『人はどう悩むのか』(著:久坂部 羊)

長生きとはすなわち老いることで、老いれば身体は弱り、能力は低下し、外見も衰えます。社会的にも経済的にも不遇になりがちで、病気の心配、介護の心配、さらには死の恐怖も迫ってきます。


そのため、最近ではうつ状態に陥る高齢者が増えており、せっかく長生きをしているのに、鬱々(うつうつ)とした余生を送っている人が少なくありません。
実にもったいないことだと思います。

その状態を改善するには、どうすればいいのか。
身体を鍛え、機能の低下を防ぐためにあらゆる努力を重ねることでしょうか。
ちがいます。老いに抵抗することは、どんどん数が増える敵と闘うようなものです。それならば老化予防に執着するより、早めの和平、すなわち実現可能な状態で満足するほうが理に適っています。
身体が衰えるのは致し方ないとしても、精神的に健康であれば、日々をよりよく生きられるでしょう。病気や障害があっても、経済的に恵まれていなくても、家族がいてもいなくても、精神的に満たされていれば、幸せを感じることができるはずです。
「幸せな老後」を実現するのに、何より大切なことは、精神的に満たされること、すなわち、「精神の健康」です。

本書の著者は医師兼小説家で、福祉系の大学で15年間「精神保健学」の講義を担当していたという久坂部羊氏。これまでも小説以外の著書として『人はどう死ぬのか』『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)などを執筆している。


本書は上記2作品に続く「人はどう」シリーズの3作目、という位置づけだ。

構成としては、第一章・第二章で「高齢者うつ」をはじめとした「高齢者の悩み」のパターン、その原因要素について解説。以降も第三章で「中高年の心の危機」、第四章で「大人になってからの危機」、第五章で「青年期」、第六章で「思春期」、第七章で「学童期」、第八章で「幼児期・乳児期」と、人生を逆にたどるような形で、ライフステージごとの「悩み」のパターンと原因、「悩み」をもとに生じがちな症状について、詳しく解説している。
その上で、ラストの第九章は「現代を悩まずに生きるには」。そもそも「悩み」はなぜ生じるのか、そのメカニズムに加えて、悩みをなくす、もしくは少しでも軽くするための処方箋的な「心の持ちよう」について語る形となっている。

50代目前である私にもっとも刺さったのは、やはり第三章の「中高年の心の危機」。この年代の「悩み」については、一般的にも「ミドルエイジクライシス」という名称が付けられており、さまざまな雑誌記事やメディアで取り上げられている。
直近でも女優の小泉今日子さんが、この問題に向き合う自分の取り組みについてテレビ番組や講演で語っており話題になっていたので、ご存じの方も多いだろう。

人生の半分が過ぎようとしている年代となり、漠然とした不安に襲われる。
これまでの自身の生き方に対する反省や後悔。
同年代や若者の活躍を目にすることによる、得も言われぬ嫉妬や焦燥感。
気力や体力の低下も相まって自信を喪失し、活力が失われていく。

これらの心の動きを受けて「燃え尽き症候群」「サザエさん症候群」「サンドイッチ症候群」など、さまざまな心の危機を迎えがちなのが40~50代である。アルコール依存、ギャンブル依存、買い物依存などの「●●依存」に走りがちなのも、一つの症状だという。

現在のところそこまで深刻ではないにしろ、私自身に思い当たる部分が決してないとは言えない「悩み」の要素ばかり。読んでいて「うわぁ……」と感じると同時に、このような「悩み」に苦しんでいる人たちが決して特別ではないことを知れたのは、一つの救いになった。

まさに、本書内にも同様の記載があるが、「悩み」への対処法として有効なのは、年代ごとに「どのような(精神的)危機が自分に訪れるか」のパターンを知っておくこと。それだけで「悩み」に苦しむ自分への処方箋となる。「心の準備で世の中は変わる」ということだ。
この「悩み」への対処法は、ライフステージ(年代)を問わず有効だという。

