今から約4万年前、最終氷期のヨーロッパ中部では、人類の祖先がマンモスの象牙を削り、半人半獣の像を彫り出していた。
1939年、その像はドイツ南西部のホーレンシュタイン・シュターデル洞窟で発掘され、再びその姿を人々の前に現すことになる。
数百の破片となって見つかった「ライオンマン」は半人半獣で、ヒトが畏怖してやまない「超自然的な存在」の人類最古の表現のひとつである可能性があるという。
ドイツの洞窟で出土したマンモスの象牙の破片
1939年8月25日、ドイツ南西部のバーデン・ヴュルテンベルク州にあるホーレンシュタイン・シュターデル洞窟で、マンモスの象牙の破片が200点以上も出土した。
だがその約一週間後に第二次世界大戦が勃発。発掘は打ち切られ、出土した破片の分析も行われることなく、近くにあるウルム博物館[https://museumulm.de/en/startseite/]で保管されることになる。
その後30年以上にわたり破片は放置されていたが、1969年にテュービンゲン大学の考古学者ヨアヒム・ハーン博士が、破片の目録の作成に着手した。
この後期旧石器時代の破片は、マンモスの象牙から彫り出されており、表面には削り跡や研磨痕が残り、石器で少しずつ形を整えた工程が読み取れる。
半人半獣のライオンマン
復元作業を進めるうちに、1988年までには動物と人間を融合させた半人半獣の像が浮かび上がってきた。
研究者らは、この動物の頭部を当時ヨーロッパにいた「ホラアナライオン」の姿だと考え、この像を「ライオンマン」と呼ぶようになった。
その後も洞窟内で新たに発見された破片を加えながら、外観の検討と復元作業が進められた。
特に2012~2013年の再修復・再構成では、破片の適合関係を見直し、姿勢や輪郭が調整された。現在、ライオンマンの寸法は高さ約31.1cm、幅約5.6cm、奥行約5.9cmとされている。
基本的な意匠は、人間の胴体と脚に獣の頭部と上肢を組み合わせた形である。体幹は直立に近く、脚はわずかに開き、膝の位置が明確に示されている。
頭部は突き出た鼻先と丸みのある耳を備え、獣のような輪郭を持つ。
性別については、たてがみを持たないことからメスであるとする説のほか、性器の部分に三角形に見える板がついていることからオスであるとの説もあり、いまだに議論が続いている。
ホラアナライオンは現生のアフリカライオンより大型で、近年の形態研究や旧石器時代の描写資料の検討から、オスでも顕著なたてがみを持たなかった可能性が高いとされている。
ともかくホラアナライオンは、当時の寒冷な環境に適応した大型の頂点捕食者であり、人類とは狩猟対象を巡って競合する存在だったと言えるだろう。
素朴な信仰の象徴か?
