近隣住民の間の「ご近所トラブル」がこじれた場合、和解への道は厳しいものになりがちだ。中には我慢の限界を超えてしまい、実力行使に出る住人もいる。
中国の広東州にある集合住宅で、住人が嫌がらせのために、スピーカーで不気味な音源を毎日数時間、数年にわたって鳴らし続けるという事案が発生した。
ところが一番の被害を受けたのは、当事者とはまったく関係のない別の階の住人で、しかも入試を控えた受験生だったという。
騒音規制ギリギリの音量で鳴らしたため、当初は当局も介入できなかったのだが、新しい法律の施行により、数年後になってようやく騒音の差止が実現した。
ご近所トラブルから不気味な音声を流す嫌がらせがスタート
ことの発端は2018年12月ごろ。広州市海珠区のとある集合住宅で、1階の住民同士のご近所トラブルがこじれたことがきっかけだった。
102号室に住む李という人物と、隣の101号室の趙という住民との間では、雨よけの設置や監視カメラの向きなど、共用部の設備をめぐる対立が続いていた。
この2軒の間のトラブルはこじれにこじれ、ついに李さんは実力行使に出た。音を使った嫌がらせで対抗することにしたのである。
李さんは集合住宅の壁に向けて設置したスピーカーから、気味の悪い音声を毎日10時間、絶え間なく流し続けたのだという。
裁判所によると、この音声は「荒山野鬼」と説明されており、「奇妙な叫び声が絶え間なく続く音」だったようだ。
「荒山野鬼」とは、人里離れた山野に出る亡霊を指す言葉だそうだ。おそらくホラー映画に出て来る霊の声のような、不気味な音声だったのではと思われる。
一番迷惑を被ったのは無関係の別の住人だった
ところが、この騒音で一番困被害を受けていたのは、実はトラブル相手の趙さんではなかった。
302号室に住む王さん一家は、毎日朝の8時45分から正午まで、さらに15時30分から22時まで、絶え間なく続く叫び声を聞かされ続けていたのです
そう、李さんがスピーカーを設置した102号室の真上、302号室に住む王さん一家が、この騒音による大きな被害を受けていたのだ。
当時は新型コロナウイルスによる外出禁止措置の真っ最中で、王さんの娘さんは自宅でオンライン授業を受けていた。
娘さんは大学入試を控えており、毎日10時間も鳴り響く気味の悪い騒音のせいで、受験勉強はもちろん、日常生活にも深刻な影響が出ていたという。
その一方で、本来のターゲットであった101号室の趙さんは耳が遠く、ほとんど影響を受けていなかったんだそうだ。
新法の施行でようやく解決へ
王さん宅にこのような実害が出ていたにもかかわらず、当初はこの騒音トラブルに対して、行政による対応は困難だった。
スピーカーは壁に向けて設置されており、騒音の測定値は日中で60dB(デシベル)・夜間50dBという、当時の中国の騒音の基準を下回っていたからだ。
近隣住民からの苦情を受け、地域の自治体や町内会が間に立って話し合いを試みたが、解決には至らなかったという。
こうした状況の中、中国では2022年1月1日、新たに「生態環境権利侵害事件における禁止令保全措置の適用に関する若干規定」が施行された。
これに伴い、騒音のような環境侵害に対しての差止めを求めることができる新たな制度、「環境差止命令(提訴前の差止め、仮処分に近い措置)」も導入された。
この差止命令は、騒音や水質、大気など現在進行中の差し迫った環境侵害行為を止めるために、裁判所が出す暫定的な救済措置である。
同年4月13日、被害を受けていた302号室の王さんは、海珠区の地方裁判所に対し、騒音の差止めを求める環境差止命令の申立てを行った。
そして翌4月14日、裁判所はこの申立てを認め、不気味な音声の再生などによる騒音の発生を禁じる差止命令を出した。
これを受けて、裁判官が李さんと話し合った結果、本人は不気味な音声を再生し続けていることを認めたという。
4月15日午前、李さんは裁判所からの裁定書と差止命令を受け取り、裁判所職員の立ち会いのもとで再生設備を撤去。
さらに音声ファイルも削除して、今後はこのような騒音を発生させないことを約束したそうだ。
数値よりも実際の被害が優先されることに
今回のトラブルは、もともとはこの環境差止命令の施行前に起きたものであり、当初は騒音の基準値を超えていないとの理由で、行政処分ができなかった。
だが新法施行後は、たとえ基準値を超えなくても、適切な防止措置を取らず他人の生活や仕事、学習に支障を与える場合も騒音と定義されることになったのだ。
王さんのケースでは、自宅でオンライン授業を受ける娘さんの心身に深刻な影響が出ていたことから、緊急性の高さが考慮され、差止が認められたのである。
制度の導入以降、各地の裁判所でも同様の措置が取られるようになっており、本件はその先駆けとなったという。
この事案は2026年3月、中国の法律関係のメディアが取り上げたことで、SNSなどで一気に拡散されることとなった。
ご近所トラブルという身近なテーマ、そしておそらくは今も近隣からの騒音に悩む住民が少なくない現実が、この件が大きな話題となった要因だろう。
隣人は選べません。お互いの理解と節度こそが、長く平穏に共に暮らしていくためには不可欠です。誰もが騒音の発生者にも被害者にもなり得るのです
中国政法大学民商経済法学院教授の胡静氏は、このように指摘している。
当事者自らがこの命令を積極的に活用し、権利を守ったことは示唆に富みます。法律や司法解釈の中には、人々の権利を守るための手段が数多く用意されていますが、それらは実際に活用されてこそ意味を持つからです
中国の裁判所は、今後もこうした事例を通じて法律普及を進め、人々が自らの権利を守る意識を高めることを目指しているそうだ。
なお、李さんと趙さんの間の対立も、裁判所の調停によって解消され、長く続いたトラブルはようやく終わりを告げたという。
References: Chinese man blasts ghost stories over speakers for 10 hours daily to retaliate against neighbour[https://www.scmp.com/news/people-culture/trending-china/article/3348496/chinese-man-blasts-ghost-stories-over-speakers-10-hours-daily-retaliate-against-neighbour?module=top_story&pgtype=section] / 未达处罚标准,噪音就“无药可治”? 全国第一份噪声污染禁止令守卫耳边清净[https://www.court.gov.cn/zixun/xiangqing/361551.html]











