2018年に誕生50周年を迎えた名作ホラーアニメ『妖怪人間ベム』の世界観を新たに生まれ変わらせた完全新作アニメーション『BEM』。原作のテーマを引き続き踏襲しながらも、同時に様々な変更点を加え、スタイリッシュな大人のアニメとして生まれ変わったこの作品は、椎名林檎がプロデュースして坂本真綾が歌うOPテーマ「宇宙の記憶」や、降谷建志がプロデュースしてJUNNAが歌うEDテーマ「イルイミ」など、音楽面でも話題になっている。
中でもOPテーマ「宇宙の記憶」に演奏で参加すると同時に、劇伴を担当するアーティストの一組として作品に大人の粋やストリート感を加えているのが、SOIL&”PIMP”SESSIONSだ。彼らが手掛けた『TVアニメ「BEM」オリジナルサウンドトラック OUTSIDE』について、メンバーの社長(Agitator)に語ってもらった。

――皆さんが劇伴を担当したTVアニメ『BEM』は、昨年誕生50周年を迎えたアニメ作品『妖怪人間ベム』のリメイク作品として制作された完全新作アニメーション作品ですね。社長さんは『妖怪人間』の魅力というと、どんなところだと思っていますか?

社長 子供の頃から何度もリメイクされている作品ですし、観る年齢によって感じ方が違う作品だろうなと思います。子供もアニメ作品として、娯楽として楽しめると思いますし、一方で、メッセージ性の強い作品だということも、大人になって気づくと思いますし。実は深いテーマの作品ですよね。
今回の『BEM』に関しては、名言されてはいませんが、舞台がブルックリンをイメージさせるものになっていますよね。橋を境にしてアッパーサイドとローワーサイドに分かれているNYをモチーフにした世界観で、しかもスタイリッシュな形でリメイクされるということで、僕ら自身とても興味が湧いていました。

――「スタイリッシュ」というのは、最初からキーワードとしてあったものですか?

社長 だと思います。実際、これまでの作品とは、見た目からして全然違いますよね。また、ブルックリンがイメージというのは、我々としては、すごくやりやすかったです。時代設定が80~90年代ということで、当時はいわゆる日本人旅行者でも、アルファベットがつくストリートには行ってはいけない、ブルックリンなんてもっての他だ、という時代で。
もちろん、そういう場所にはジャズもずっとありますし、ヒップホップも生まれ育った街で、いわゆるブラックミュージックが根付いている街で……。自分たちのルーツや好きなもの、ギャング性のようなものを出せたら、うまくはまるんじゃないかな、というイメージを持っていました。

――皆さんとしては、最初に「こんなふうにしよう」と共有したものはありましたか?

社長 メンバーそれぞれに違うかもしれませんが、ある程度イメージの共有はしていて、だいたい皆さん同じイメージを持っていたとは思います。やっぱり、危ない感じ、不良っぽい、触れちゃいけないような感じを大事にしようということは、共通認識としてあったんじゃないかな、と。うちは全員曲を書くので、そこから先は、各々が持ち帰って各々が作曲をしていくという、いつも通りの我々のやりかたで進めました。方向性自体も、我々に任せてくれる部分が多かったので、自由に自分たちが思う音をイメージしていきました。
普段の自分たちの作品でも、イメージを持って曲をつくるというのは常日頃の作業ですが、それを今回は自分たちではなく、キャラクターたちや作品、つまり画があるものが主役だという意識を持って進めていったという感覚です。とはいえ、だいぶ自由にやらせていただきました。

――SOIL&”PIMP”SESSIONSの皆さんはこれまでにドラマの劇伴なども担当されていますが、自分たちのオリジナル曲と劇伴とでは、ほかにどんな変化を感じますか?

