古代ローマが地中海を制覇できたのは軍隊の力だけではない。最新研究により、ローマの快進撃を支えた真の秘密兵器は巧妙な「噂」と「誤情報」だったことが判明した。
現代のフェイクニュースに近い情報戦を2000年前から駆使し、敵を翻弄して帝国を築き上げていたのだ。
スペインのマドリード自治大学の研究者、ホルヘ・バルベロ・バローゾ博士の研究では、古代ローマがいかに心理戦の達人であったかを浮き彫りにしている。
戦場を支配した偽りの叫び
戦争において、情報を握ることは生死を分ける。古代の歴史家、リウィウス[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%88%E3%82%A5%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9](紀元前59年~紀元後17年)やポリュビオス(紀元前200年頃~紀元前118年頃)の記述によると、噂は常に公式の伝令よりも速く駆け巡っていた。
例えば、ローマ最大の宿敵であったハンニバル(紀元前247年~紀元前183年)との戦いでも情報は武器となった。
ハンニバルは象の軍団を率いてアルプスを越え、イタリア本土を15年以上にわたり震撼させた不世出の軍事天才だが、彼を破ったスキピオ・アフリカヌス(紀元前236年~紀元前183年)将軍は、自らの重病説というデマを逆手に取り、兵士の反乱を鎮圧した。
また、後にローマの最高権力者となるユリウス・カエサル(紀元前100年~紀元前44年)も、敵の凶暴性を煽る噂を打ち消すことで軍の士気を操作している。
ローマ軍は自ら嘘を捏造することにも躊躇がなかった。
紀元前207年の戦いでは、執政官ガイウス・クラウディウス・ネロ(紀元前3世紀頃の政治家)が兵士に大声をあげさせ、膨大な援軍が来たように見せかけて敵を壊滅させた。
元老院が仕掛けた情報戦
当時のローマは、まだ皇帝がいない「共和政」という時代で、その中心で政治を動かしていたのが「元老院」という長老たちの議会だ。
いわば国家の最高意思決定機関である元老院も、自らに都合の良い真実を作る達人だった。
紀元前202年、元老院は他国同士が秘密の協定を結んだという噂を流し、それを口実に軍事介入を行って地中海の地図を塗り替えた。
また、前述のスキピオ将軍は、味方だったヌミディア王シファクス(?~紀元前202年)が敵に寝返った際、その使節を「ローマに助けを求めに来た」という正反対の嘘にすり替えて兵士に信じ込ませた。
この巧妙な情報操作が、味方の絶望を防ぎ、軍の崩壊を食い止めたのである。
諸刃の剣となった嘘の代償
ただし、情報の操作は失敗すれば牙を剥く。
紀元前137年、執政官のガイウス・ホスティリウス・マンキヌスは、スペインの先住民である「ケルトイベリア人」の軍勢に包囲された。
その際、「敵に膨大な援軍が到着する」というデマに騙され、パニックに陥って降伏し、屈辱的な和平を結んでしまった。
後に「敵の援軍」が真っ赤な嘘だったとわかると、騙されて勝手に降伏したマンキヌスに対し、元老院は激怒した。
元老院は条約を無効にすると同時に、マンキヌスを全裸にして、彼が負けた相手であるケルトイベリア人へと引き渡したのだ。
これは「敗北は彼個人の責任であり、ローマ国家は関係ない」と示すための非情な罰であった。
歴史は勝者の物語である
バローゾ博士は、これらの噂がローマの優越性を正当化する戦略」だったと指摘する
つまり、ローマ人が嘘をつけば「頭の良い戦略」と称賛される一方で、敵が同じことをすれば「卑劣で卑怯な行為」として記録される。
このように情報をコントロールすることで、ローマは自らを「正義の勝者」として歴史に刻み込んできたのだ。
2000年前の心理戦は、フェイクニュースが溢れる現代の私たちに、情報の恐ろしさを改めて突きつけている。
この査読済みの研究論文は『Dialogues d’Histoire Ancienne[https://shs.cairn.info/revue-dialogues-dhistoire-ancienne-2025-3-page-199]』誌に掲載された。
References: Cairn.info[https://shs.cairn.info/revue-dialogues-dhistoire-ancienne-2025-3-page-199] / Labrujulaverde[https://www.labrujulaverde.com/en/2026/01/rome-did-not-expand-with-legions-alone-the-secret-weapon-was-rumors-and-misinformation/]











