政府が個人に現金を直接支給する政策は、社会にどのような変化をもたらすのだろうか。
アメリカ・アラスカ州では、40年以上も前から全住民に現金を配る独自の制度を継続している。
これまで現金を配ることは、「アルコールや薬物の購入が増え、事故や事件などの社会混乱を招く」という根強い懸念の声があった。
だが、ニューヨーク大学などの研究チームが、アラスカ州の11年間にわたるデータを分析したところ、少なくとも現金の給付直後において、事件や事故による負傷、および死亡率の増加と統計的な関連は一切見られなかった。
この査読済み研究論文は『American Journal of Epidemiology[https://academic.oup.com/aje/advance-article/doi/10.1093/aje/kwag007/8443798]』誌(2026年1月29日付)に掲載された。
40年以上続くアラスカ独自の給付金制度
アラスカ州には、永久基金配当金(PFD)という世界でも類を見ない制度がある。
これは州の石油資源から得た利益を、赤ちゃんからお年寄りまで、アラスカに住むすべての住民に毎年還元するものだ。
一般的に知られている「ベーシックインカム」は、税金を財源に最低限の生活費を「毎月」支給することを目指すが、アラスカのPFD制度は石油の利益を分ける「年に一度のボーナス」のような性格が強い。
1982年から続くこの制度では、毎年秋になると1人あたり1,000ドルから2,000ドル(約15万円から30万円)程度が送られる。
物価の高いアメリカでこれだけで生活するのは不可能だが、多くの家庭にとって暖房費や教育費を支える重要な臨時収入となっている。
「お金を配ると混乱が起きる」という懸念を検証
一方で、この制度には導入や継続に対して慎重な意見も存在する。
特に懸念されていたのは、現金を直接手にすることで自制心を失う人が現れるのではないか、というリスクだ。
「自由なお金が手に入れば、アルコールや薬物の購入が増える。その結果として、暴力事件や交通事故、薬物の過剰摂取による死亡といった悲劇が急増し、社会が不安定になるのではないか」と指摘する声が常にあがっている。
今回、ニューヨーク大学(NYU)やカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の研究チームは、こうした予測が現実となっているのかを確かめるため、2009年から2019年までの11年間におよぶ州全体の膨大なデータを徹底的に調査した。
現金給付直後の事故・事件率は増加していない
研究チームは、州内の病院に記録されたすべての外傷(事故や事件による怪我)と、公的な統計に記録されたすべての死因を分析した。
もし給付によるマイナスの影響があれば、現金が配られる秋の時期に合わせて、怪我や死亡率に目に見える変化が現れるはずだ。
ところが、11年分のデータを精査しても、給付金の支払い直後に不自然な怪我や死亡が増えたという証拠は一切見つからなかった。
この結果は、州最大の都市、アンカレッジのような人口の多い都市部でも同様だった。
現金を一斉に支給した直後、人々の安全が脅かされたり、治安が悪化したりする事態は起きていなかったのだ。
社会支援のあり方を議論するための一歩
今回の調査は、現金給付直後の「急激な事件や事故増加のリスク」を分析したもので、少なくとも給付後すぐには影響が見られないことがわかった。
しかし、これは現金給付が社会に及ぼすあらゆる影響を解明したわけではない。
長期的な心理変化や、労働への影響などは依然として検証が必要な課題だ。
それでも、研究チームのサラ・コーワン博士は、今回の発見が「無責任な現金給付が悲劇を招く」という懸念を払しょくする根拠の1つになるという。
このデータは、新しい社会支援の形を、事実に基づいて議論するための貴重な土台となるだろう。
References: Cash transfers do not increase traumatic injury and mortality: evidence from Alaska[https://academic.oup.com/aje/advance-article/doi/10.1093/aje/kwag007/8443798] / A State Gave Everyone Money Every Year. Here’s What the Data Found[https://scitechdaily.com/a-state-gave-everyone-money-every-year-heres-what-the-data-found/]