社長 「誰が主役か」ということが違うので、それに伴って楽曲の構成や曲のつくりは変わってくると思います。自分たちの曲の場合は主役は自分たちですが、劇伴やサウンドトラックの場合は、主役の方がほかにいらっしゃるので、その方がいかに引き立つか、ということを考えます。自分たちにとっても糧になる仕事だと思いました。中には、僕らが納品したものから、最終的にはビートが抜かれて使われているものもあったりして、そういう部分も含めてすごく楽しい作業でした。
ただ、セリフを邪魔しないか、その音域に音を積みすぎていないかというプラスアルファの確認作業はあるものの、そんなに変わらないんですよ。ニュートラルに3人のイメージを思い浮かべつつ、曲を作っていきました。今回、特に「このキャラクターのことを意識してほしい」という発注があったわけではなく、むしろシーンごとの設定に合うものをつくっていく形だったので、本当に自由にやらせていただいたんですよ。

――では、1曲ずつ具体的に制作の風景を思い返していただけるとうれしいです。1曲目の「Phantom of Franklin Avenue」は、少しオリジナル版の主題歌「妖怪人間」の雰囲気に近いものを感じました。

社長 本当ですか? それは全然考えてなかったです(笑)。
この曲は最初の方に書いていった曲で、ブルックリンをイメージしていきました。

――「Franklin Avenue」は、ブルックリンの実在の地名ですね。

社長 そうですね。あえて特定の通りの名前をつけることで、時間軸を伴ったイメージが湧くかな、と思っていましたね。そこに、「ファントム」という亡霊のイメージを重ねています。1話のラッシュを観たときに、そういうイメージだと面白いと思ったんですよ。
ワシントンハイツなど、他の場所もいろいろと並べてみたんですが、「アヴェニューって言いたいな」と思って、このタイトルにしました。今はこの辺りはお洒落なエリアになっていると思いますが、作品の時代背景を考えると、今よりも少し前の、危ない、怪しい空気感を出したいなと思って、手法としては、今のトレンドでもあるトラップとジャズの融合のようなところから作りはじめました。トラップミュージック自体はアトランタから出てきたものではありますが、今のヒップホップのビートの主流になっていて、日本も含めて面白いものをつくっている人はこのビートを取り入れていますよね。しかも、ここ最近、だいぶ一般的なものになってきている。今ちょうど、こういう曲もつくってみたいな、と思っていたんです。

――トラップを使うことで、「危険さ」「ギャング性」が表現されていると。この曲で、ほかに工夫された部分はありますか?

社長 僕が曲を書いた時点でやりたかったことなんですが、サックスがシンセ的な感覚でずっとリフを吹き続けることですね。それが途中で一回展開するんですけど、そういう、人力なんだけれども、マシンミュージックのようなつくり方をしたのは特徴かもしれません。

――2曲目の「Blue Eyed Monster」は、「目が青い」という意味でも、主要人物の中で唯一眼が青い、ベムの雰囲気を表現した曲になっていると感じました。

社長 この曲はベムのテーマソングとしてつくったものですね。本来は「bug-eyed monster(「BEM」はその略から取られた名前)」というタイトルになると思うんですが、今回のベムのキャラクターデザインを見て、「目が青いな」と思ったんですね。ちょうど海外が舞台のモチーフになっているわけですし、青い目というのは、古来から日本では西洋人の象徴でもあります。ひいては「人種を越えている」という意味でも、「Bug-eyed Monster」ではなく、「Blue Eyed Monster」というタイトルになりました。

――なるほど。音楽では、白人によるソウルミュージック(=白人による黒人音楽)を「ブルーアイドソウル」と呼んだりもしますよね。

社長 そういった音楽的な言葉にも繋がりますよね。この曲は2019年の年始頃、結構早い段階でつくっていた曲だと思います。僕がビートのループをつくったものをタブゾンビに投げて、彼がメロディをつけて、彼がつくっていた別のパーツも合体させて、最終的な曲になりました。ここでは今のUKジャズの主流になっている、ドラムが主役になるような、崩したブロークンビーツを生音でやるというアプローチで骨格をつくりました。あとは、どういう言葉で発注をいただいたか正確には覚えていないのですが、ストリングスを入れなければいけなかったので、それを後半に入れていきました。……(実際の依頼メールを確認して)ああ、「重厚感を出してほしい」という依頼だったようですね。重厚感や壮大な雰囲気を、あくまで絵がメインになる背景の音として表現するためには、やはり「ストリングスかな」と。そんなことを考えていた気がします。

――7曲目の「Wanna Be A Man」はどうでしょう? この曲は、「人間になりたい」という妖怪人間たちの気持ちと繋がる楽曲ですね。

社長 この曲は、「暗さの中に強い意志が感じられるものにしてほしい」というリクエストがありました。メロディ自体は「Blue Eyed Monster」と同じものを使いつつも、ベムの別の感情を表現するための楽曲として作ったものです。

――同じメロディを繰り返し使うというアイディアはどんなふうに出てきたんですか?

