生涯猫を愛したルイス・ウェインが描いた「そり滑りを満喫する猫たち」
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 そり遊びは本来、楽しい冬の娯楽のはずだ。だが、ここに描かれている猫たちのそり遊びは、どこか制御不能でちょっぴり危険なニオイがする。

 雪の斜面を大騒ぎしながら滑り降りる猫たちは、めいっぱいそり遊びを楽しんでいる。笑っている猫もいれば、今にも振り落とされそうになっている猫もいる。

 だが、その先に待っている混沌に気づいている猫は誰もいない。先頭のそりはひっくり返り、猫たちは雪に埋まっている。それでも歓声は止まらない。

 生涯猫を愛し、猫を描き続けたイギリスの画家、ルイス・ウェイン。今回は彼による、不安定な猫のそり遊びを描いた作品を見ていこう。

ルイス・ウェインの「トラ猫のそり滑りクラブ」

 擬人化した猫の絵で知られるイギリス人画家ルイス・ウェインの作品に、『The Tabby Toboggan Club(トラ猫のそり滑りクラブ)』と呼ばれる1枚の油彩画がある。

 92cm×76.5cmのカンバスに描かれているのは、雪の斜面をそりで滑り降りていくたくさんの猫たちである。

 目を見開いた猫や大きな口を開けた猫、尻尾につかまっている子猫や、ひっくり返ったそりから投げ出されて雪に埋まった猫たちなど、遊び心たっぷりの愉快な猫たちが満載だ。

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猫を描くきっかけとなった白黒の子猫

 ウェインは1860年にロンドンで生まれた。ウェスト・ロンドン美術学校を卒業して教師として働いていたが、20歳の時に父親を亡くしている。

 家族を養わなくてはならなくなったウェインは、教師の職を辞し、イラストレーターとして活動するようになった。

 1884年、23歳で妹の家庭教師のエミリー・リチャードソンと結婚するが、彼女は3年後に乳がんで亡くなっている。

 短い結婚生活の中で、夫妻はピーターという名前の白黒の子猫を引き取って可愛がっていた。

 ウェインはピーターをモデルに猫の絵を描くようになり、1886年には『猫たちのクリスマス』と題した擬人化した猫たちの作品を発表した。

 後になってウェインは、ピーターについて「私のキャリアの基礎であり、初期の試みの発展であり、私の仕事を確立した存在である」と語っている。

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猫のままで人間の真似をする猫たち

 彼の描く猫たちは、人間のように二本足で立ち、感情豊かな表情を見せ、まるで人間であるかのように行動する。

 初期の猫の絵は写実的だったが、やがて猫は後ろ足で立ち上がり、洋服を着て、クリスマスを祝ったり、スポーツや遊びに興じたりする存在として描かれるようになっていく。

 動物の擬人化というと、最近の日本では人間の顔やボディに耳や尻尾を生やしたり洋服を着せたりという、ケモナー的なイメージ強い気がする。

 だがウェインの猫の擬人化は、猫としての姿を保ちながら、人間の行動を演じてみせる点に特徴がある。

 誇張された表情と芝居がかった身ぶり。だがそれでも、猫としての顔や骨格、毛並み表現は失われていない。

 ビジュアルを人間に寄せ過ぎないことで、猫が猫のまま、人間の生きる社会そっくりの世界で生きているように見える。

 この、猫があくまでも動物として描かれている距離感が、ウェインの絵をただの動物画とも、単なる風刺画とも違うものにしていると言えるだろう。 

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一寸先は闇?人間社会を風刺したそり遊び

 ウェインは『The Tabby Toboggan Club』の中で、楽しいはずの雪遊びが一瞬で制御不能になっていく様子を、1枚のキャンバスに描き切っている。

 雪に覆われた斜面では、何十匹もの猫たちがいっせいにそり遊びを楽しんでいて、中には1枚のそりに4匹の猫が乗っているシーンも。 

 猫たちは悲鳴をあげていたり手を離してみたり、満面の笑みだったりと、非常に感情豊かに描かれていて、歓声や絶叫が今にも聞こえてきそうである。

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 あまりにも危険な乗り方に、思わず視線をその先の斜面にやると、案の定ひっくり返ったそりから投げ出されて、雪に埋まった猫たちが。

 ひゃっほう!と歓声を上げて滑っていたで猫たちが、一瞬にして阿鼻叫喚のカオスなシーンに突入してしまっているのだ。

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 この絵のタイトルにある「クラブ」という言葉は、ウェインが生きた時代に流行していた社交クラブを思わせるが、絵の中の猫たちは決して礼儀正しいわけではない。

