-196℃で凍結保存したマウスの脳全体を解凍後に活動させることに成功
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 マウスの脳全体をガラス化凍結法で-196℃に冷凍保存し、解凍後に活動を再開させることに世界で初めて成功した。

 細胞内の水分が凍って「氷の結晶」になり、細胞を破壊するのを防ぐ特殊な技術を用いることで、脳の一部ではなく「全体」として、記憶を司る領域の機能が保たれることをドイツのエランゲン大学病院研究チームが証明した。

 この成果は、将来の移植医療や脳の保護技術を前進させる画期的な発見だ。

この研究成果は『PNAS[https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2516848123]』誌(2026年3月13日付)に掲載された。

参考文献:
Can Cryopreserved Brains Be Brought Back? New Study Sees Activity In Mouse Brain Tissues Preserved At -196°C
https://www.iflscience.com/can-cryopreserved-brains-be-brought-back-new-study-sees-activity-in-mouse-brain-tissues-preserved-at-196c-82837[https://www.iflscience.com/can-cryopreserved-brains-be-brought-back-new-study-sees-activity-in-mouse-brain-tissues-preserved-at-196c-82837]

氷の結晶を作らせないガラス化が「脳全体」の破壊を防ぐ

 生物の組織を超低温で凍結保存する際、最大の障害となるのが細胞内の「水」だ。

 通常の冷凍保存では、温度が下がるにつれて細胞の中にある水分が凍り、鋭く尖った「氷の結晶」へと姿を変える。

 この氷の結晶は、細胞を包んでいる繊細な膜を内側からトゲのように突き破り、ズタズタに破壊してしまう。

 その結果、凍っている間は形を保っているように見えても、解凍した瞬間に壊れた細胞から中身が流れ出し、組織全体が形を留めない「ドロドロの塊」になってしまうのだ。

 これが、これまで脳のような複雑な臓器をそのまま冷凍・解凍できなかった理由である。

 ドイツのエランゲン大学病院のアレクサンダー・ゲルマン博士率いる研究チームは、この破壊を防ぐために「ガラス化凍結法(Vitrification)」を脳全体に適用した。

 これは組織内の水分を、凍結保護剤を含んだ特殊な保存液に置き換える手法だ。

 これにより、水分は氷の結晶を作ることなく、アメ細工やガラスのように滑らかな状態のまま固まる。

 ゲルマン博士らは脳の腫れを抑える新しい手順を開発し、脳全体の構造を精密に維持したまま、安全に「一時停止」させることに成功した。

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解凍後のマウスの脳全体が電気的な活動を再開

 凍結保存されたマウスの脳を元の温度に戻した後、ゲルマン博士らは脳の活動が戻っているかを確認した。

 特に注目したのは、記憶や学習において司令塔の役割を果たす「海馬」という領域だ。

 検証の結果、解凍されたマウスの海馬において、神経細胞が電気信号に反応する活動や、細胞間で情報をバトンのように受け渡す「シナプス伝達」が正常に機能していることが確認された。

 さらに、新しいことを覚える仕組みの根本とされる「長期増強(LTP)」という、神経回路のつながりが強まる複雑な反応も再現された。

 これまで、脳を薄くスライスした「一部の組織」であれば、このガラス化凍結法で復活させた例はあった。

 しかし、血管や無数の神経が複雑に絡み合う「マウスの脳全体」を一度に凍結保存し、解凍後に神経回路が再び動作するレベルまで機能を回復させたのは、世界で初めての快挙である。

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未来の移植医療や人工冬眠の実現に向けた大きな一歩

 今回の研究成果は、マウスを用いた実験段階であり、すぐに人間に適用できるものではない。

 しかし、医療の未来には大きな可能性をもたらす。

 ゲルマン博士は、この技術の最も直接的な応用は研究分野にあると考えている。

 生存可能なマウスの神経組織を自然に近い状態で長期的に凍結保存できれば、実験の再現性が向上し、貴重な実験動物の命を無駄にせず、使用数を減らすことにもつながるからだ。

 長期的には、人間の移植用臓器の鮮度を保つ「低温医学(Cryomedicine)」の発展に大きく寄与する

 現在は数時間しか鮮度が持たない移植用の心臓や腎臓などを、劣化させずに長期間凍結保存できる可能性がある。

 また、不慮の事故や重い病気で損傷した神経系を保護する技術や、生物を安全に休止状態に置く「人工冬眠」のような技術開発にも道を開くかもしれない。

References: PNAS[https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2516848123]

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