ポイント
・ 電極に特殊な高分子材料を用いることで、二次電池中において陰イオンと陽イオンの移動速度を同じ条件で評価
・ 固体状の電極内において分子イオンPF6-の方が単原子イオンLi+よりも高速に移動できることを確認
・ 分子イオンを電荷担体として用いる「分子イオン電池」が急速充放電特性に高いポテンシャルを持つことを実証
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508213855-O1-PMp5FDyl】
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)電池技術研究部門 八尾勝 研究グループ長らは、大阪公立大学工業高等専門学校と愛媛大学と共同で、二次電池の電極内において、分子性イオンであるヘキサフルオロリン酸イオン(PF6-)が単原子イオンであるリチウムイオン(Li+)よりも速く移動することを実験的に明らかにしました。
充放電により繰り返し利用できる二次電池として現在広く使われているリチウムイオン電池では、Li+を電荷担体として用います。
今回、陽イオンと陰イオンのどちらの授受も可能という特徴を持つ高分子材料を電極として用いることで、Li+とPF6-の動きを評価しました。その結果、固体状の電極内においても、分子性のイオンであるPF6-の方が単原子イオンであるLi+よりも速く動くことが確かめられました。この結果から、産総研が考案した分子性のイオンを電荷担体として用いる「分子イオン電池」は、リチウムイオン電池などに比べて急速充放電特性に高いポテンシャルを持つことが期待されます。
この研究成果の詳細は、2025年7月25日に「ChemSusChem」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250822/pr20250822.html )をご覧ください。
開発の社会的背景
現在、繰り返し充放電のできる二次電池としてリチウムイオン電池が広く使われています。これはリチウムイオン電池のエネルギー密度が高いからですが、昨今さらなる高容量化や、高出力化、充電時間の短縮についても改善が図られているとともに安全性の向上も求められています。リチウムイオン電池の電荷担体である小さい単原子イオンのLi+は、電解液中で溶媒分子と強く引き合うために動きが遅く、加えて、電解液から電極材料に入る時にも溶媒分子が外れる過程を経る必要があり、本質的に一定以上に移動速度を高めるには困難が伴います。
研究の経緯
産総研では、これまでに、新しい電池系として、電荷担体に分子性のイオンを用いる「分子イオン電池」を考案しました[1]。分子イオンは、小さい単原子イオンであるLi+よりもイオン半径が大きくなり、溶媒分子と引き合う力が小さくLi+よりも高い移動速度が期待できます。これまでにも電解液中において、分子イオンが動きやすいことが確認されていましたが、電極中での直接の比較は実験上困難でした。今回、陽イオンと陰イオンのどちらの授受も可能という特徴を持つ高分子材料に着目し、電極中における、分子性のイオンとLi+の移動速度の比較評価を試みました。
研究の内容
汎用のリチウムイオン電池ではイオン半径の小さい陽イオンであるLi+が、正極と負極の間を行き来する、電荷担体として機能しています。図1aは、溶液中の種々のイオンの伝導度を表していますが、Li+は低い値であることが分かります[2]。Li+は表面電荷密度が高く、溶液中で多くの溶媒分子を引き寄せるために、動きが遅くなると解釈されています。イオン半径が大きくなると、相互作用している溶媒分子の数が減り、0.2 nm~0.3 nm程度のイオン半径を持つ分子イオンが最も高い伝導度を示します。また、全固体リチウム二次電池の研究で検討されているポリマー電解質でも、Li+より、対イオンである分子性の陰イオンの方が速く動くことが知られています。われわれは、こうした背景から、分子性電荷担体を用いる設計の電池「分子イオン電池」を提案しています(図1b)。また、Li+を含む電解液の場合、負極表面での樹状結晶(デンドライト)の成長による内部短絡(ショート)を起こす可能性があり、電池の安全上の懸念となりますが、分子性電荷担体を用いることで、デンドライト生成を本質的に解決できるというメリットもあります。
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一方、固体の電極材料中でのこれら陽イオンと陰イオンの動きを比較することは容易ではありませんでした。
高分子材料を用いた電極は、充放電が進行する際に二つの電圧平坦領域が現れる挙動を示します(図2b)。作製した実験系では、高い電圧領域で分子イオンのPF6-が、低い電圧領域ではLi+が出入りするため、これらの領域での挙動を測定することで、二種類のイオンの動きの比較が可能となります。各電圧領域で電流値を変化させたところ、PF6-の方がLi+よりも、出入り時の電圧損失が小さいことが分かりました(図2c)。また、PF6-の方がLi+よりも、移動に伴う抵抗が小さいことが示されました(図2d)。これらの測定結果は、溶液中のみならず、固体の電極材料の中でも、分子イオンであるPF6-の方が単原子イオンであるLi+よりも、動きやすいことを示しています。これは、分極している固体中での静電的な束縛の強さが異なるためであると考えられます。
本研究は、分子イオンを電荷担体として用いる分子イオン電池が、急速充放電特性に優れるポテンシャルを有することを示しました。今後、電極材料の研究がさらに発展することで、将来の新しい二次電池の開発に繋がる成果です。
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今後の予定
分子イオン電池は、まだ基礎的な研究段階にありますが、その高い安全性と優れた急速充放電特性から、次世代の二次電池として期待されます。
論文情報
掲載誌:ChemSusChem
タイトル:Molecular Anions Move Faster than Lithium Ions as Charge Carriers in the Organic Battery Electrodes: Insights from 2,6-Bis(diphenylamino)anthraquinone
著者名:Hikaru Sano*, Aya Yoshimura*, Masaki Sawada, Tatsuo Noda*, Yohji Misaki, Masaru Yao* (*:責任著者)
DOI:10.1002/cssc.202500785
研究者情報
産総研
電池技術研究部門 佐野光 上級主任研究員、八尾勝 研究グループ長
大阪公立大学工業高等専門学校
澤田雅希 学生(研究当時)、野田達夫 准教授
愛媛大学
吉村彩 特任講師(研究当時、現:大阪公立大学 講師)、御崎洋二 教授
参考文献
[1] M. Yao, H. Sano, H. Ando & T. Kiyobayashi, “Molecular ion battery: a rechargeable system without using any elemental ions as a charge carrier”, Sci. Rep. 5, 10962 (2015).
[2] 電気化学便覧、(電気化学会 編)、丸善出版(2013).
用語解説
電荷担体
電池の充放電中に電極材料や電解液中でイオン伝導を担う物質。リチウムイオン電池の場合は通常リチウムイオン(Li+)が電荷担体として機能している。
分子イオン電池
電荷担体として単一の分子性イオンを用いる二次電池。2015年に産総研の八尾らがコンセプトを提唱[1]。
樹状結晶(デンドライト)
樹状の形態を持つ結晶のこと。リチウムイオン電池では、負極上に金属リチウムの樹状結晶が成長することがあり、電池の内部短絡の原因の一つとなっている。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250822/pr20250822.html