 つまりウェインは「クラブ」という題名をつけ、擬人化した猫たちを登場させることで、当時の流行りの「紳士的」な団体をパロディ化してみせたわけだ。

 ここで描かれているのは、「次の瞬間に何が起きるかわからない」という秩序が崩れる瞬間と、勢いのままに突き進んでしまったがために起こる混沌である。

 ウェインの猫たちは人間の真似をしてはいるが、決して人間になることはない。だから「クラブ」の看板を掲げた瞬間に、猫たちは好き勝手にその「クラブ」を壊し始めるのだ。

 その壊し方が悲劇ではなく、喜劇として成立するところに、この画家の持ち味があると言えるだろう。

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 この作品、そしてウェインについては、インターネットでもさまざまな議論が行われている。

  • こいつら、キャットニップをキメてるだろ
  • この中で本当に楽しんでいるのはどいつだろうな
  • 混沌と無関心さが同時に存在している感じがいいな
  • 猫って、外に出ると本当にこういうことしてそうだよね
  • これのプリントどこかで売ってない?
  • これほど絵の中に入りたいと思ったことはなかった
  • これをフリースのブランケットにしたいんだけど
  • 芸術って、ただそれだけで心を動かすことがあるよね
  • ウェインの精神状態は生涯を通じて不安定だったとされていて、それがこの可愛らしい作風と抽象的でサイケデリックな作風の間を行き来する変化につながった可能性はあると思う
  • 自分も絵を描く人間だけど、精神状態によって注目する要素や物の見え方が変わり、新しい扉が開かれるというのは想像できるよ。だからって、写実的に描く能力が失われたという話ではないんだけどね
  • 多くの人は、普通の猫の絵から極端に様式化された絵、さらに完全に抽象的な絵へと変わった数点だけを見て、そこまで劇的に作風が変わる理由は、頭の中で何かが起きていたからに違いない、と思い込んじゃうんだよ
    • アーティストがそれまでとは全然異なるスタイルを試すのって、全然珍しいことじゃないんだけど、それを知らない人がビックリするほど多いよね。僕も自分の作風が定まらなくて、常に変わり続けているけどね
  • 彼の絵の変遷は時系列に沿ったものじゃない。
    キャリアを通じて行われた実験的な作品なんだ。人生の終わり近くになっても、彼は普通の猫の絵を描いていたんだから

画風の変遷と精神疾患の進行

 ウェインが『The Tabby Toboggan Club』を描いたのは、諸説あるが19世紀末頃だと言われている。

 その約10年後に、彼は似たような題材の絵を描いているが、こちらはさらにデフォルメされた画風になっている。

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 晩年のウェインは精神を病み、1924年6月にスプリングフィールド精神病院に収容され、翌年にはベスレム病院へ移ったことが伝えられている。

 その後、1930年にはナプスバリー病院へ移ったが、この病院では数匹の猫が飼われていて、彼は1939年に死去するまでここで創作活動を続けていたという。

 ウェインが死去した1939年、精神科医のウォルター・マクレイが彼の猫の絵を入手し、「写実的なものから抽象的なものへ」並べて、精神状態の悪化を示す視覚資料として紹介したとされる。

 確かに晩年のものとされる作品に登場する猫たちは、鮮やかな色彩やパターンに彩られ、抽象性がさらに増している。

本物そっくりの写実的な猫から漫画チックでユーモラスな猫、そしてサイケデリックでシュールなスタイルの猫たちへ。マクレイはこの変遷を、「統合失調症の悪化」と解釈したのだ。

 それは仮説から定説となったが、真実はそうではないかもしれないことが後に判明する。 

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 ウェインが描いた作品の多くには制作年が記されておらず、どの絵がどの時期に描かれたものかを厳密に特定することは難しい。

 また、晩年のウェインが入院生活を送りながらも、写実的な猫の絵を描き続けていた記録も残っている。

 つまり彼の精神状態の変化と作風を、単純な一本の時間軸で対応させることは難しいと言えるだろう。

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ルイス・ウェインは今も謎に包まれている

 ルイス・ウェインというアーティストへの理解は、今も更新の途中にある。

 画風の変化にまつわる「定説」も、新たな資料が発見されれば修正される可能性はある。

 現時点で確かに言えるのは、ウェインが人生のほとんどにおいて猫の絵を描き続けてきたということだ。

 彼の描いた猫たちは、今もなおキャンバスの中で生き生きと遊び、騒ぎ、人間社会を壊し続けているのだ。

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 そんなこんなで私は最近Amazonプライムで「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」という映画を見たんだけれど、ベネディクト・カンバーバッチがいい味出していて、猫もたくさん出てきて、作品もたくさん出てきて、色彩的にも素敵な映画だったよ。

Amazon : ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ(字幕版)

References: This delightfully chaotic Louis Wain painting shows cats sledding downhill with pure joy and terror[https://boingboing.net/2026/02/13/this-delightfully-chaotic-louis-wain-painting-shows-cats-sledding-downhill-with-pure-joy-and-terror.html] / The false progression of Louis Wain[https://mindhacks.com/2007/09/26/the-false-progression-of-louis-wain/]

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