『はいからさんが通る 』(著:大和 和紀 )
◎森山悦子文芸第一出版部 40代 女
□ムチャクチャなヒロインが人生の師
子供の頃、熱烈な漫画家志望でした。12歳の時に見よう見まねで描き上げた原稿を週刊少女フレンドのまんがスクールに投稿し、期待賞という小さな賞をいただいたこともあります。
各社から特色あるコミックが数多刊行されていた中、なぜ投稿先にフレンドを選んだのか。私は少年もの、少女ものを問わず、講談社のコミックが子供心にもはっきりと好きだったのです。絵柄やストーリー性から、台詞に句読点がないなどといった些末なことに至るまで、講談社のコミックは私の心にいちいち響きました。幾度となく読み返した講談社コミックの巻数ものは数知れませんが、「この1冊」を挙げよと言われたら、迷わずこの『はいからさんが通る』を選びます。
舞台は大正ロマン花開く東京。主人公は17歳の女学生、花村紅緒。許嫁の「少尉」との愛のゆくえをシベリア出兵、社会主義運動、関東大震災といった激動の大正史が大きく狂わせていき……。
と紹介すると、王道大河ロマン以外の何者でもありませんがさにあらず。どんなに辛く深刻なシーンでも1コマ後にはギャグに落とされていて、長い間、私はこの作品をギャグ漫画だと思っていたほど、全篇これ爆笑の渦なのです。あのドラマチックなストーリーをギャグ仕立てで描くなんて、いま考えるとまさに神業。
作り手、送り手自身が面白がって悪ノリできる企画は、その熱気やドライブ感が読者に伝わって成功する、と編集者になってから考えるようになりましたが、原点は『はいからさん』にありました。
紅緒は色気ゼロ、女学校の成績オール丁、剣の達人にして二升酒ペロリの酒乱というムチャクチャなヒロインです。飲み屋で横柄な帝国軍人を叩きのめし(そしてその記憶はなくし)、傾きかけた華族の婚家を助けるために零細出版社(その名も「冗談社」)の女性編集者となって髪振り乱して働き……なんだか、編集者としてのみならず一女性としても『はいからさん』の影響大という気がしないでもありませんが、多感な時期にあれだけ何度も読み返したのだから、その後無意識裡に紅緒の生き方をトレースしていたとしても不思議はありません。
面白さに惹かれて愛読した本に、いつの間にか人生を左右される。本の力って、怖いほど大きいです。
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- 講談社創業100周年記念「この1冊!」を読む
■執筆した社員
◎講談社社員 人生の1冊
森山悦子【文芸第一出版部 40代 女】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
■本の紹介
◎はいからさんが通る

時は大正、花村紅緒、17歳。明るく元気いっぱいのハイカラ娘。恋も結婚も自分で選びたいと夢見ていたある日、伊集院忍という許嫁の陸軍少尉が現れる! 自分のじゃじゃ馬ぶりをいつも面白がる笑い上戸の彼が気に入らない紅緒は、この結婚を破談にしようとして……!?
- 『はいからさんが通る 』
- 著:大和 和紀
- ISBN:9784063931235
- この本の詳細ページ:http://kc.kodansha.co.jp/product?isbn=9784063931235