約4億年前のデボン紀に誕生したシーラカンスは、恐竜とともに白亜紀末期に絶滅したと考えられていたが、1938年に再発見され「生きた化石」として知られるようになった謎めいた魚だ。
最新のスイスの研究により、約2億4000万年前(三畳紀)に生息していたシーラカンスの祖先は、呼吸のための「肺」を「耳」としても利用し、水中の音を感知していたことが明らかになった。
この研究成果は学術誌『Communications Biology[https://www.nature.com/articles/s42003-026-09708-6]』(2026年2月14日付)に掲載された。
古代のシーラカンスは肺で音を聴いていた
スイスのジュネーブ自然史博物館とジュネーブ大学の研究チームは、フランスで見つかった約2億4000万年前のシーラカンスの化石を調査した。
研究チームが、化石を壊さずに精密にスキャンできる「シンクロトロン放射光イメージング」という強力なX線技術を用いたところ、石のように硬くなった「骨化した肺」に特殊な構造を発見した。
解析の結果、肺の端には振動を受け止めるためのヒレのような骨の構造があり、さらに現代の個体の胚の観察から、耳(内耳)と肺を直接つなぐ細い管の存在も確認された。
これら2つの構造が組み合わさることで、水中の振動を捉えて耳へと伝える「感覚システム」として機能していたことが判明したのだ。
どのようにして肺で水中の音を聴いていたのか?
肺が耳の代わりになる理由は、物理的な原理に基づいている。
水の中では、音は振動として伝わるが、魚の体は水分が多いため、音波はそのまま体を通り抜けてしまう。
しかし、肺の中に「空気(気体)」があれば、そこで音が跳ね返り、大きな振動が発生する。
古代のシーラカンスは、肺の中の空気をアンテナのように使い、そこで捉えた微かな振動を専用の管で耳へ送ることで、水中の音を鮮明に聴き取っていた。
これは現代のコイやナマズが、浮き袋を使って音を聞く「ウェーバー器官」という仕組みと非常によく似た、優れた聴覚システムである。
深海への適応がもたらした「能力の消失」
この優れた聴覚システムは、現代のシーラカンス(ラティメリア属)には存在しない。
かつての祖先たちは浅い海や川に住み、肺で呼吸を助けながら音を聞いていたが、現代の種は水圧の非常に高い「深海」へと生息地を移したからだ。
凄まじい水圧がかかる深海では、空気を含んだ大きな肺を維持すると、押し潰される危険がある。
そのため、現代の種は進化の過程で肺を縮小させ、中身を空気ではなく水圧に強い「脂肪」へと置き換えた。
その結果、現代の種には耳へつながる管の形跡こそ残っているものの、振動を捉える「空気」がないため、肺で音を聞く機能は完全に失われたのである。
脊椎動物の進化を探る重要な鍵
シーラカンスは「絶滅から再発見」を遂げた奇跡の生物である。
約4億年前に誕生し、恐竜とともに白亜紀末(約6600万年前)に絶滅したと信じられていたが、1938年、南アフリカ近海で生きたまま姿を現した事実は、生物学の歴史を塗り替える大事件となった。
再発見以来、アフリカ東岸とインドネシアの2種が確認されているが、いずれも全長は2mに達し、寿命は約100年、妊娠期間は5年以上という特異な生態を持つ。
2013年のゲノム解析では、シーラカンスの遺伝子の変化が他種より極めて遅いことも判明した。
シーラカンスが常に科学的に注目され続けている理由は、「陸上の脊椎動物(四肢動物)」に最も近い系統の魚だからだ。
シーラカンスは、ハイギョ(肺魚)とともに肺を使って空気呼吸をする「肉鰭類(にくきるい)」に属している。
現代の多くの魚が持つ「浮き袋」は、もともと古代の魚が持っていた肺が進化の過程で変化したものだ。
シーラカンスは、その肺を現代まで受け継いでいる珍しい魚なのだ。
さらに、ヒレの中には人間と同じような太い骨と筋肉を持っている。
このグループの一部が、数億年前にヒレを足のように使い、陸に上がって両生類や哺乳類へと進化した。
シーラカンスは「私たちの先祖が水中から陸へと上がった瞬間の姿」を今に伝える、生きたタイムカプセルなのだ。
肺という器官が「呼吸」から「聴覚」、そして深海での「脂肪の貯蔵庫」へと役割を変えてきた歴史は、私たち脊椎動物がいかに環境に応じて自らを作り替え、命を繋いできたかを知るための、生きた歴史なのである。
しかし今、この「生きた化石」は再び絶滅の淵に立たされている。アフリカ産は「絶滅寸前(CR)」、インドネシア産も「危急(VU)」とされ、深刻な絶滅危惧種に指定されている。
References: Prehistoric fish: coelacanths heard underwater using their lungs[https://www.eurekalert.org/multimedia/1121517] / A dual respiratory and auditory function for the coelacanth lung[https://www.nature.com/articles/s42003-026-09708-6]