そして本書を通じて著者が語っている「悩みを小さくして幸せに生きるための特効薬」としては「幸せのハードル、“当たり前”のハードルを下げること」。「うまくいって当たり前」「理屈通りで当たり前」「公平で当たり前」だと考えているから、それらが失われて理想の状態へとなかなか戻せないときに「悩み」が生じる。
境界線は難しくはあるが「ある程度のこと」を受け入れれば、その部分は「悩み」ではなくなる。これもある意味「心の準備」の一部ではあるが、納得感の高い視点だと思う。


もちろん「悩まないためには理不尽をすべて受け入れるべきだ」などとは本書にも書いていないし、私自身も考えてもいないが。

なにがしかの努力や行動で解決できることを「悩んでいる」ならば、「解決法を考え、それに沿って行動すること」で「悩み」はなくなる。
どうあがいても思い通りにいかないことは「思い通りにしよう」という気持ち自体を捨てれば、それは「悩み」ではなくなる。
最後に本書の主張、その大部分が詰まっていると思われる、第九章のラストにある一節を引用したいと思う。

アニメの『手塚治虫のブッダ─赤い砂漠よ! 美しく─』でも、ラスト近くに吉永小百合さんのナレーションで、こう語られます。

 「思うがままにならないことを、思うがままにしようとして、人は苦しむのです」

人の悩みの本質は、二千六百年前からわかっていたことなのです。


*****

■レビュワー

◎奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』、『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。


*****

■本の紹介

◎人はどう悩むのか

日本は今、「人生100年」と言われる長寿国になりましたが、その百年間をずっと幸せに生きることは、必ずしも容易ではありません。特に人生の後半、長生きをすればするほど、さまざまな困難が待ち受けています。
長生きとはすなわち老いることで、老いれば身体は弱り、能力は低下し、外見も衰えます。社会的にも経済的にも不遇になりがちで、病気の心配、介護の心配、さらには死の恐怖も迫ってきます。
そのため、最近ではうつ状態に陥る高齢者が増えており、せっかく長生きをしているのに、鬱々とした余生を送っている人が少なくありません。
実にもったいないことだと思います。

その状態を改善するには、どうすればいいのか。
身体を鍛え、機能の低下を防ぐためにあらゆる努力を重ねることでしょうか。
ちがいます。老いに抵抗することは、どんどん数が増える敵と闘うようなものです。それならば老化予防に執着するより、早めの和平、すなわち実現可能な状態で満足するほうが理に適っています。
身体が衰えるのは致し方ないとしても、精神的に健康であれば、日々をよりよく生きられるでしょう。

病気や障害があっても、経済的に恵まれていなくても、家族がいてもいなくても、精神的に満たされていれば、幸せを感じることができるはずです。
「幸せな老後」を実現するのに、何より大切なことは、精神的に満たされること、すなわち、「精神の健康」です。

私は精神科医ではありませんが、福祉系の大学で「精神保健学」を昨年(2023年)まで、15年間、学生たちに講義をしてきました。精神保健学とは、文字通り「精神の健康(メンタルヘルス)を保つ」ための学問です。「精神の健康」とは、言い換えれば「毎日を気分よくすごせる状態」です。悩みや不安もなく、社会人、家庭人、個人として、健全な生活をしていることです。すなわちそれは、「幸福」ということで、年齢や地位や財産などに関係なく、生きていく上でもっとも大事なものではないでしょうか。

そこで、本書では、各ライフステージに潜む悩みを年代ごとに解説していきます。ふつうは時系列に沿って、生まれたときからスタートしますが、今回は逆に高齢者の側からたどってみたいと思います。
というのは、今の超高齢社会では、高齢者うつなど、「精神の健康の危機」に直面している人が多いからです。お釈迦さんが唱えた「生老病死」の四苦のうち、「老病死」の三つが襲いかかってくるのが高齢者です。悩みは心に生じるもので、物質や事実のように客観的に存在するものではありません。

それなら、事前に悩みのありようを知ることで、実態のない悩みを少しは抑えることができるのではないでしょうか。せっかく手に入れた長生きを、気分よくすごす。それが本書の目的です。


  • - 主書名:『人はどう悩むのか』
  • - 著:久坂部 羊
  • - ISBN:9784065372258
  • - この本の詳細ページ:https://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784065372258
編集部おすすめ