この時代、この洞窟で生きた人々は、なぜライオンとヒトを融合させたような、半人半獣の像を作ったのだろうか。
当時、この地域には「オーリニャック文化」と呼ばれる旧石器時代後期に属する文化が存在していたとされている。
下は約4万7000~4万1000年前の、オーリニャック文化の分布範囲(薄い赤)と、主要遺跡(赤い番号が振られた部分)を示した地図である。
ライオンマンが見つかったホーレンシュタイン・シュターデル洞窟は、15番のシュヴァーヴェン地方に位置しており、ユネスコの世界遺産「シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期芸術[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E6%B4%9E%E7%AA%9F%E7%BE%A4%E3%81%A8%E6%B0%B7%E6%B2%B3%E6%9C%9F%E3%81%AE%E8%8A%B8%E8%A1%93]」に含まれている。
この世界遺産は、ドイツ南部バーデン・ヴュルテンベルク州のシュヴァーベン・ジュラ地方にある6つの洞窟遺跡を対象としたものだ。
その中にはホーレンシュタイン・シュターデル洞窟をはじめ、フォーゲルヘルト洞窟、ボックシュタイン洞窟、ホーレ・フェルス洞窟、ガイセンクレステルレ洞窟、シルゲンシュタイン洞窟が含まれている。
当時、この周辺の自然環境は寒冷な後期更新世で、シュヴァーベン・ジュラ周辺はステップとツンドラが混在する景観だったとされている。
マンモスやトナカイ、ウマ、ホラアナライオンなどの動物たちが生息し、人々は小規模な狩猟採集集団として移動しながら狩猟を行っていたとみられる。
ライオンマンのような彫像の制作は、生きるための食料確保と直接結びつく活動ではない。
つまりライオンマンの発見は、当時の社会的集団の中に、こうした象徴的な表現や技能を評価する文化が存在していたことを裏付ける証左となりえるだろう。
発見された洞窟は儀式を行う空間だった可能性
また、出土した場所も、像の性格を考える上で重要な手がかりを与えている。ライオンマンが発見されたシュターデル洞窟は、北向きで日が当たらない構造であり、居住空間としては理想的とは言えない環境だった。
洞窟の奥には暗い小部屋状の空間があり、ライオンマンの破片はそこから見つかった。周囲には象牙製のペンダントや、穴の開いたキツネの歯、トナカイの角やオオカミの穿孔歯といった装身具が残されていたという。
その一方で石器や獣骨など、人間の生活に由来する生活ゴミの層は、入口付近に偏っていたとされている。
これらの特徴から、シュターデル洞窟は人々が集まって信仰や儀式を共有する、日常生活とは異なる用途をもつ空間だった可能性が示唆されている。
ライオンと人間が融合した神格としては、古代インドのヴェーダに現れる「ナラシンハ」という、頭がライオンで体が人間という神が知られている。
ライオンマンももしかすると、単なる動物の擬人化ではなく、人間の信仰心を象徴する「神像」としての意味合いを持っていたのかもしれない。
一方で「ライオン」ではないとする説も
ただし、この像で表現された動物の種については、ホラアナライオンとする説を否定する意見もある。
復元過程で補填材が用いられてきたこと、未接合の破片が残ること、鼻先やヒゲ床、尾の表現が明確でないことを理由に、クマの可能性を指摘する見解も提示されている。
公式の発掘報告は、2012~2013年の再修復で、象牙の破片同士の物理的な適合を優先して再構成したとしている。
だが、どこまでが確実な接合で、どこからが推定なのかという線引きについては、まだ慎重な検討が必要だとする声もあるのだ。
ライオンマンを中心とした企画展が開催中
下はウルム博物館[https://museumulm.de/en/startseite/]の展示室を紹介する動画である。ライオンマンはもちろん、同時代の遺物が発見当時を再現する形で展示されている。
ライオンマンは、世界最古の動物の芸術表現の一つとして、この博物館一番の見どころとなっているそうだ。
同博物館では2026年10月4日まで、「ライオンマンとその子孫」展を開催中とのこと。発掘現場の周囲の壁画や関連展示も見られるので、行くなら今がおすすめだ。
その後ライオンマンの像は、年末には新たな考古学コレクション展示室へ移送し、継続して展示はされる模様である。
ちなみにホラアナライオンは、後期更新世の日本列島にも生息していたという説もあるらしい。いつか日本でも、ライオンの意匠の古代遺物が発掘される日が来るかもしれない。
なお、2013年に発表された「ライオンマン」に関する論文(ドイツ語)のPDFは、ハイデルベルク大学図書館の学術誌プラットフォーム[https://journals.ub.uni-heidelberg.de/index.php/nbdpfbw/article/view/12738]からダウンロードできる。
References: In 1939, Archaeologists Explored A Cave And Found A Mind-Blowing Sculpture Of A Lion-Human Hybrid[https://www.iflscience.com/in-1939-archaeologists-explored-a-cave-and-found-a-mind-blowing-sculpture-of-a-lion-human-hybrid-82200]











