2000年前のバグダッドの壺は古代の電池だったのか?最新研究でその謎に迫る
バクダットの電池と呼ばれる壺状の遺物 Image credit:Alexander Bazes

2000年前のバグダッドの壺は古代の電池だったのか?最新研究...の画像はこちら >>

 約2000年前のイラクで作られたバグダッド電池は、粘土の壺に銅の筒と鉄の棒が組み合わされており、世界最古の電池ではないかと長年注目されてきた。

 2026年1月にアメリカの研究者が発表した最新研究では、この遺物が現代の単3電池に匹敵する1.4ボルト以上の電力を生み出せる構造だったことが示された。

 果たしてこの壺は本当に電池として機能していたのか。最新の検証結果からその謎に迫っていこう。

 この研究成果は『Sino-Platonic Papers[https://www.sino-platonic.org/complete/spp377_baghdad_battery.pdf]』誌(2026年1月27日付)に掲載された。

バグダッド電池発見の経緯とその構造

 バグダッド電池は、1936年にバグダッド近郊のホイヤットランプファで発見された土器の壺だ。

 この遺物はパルティア王朝時代にあたる紀元前1世紀から紀元後3世紀のものと推測されている。

 大きさは高さ約10cm、直径約3cm程度の素焼きの壺で、内部にはアスファルトで固定された銅の筒が入っており、その筒の中には、やはりアスファルトで封じられた鉄製の棒が差し込まれていた。

  壺の底には何らかの液体が入っていた痕跡も残されていた。

[画像を見る]

 1938年にイラク国立博物館のドイツ人研究者ヴィルヘルム・ケーニヒ氏が、これはガルバニ電池の一種ではないかとする論文を発表したことで世界中に知られるようになった。

 ガルバニ電池とは、性質の違う2種類の金属と、電気を通す液体を使って電気を作る装置のことだ。

  例えば、理科の実験でレモンに2種類の金属板を刺して電気を作るのと似た仕組みだと考えれば分かりやすいだろう。

 バグダッド電池の場合、銅の筒と鉄の棒が2種類の金属にあたり、そこに酢や灰汁を注ぐことで、現代の電池と同じような原理で発電が可能になる。

 現代の電圧の単位であるボルトの由来となったアレッサンドロ・ボルタ氏がこの仕組みを広めるよりはるか昔に、同様の道具が存在していた可能性が指摘されたのだ。

 しかし、現在この説を検証するのは非常に困難だ。

なぜなら、2003年のアメリカによるイラク侵攻の際、オリジナルの遺物が紛失してしまったからである。

 そのため現代の研究者は、当時の記録をもとに器を再現し、その起源を解明する以外の方法がなくなってしまったのだ。

[画像を見る]

最新実験で判明した1.4ボルトの出力

 王立化学会が発行する科学ニュース誌、Chemistry World[https://www.chemistryworld.com/news/was-the-baghdad-battery-really-two-cells/4022804.article]は、独立系研究者のアレクサンダー・ベイゼス氏による再現実験を取り上げた。

ベイゼス氏は独立研究者で、今回の論文はペンシルベニア大学の教授が編集する学術誌「Sino-Platonic Papers[https://www.sino-platonic.org/complete/spp377_baghdad_battery.pdf]」に掲載されている。

 これまでの実験では、電解液として酢やレモン汁を使用しても0.5ボルト程度の電圧しか得られなかった。

 しかし、ベイゼス氏は、これまでの研究が見落としていた「粘土の壺」そのものに注目した。

 ベイゼス氏は、釉薬(うわぐすり)のかかっていない壺の表面に無数の小さな穴が開いている多孔質という性質に着目し、この壺が電池を構成するセパレーター(分離材)として機能していたのではないかと仮説を立てた。

 ベイゼス氏はこの仮説に基づき、壺を境にして外側の空気と内部のアルカリ電解液(灰汁)を反応させる特殊な回路を再現した。

[画像を見る]

すると、これまでの実験で行われていた銅と鉄の反応に加えて、壺自体を介した空気電池のような仕組みが連動し、二つの発電ユニットが直列につながった状態になった。

  壺をただの入れ物ではなく、発電システムの一部として機能する重要な部品として活用したことが、現代の単3電池とほぼ同じ1.4V以上の電圧生成を可能にしたのである。

[画像を見る]

バグダッド電池は魔術的儀式に使われた可能性

 これくらいの電力があるのなら、宝飾品に金や銀を被せる電気メッキに使われたのではないかという想像が膨らむ。

 しかしベイゼス氏は、この装置はもっと精神的な目的、つまり魔術的な儀式のために使われたのではないかという新説を打ち出した。

 具体的には、鉄の棒に祈りの言葉を書いた紙を巻き付け、微弱な電気を流してゆっくりと金属を腐食させていくというものだ。

 当時の人々にとって、金属がボロボロに変化していく様子は、自分たちの祈りに目に見えない大きなエネルギーが伝わったという視覚的な証拠として重要だったのかもしれない。

[画像を見る]

電池説に異論を唱える考古学者

 一方で、この電池説には否定的な意見も根強く残っている。

  ペンシルベニア大学の考古学者であるウィリアム・ハフォード博士は、この遺物はあくまで祈りの言葉を収めるための神聖な壺だったと主張している。

 ハフォード博士によれば、バグダッド周辺からは同様の構造で銅の筒が10個も重なった壺が見つかっているが、これは電池としては不自然な数だ。

 当時は祈りや呪いを書いた紙を壺に入れ、アスファルトで封をして地中に埋める習慣があった。

 これは地下世界の神々へ願いを届けるための儀式であり、鉄の棒も単なる釘に過ぎなかった可能性が高いとしている。

 2000年前のバグダッドで起きていたのは、驚異のテクノロジーか、それとも深い信仰心による儀礼か。

 その答えは、失われたオリジナルの遺物に代わり、現代の科学者たちが今も追い続けている。

References: Chemistryworld[https://www.chemistryworld.com/news/was-the-baghdad-battery-really-two-cells/4022804.article] / Sino Platonic[https://www.sino-platonic.org/complete/spp377_baghdad_battery.pdf]

編集部おすすめ