社長 キャラクターやシーンにあったものとして同じメロディを使いつつ、曲ごとにアレンジを大きく変えて感情の差をつけるということだったと思います。たとえば、4曲目「The Light and The Shadowland」では付点がついて跳ねているメロディを、他の曲では丈青がイーブンで弾いていて、日本の童謡を思わせるようなものに置き換えていたりして。それが郷愁を誘う効果を生んでいたりします。同じメロディでも、音符の差によって、感情に訴えられる印象を変えられることができる、ということですね。

――「Wanna Be A Man」には背後にガラスのような音が入っていますが、このアイディアにも何か意味が込められているんでしょうか?

社長 ビートを組んでいくときに、エフェクトをかけていくと、こういう音が偶然できることがあるんですよ。やっていくうちにいい副作用が生まれたという、偶然の産物ですね。

――人の心はガラスに例えられたりもするので、曲の雰囲気に合っていると感じました。

社長 たしかにそうですね。この曲のドラムのループ自体は、自分のライブラリに元々作っていたもので、このために作ったものではなかったんですが、曲の雰囲気に合うなと思って引っ張ってきました。ピアノの雰囲気は、葛藤や憂い、迷いを感じながら「でも前に進まなきゃいけない」という、人間の弱いところを意識していたと思います。そのピアノに対して強めのビートが入っているのは、ブルックリン感を表現したい、と思っていたところです。

――一方で、4曲目の「The Light and The Shadowland」は、フライング・ロータスを筆頭にしたLAビーツの人たちの音楽に通じるような雰囲気を感じます。

社長 実際にそれをイメージしたものですね(笑)。この曲は、最初に出したデモがNGをいただいたんですよ。最初はもっとロービートなヒップホップ寄りの曲だったんですが、「もう少しふわっとした雰囲気にしてほしい」ということで、ビートをつけかえました。最初の時点で、プロコルハルムの「青い影」のような曲がほしいと言われていたんですが、それにあまり引っ張りすぎないようにしたいとも思って、最初はもっと強いビートの曲にしていたんですよ。そこに的確なご指示をいただいて、最終的な形に変化していきました。

――「青い影」がLAビーツに変化したと。とても面白い飛躍が起きているんですね。「Before The Dawn」もまた違う雰囲気になっていますね。

社長 この曲は、「バーのBGM」というオーダーだったので、オーセンティックなジャズの雰囲気が感じられる楽曲にしました。ひとつの作品の中で、ビートミュージックの要素を取り入れたものから、オーセンティックな雰囲気のものまでができる振り幅という意味でも、僕らの特性を生かせた曲なんじゃないかと思います。これはもう「バーっぽい曲を」と、フィーリングでつくっていきました。ただ、もとになる曲は丈青が作っているんですけど、意外とっていったら失礼だけど、彼はとても緻密に音楽を構築する人なんです。彼もピアノを40年近く弾いてきているわけですから、その40年の経験値が5分に集約されるという楽曲になっていると思います。

――最終曲の「A Sence of…」についても、どんなテーマで制作したのか教えてください。

社長 オーダーは「虚脱感」でした。「どんなに人間によかれと尽くしても理解されない。いつものように誤解されるばかりか、冤罪をかぶせられる。虚しさが空気を支配する」というテーマで、重厚な曲をつくってほしい、というリクエストで。

――人を助けるけれども、報われないという、妖怪人間の苦悩が伝わってくる楽曲ですね。

社長 そうですね。ただ、「The Light and The Shadowland」とも共通することで、その中でも「前に進もうとしている」ということが大前提にある楽曲です。

――他に収録曲の中で、特に印象的な楽曲はありましたか?

