紀ほどの間に実験室で密かに行われてきた。
その目的は、戦闘機などの巨大な機械を操縦する人間の「運用能力」を数値化することにあった。
このプロセスは、現在ではほとんど忘れ去られた「パシュート・テスト(追従テスト)」という装置から始まった。
スチームパンク風のビデオゲームのようでもあり、拷問器具のようでもあるこのテストは、20世紀初頭、人間と機械の融合をシミュレートしていた。
写真は、その初期の装置だ。第一次世界大戦中、アメリカ軍の医学研究室に勤務していた心理学者、ナイト・ダンラップ氏(1875~1949年)が開発したもので、飛行士を評価するためのシステムだった。
ダンラップ氏は、戦闘飛行という極限状態での注意力を重視した。
「飛行士が、目の前の重要な反応以外をどれだけ無視できるか。そして、刻々と変化する状況の細部に対し、どれだけ長く神経を支配させ続けられるか」を研究する必要があると考えたのだ。
窒息寸前で強いられるマルチタスク
ダンラップ氏が開発したテストは、いわば注意力へのストレステストだった。
その仕組みはこうだ。
被験者の前には14個の刺激ライトと、14本の小さな真鍮のピンが並んでいる。ライトが点灯するたびに、被験者はペン状の金属棒(スタイラス)を使って隣のピンに触れなければならない。
しかし、ピンの周囲には金属製のワッシャーがあり、不注意に触れてしまうと「失敗」となりエラーが記録される。子供向けのゲーム「イライラ棒」を高難易度にしたようなものだ。
だが、それだけではない。
1つ目は電流計の制御だ。実験者が電流計の針を動かすと、被験者は手元のダイヤルを回して針を中央に戻し、均衡を保たなければならない。
2つ目はモーター速度の維持だ。テーブル上のモーター音が下がると、被験者は足元のペダルを踏んで回転速度を元に戻さなければならなかった。
25分間、候補生はライトを監視し、モーターをフル回転させ続け、電流計の針を水平に保つ作業に取り組んだ。その間、彼らは少しずつ「酸素」を奪われていった。
被験者は「リブリーザー」と呼ばれる、徐々に窒息状態を作り出す閉鎖式呼吸装置を装着させられていたからだ。これは、高高度飛行時の低酸素状態を再現するためとはいえ、確実に行動を困難にさせた。
自動化された機械との孤独な戦い
ダンラップ氏の初期装置は対人間(実験者)の要素があったが、次世代のテストではすべてが自動化され、人間は純粋に機械的な試練に立ち向かうことになった。
その代表が、1920年代初頭にアメリカの心理学者ウォルター・R・マイルズ氏(1885~1978年)が発明した「マイルズ・パシュートメーター」だ。
この装置の中心には、被験者が集中すべき「のぞき窓」がある。
被験者はハンドルを操作して、点が線から外れないように常に修正し続けなければならない。
ズレた距離は自動的に記録され、被験者の集中力が数値化される。ここでもやはり、被験者は酸素マスクをつけられ、窒息寸前の状態でテストを受けさせられた。
逆転したサイバネティクスの世界
このようなシステムは、人間と機械の不気味な関係を作り出した。
本来、パイロットは現実世界の乱れに対応して飛行機を操縦する。しかしパシュートメーターでは、機械がプログラム通りに動き、人間を「操縦」しているのだ。
人間は機械の指示に従って反応するだけの部品となる。ある意味では、機械による「命令ゲーム(サイモン・セズ)」である。
視界がぼやけ、意識が朦朧としたトランス状態に陥りながらも、カーソルに目を固定し、指でその動きを追う被験者の姿。
そこに私たちは、うつろな目でマシンの領域へと深く沈み込んでいく、未来の自分たちの姿を見ることができる。
これは偶然ではない。人間を機械の前に座らせ、「遅れずについてこい」と要求し続けてきた長い歴史の結果なのだ。
現代の関心争奪戦へ
パシュート・テストは実験心理学の歴史の一部であり、人間の感覚を数値化しようとする試みだった。
この分野で「注意力」は早くから重要視されたが、そこで精査されたのは、道具によって引き出し、評価できる「機械的な注意力」だった。
こうした研究データは、軍事産業だけでなく、巨額の資金が動く広告の世界にも応用された。
ラジオの聴取率を測る装置から、現代のアイトラッキング(視線計測)システムに至るまで、注意力を監視し、機械に釘付けにする技術はここから発展したのだ。
クリックやタップに没頭する行為は、確かに「注意力」の一種ではある。
しかし、読書や愛といった人間本来の営みに必要な注意力とは別物だ。現代社会に蔓延するパシュート・テストから一歩離れて、何が起こるか確かめてみてはどうだろうか。
References: Publicdomainreview[https://publicdomainreview.org/essay/cybernetic-attention/]











