3500年前の古代エジプトのミイラがまとっていた「香り」を再現、博物館で嗅ぐことが可能に
Image credit:Front. Environ. Archaeol. 4:1736875. doi: 10.3389/fearc.2025.1736875

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 3500年前の古代エジプトで、高貴な女性のミイラが身にまとっていた「香り」が現代に蘇った。

ドイツのマックス・プランク地球人類学研究所などの研究チームが、遺物に残された防腐剤などの成分を分子レベルで特定し、プロの調香師が当時の香りを再現することに成功した。

 

 この香りは今、ドイツやデンマークの博物館で実際に嗅ぐことができる。

生物分子考古学で物質の正体を特定

 今回のプロジェクトを可能にしたのは、「生物分子考古学(Biomolecular Archaeology)」という比較的新しい科学分野だ。

 これは、遺跡から出土した土器や骨などに残留している、目に見えない微量な成分(DNA、タンパク質、脂質など)を分析する学問である。

 生物分子考古学を使えば、従来の考古学ではわからなかった、当時の人々の食生活や病気、どんな動植物を使っていたかまでがわかるようになる。

 特定の成分の組み合わせは、まるで人間の指紋のように、その物質が何であるかを特定する決定的な証拠となる。これを科学者は「分子の指紋」と呼ぶ。

 ドイツのマックス・プランク地球人類学研究所およびテュービンゲン大学のバルバラ・フーバー博士率いる研究チームは、ミイラの腐敗を防ぐために塗られた「バーム」と呼ばれる、樹脂や植物油を混ぜ合わせた防腐処理剤の正体を突き止めた。

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ファラオの乳母の壺に眠っていた香りの記憶

 分析の対象となったのは、紀元前1450年頃に生きた貴婦人、セネトナイの遺物だ。

 セネトナイはファラオの乳母を務めたほど、当時の王室に近い重要人物であった。

 彼女を葬る際、内臓を収めるために使われたカノポス壺という容器の底には、当時のバームがわずかに残っていた。

 カノポス壺は、ミイラを作る過程で遺体から取り出した肝臓や肺などを保存するための重要な容器だ。

 この壺に残っていたバームを分析することで、セネトナイの体(内臓)を残すために直接使われた香りを特定することができる。

 アウグスト・ケストナー博物館のエジプト学者であり学芸員のクリスチャン・E・レーベン氏によれば、3500年もの間、壺の中に閉じ込められていたこの成分が、当時の香りを現代に伝える貴重なタイムカプセルとなったという。 

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はるか異国の地から集められた至高のバーム

 分析の結果、バームには蜜蝋や植物油のほか、地中海沿岸原産のウルシ科常緑低木「ピスタキア属」の樹脂、さらにはるか遠方の東南アジアから運ばれた可能性があるフタバガキ科の樹木から採取される天然の樹脂「ダムマール」などが含まれていることが判明した。

 研究に加わったマックス・プランク地球人類学研究所のニコル・ボワヴァン教授は、これが当時のエジプトがすでに世界規模の広範な交易網を持っていた証拠であると指摘する。

 エジプト人は、亡くなった大切な人物が理想的な姿で旅立てるよう、各地から最高級の素材を必死に集め、遺体にまとわせていたのだ。

 この複雑な配合のバームこそが、聖なる香りの正体だった。

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死後の世界への旅立ちを彩る特別な香り

 分析で判明した化学成分を、人間が嗅げる「香り」として再現するには、異なる分野の専門家の協力が不可欠だった。

 まず、フーバー博士は香りのコンサルタントであるソフィア・コレット・エーリッヒ氏に依頼し、分析で得られた化学データを読み解き香りの情報に変換してもらった。

 次に、調香師のキャロル・カルヴェズ氏が、香りの情報をもとに、実際の調合を行い、ついに3500年前の儀式の場で漂っていたミイラが身にまとった香りが完成した。 

 こうして完成した香りに、研究チームは「死後の世界の香り(The Scent of the Afterlife)」と名をつけた。

 これは、ミイラ作りを通じて死者が無事に安息の地へ辿り着けるよう願った、古代エジプト人の祈りを象徴している。

  現在、この香りはドイツの「アウグスト・ケストナー博物館[https://www.hannover.de/Museum-August-Kestner]」と、デンマークの「モースゴー先史博物館[https://www.moesgaardmuseum.dk/en/]」で公開されている。

 アウグスト・ケストナー博物館では香りが印刷された特殊なカードが配布され、モースゴー博物館では展示スペースに固定式の芳香拡散装置が設置された。

 来場者はこれらの仕掛けを通じ、かつてファラオの側近だけが嗅ぐことを許された「歴史の香り」を、自身の鼻で体験することができるのだ。

 2025年にカラパイアで紹介した研究では、長い年月を経て変質したミイラそのものの匂いが分析されていた。

 しかし今回の成果は、エジプト人が理想とした死者を弔う儀式の香りに迫っている。

 カビ臭いイメージとは無縁の、当時の技術の粋を集めた芳香を体感したい人は、博物館を訪れてみよう。

 この研究成果は『Frontiers in Environmental Archaeology[https://www.frontiersin.org/journals/environmental-archaeology/articles/10.3389/fearc.2025.1736875/full]』誌(2026年2月5日付)に掲載された。

References: Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1114918] / Frontiersin[https://www.frontiersin.org/journals/environmental-archaeology/articles/10.3389/fearc.2025.1736875/full] / Shh.mpg.de[https://www.shh.mpg.de/2354412/scent-of-eternity]

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