社長 他に僕が骨格を作った曲で言うと、5曲目の「Shapeshifter」もそうですね。この曲はライブでもできるような曲になったらいいな、と思っていました。元々は「バトルシーン」に使うためにつくった曲なんですけど、(取材時点では)そこでは使われていないですよね? これからどうなっていくんだろう。

――『OUTSIDE』は、『BEM』の世界の中では川を挟んだブルックリン側のことですね。

フライングドッグ・福田正夫プロデューサー そうですね。今回、2組の方にお願いしていることもあり、もともと、『OUTSIDE』と『UPPERSIDE』の2枚のアルバムを出す予定を立てています。「アウトサイド」と「アッパーサイド」は、それぞれ人と妖怪の境目の象徴にもなっているという形です。

――なるほど、妖怪人間たちはそのちょうど境目にある橋に集まってくる、という意味でも、3人の存在や作品の世界観を象徴したものになっている、と。社長さんとしては、今回の『OUTSIDE』は、皆さん自身にとってどんな作品になったと感じていますか?

社長 我々のオリジナルアルバムとしても聴いてもらえるようなものになったのかな、と思います。ライブでできそうな曲も入っていますから、この中から、僕らのライブでもやる曲が出てくるんじゃないかなと思っていますね。

――また、今回椎名林檎さんがプロデュース、坂本真綾さんが歌うOPテーマ「宇宙の記憶」にも、SOIL&”PIMP”SESSIONSが演奏で参加しています。皆さんは椎名さんとも坂本さんとも関わりのある方々ですが、これはどんな経緯で実現したんでしょうか?

社長 これは、最初に劇伴の話をいただいて、それをつくっているうちに主題歌のお話もいただいて、「この布陣でいきませんか」という話になったので、「ぜひ喜んで」という形でした。編曲とアレンジを椎名さんが考えてくださった時点で、僕らの特性を理解してくれていたので、レコーディングもかなりスムーズだったと思います。いつも通り、「ハイクオリティなものにしたい」と思って演奏して、この曲が仕上がったという感覚です。

――実際にOAで映像と合わせて観ての感想はいかがでしたか?

社長 やっぱり、映像と合わさったときに、楽曲のイメージも膨らみますよね。真綾さんの声で終わるというのも、画と合わさったときに、すごく印象的だと感じました。作品自体も、僕はまだ2話までしか観られていないんですが、最初に観るときは、「自分たちの音はどうはまっているか」ということを気にして観ていたものの、第2話は普通に「面白いな」と思いながら観てしまって。今回はとても大人の作品になっていますよね。

――たしかに、大人の粋が詰まっているような作品だと感じましたし、だからこそ皆さんの音楽もとても合っていると感じました。

社長 リメイクの方向性としてもなかなか魅力のあるコンテンツになるんじゃないかなと思いますし、僕自身も普通に楽しんで観ています。皆さんもぜひ観た方がいいと思いますよ。

Interview & Text By 杉山 仁

●リリース情報
『TVアニメーション「BEM」オリジナルサウンドトラック OUTSIDE』
音楽:SOIL&”PIMP”SESSIONS
発売中

品番:VTCL-60505
価格:¥2,500+税

<CD>
01.Phantom of Franklin Avenue
02.Blue Eyed Monster
03.Tracking
04.The Light and The Shadowland
05.Shapeshifter
06.Before The Dawn
07.Wanna Be A Man
08.Out of Control
09.Thinking of you
10.In The Gloom of The Forest
11.Inside
12.A Sence of…

●作品情報
TVアニメ『BEM』
放送中
テレビ東京 毎週日曜深夜1時35分~
テレビ大阪 毎週月曜深夜1時05分~
テレビ愛知 毎週日曜深夜1時35分~
BSテレ東  毎週水曜深夜 0時30分~
AT-X    毎週金曜 23時00分~
※リピート放送:毎週(月)15時00分~/毎週(木)7時00分~

(C)ADK EM/BEM製作委員会

関連リンク
アニメ『BEM』公式サイトSOIL & “PIMP” SESSIONSオフィシャルサイト