声優の神尾晋一郎とゆよゆっぺの名で知られるクリエイター・間宮丈裕がユニットを結成。宮沢賢治や中原中也といった文豪の詩を、ローファイヒップホップ的なトラックに合わせて朗読するという、これまで見たことのないスタイルのものだ。
そんな二人による純文学樂団・KATARIが、YouTube上での楽曲発表を経て、10月31日に初のアルバムを発表した。

今回は、この特異なスタイルはどのようにして生まれたのか、そしてその文学と音楽の中に込めた二人の想いに迫る独占ロングインタビューをお届けする。

バイブスで始まり、バイブスで進める純文学樂団
――まずは、お二人の出会いからKATARI結成への経緯を教えてください。

神尾晋一郎 元々は僕が“OMOTENASHI BEATS”というDJイベントでDJをした際に、ゆっぺくん(間宮丈裕)の「You Need Fxxkin’ Anthem」をかけたんですけど、その場にいたけいたん(RAB(リアルアキバボーイズ)/ISARIBI代表)に「ゆっぺと知り合い?」と聞かれたので、「好きでかけているだけです」って言ったら「じゃあ会わせるよ」ってなったんです。

間宮丈裕 そこからの速度感はすごかったよね。

神尾 そこからすぐですよね。1週間以内ぐらいにけいたんと三人で会って。そこで「僕、歌は苦手だけどめっちゃ声良いので、サンプリングしたら曲出来ると思うんですよね」みたいなことを言い始めて(笑)、それからゆっぺくんとも新しいことをやりたいって話して。

間宮 僕ってバイブスで生きているので(笑)、無責任なことをなんでも言っちゃうんですよ。多分けいたんさんも、神尾さんが「Fxxkin’ Anthem」をかけている時点で僕にLINEしているだろうし、その速度感を失っちゃいけないと思って、その話があったときに「一度持ち帰ります」ってこともしないでその場で考えたいなって。なので、その席で「ポエトリーリーディングやポエムコアとか面白そうじゃないですか」って話したんですよ、自分でできるかわからないのに(笑)。

神尾 それでゆっぺくんがトラック作ることになったんですけど、けいたんに「じゃあ歌詞どうするの?」って言われたので、詩なんて「青空文庫」にいっぱい眠ってるよって(笑)。


間宮 その流れは天才だったよね(笑)。

神尾 それじゃあ試しにやってみようってなって、まず夏目漱石の「夢十夜」の第一夜を全部読んで送るねって。それが翌々日ぐらい。

間宮 そこも僕が無責任に「なんとかなるだろう」って思っていたんですけど、「夢十夜」をフルで読み上げたらどう考えても10分以上かかるわけですよね。

神尾 12分くらいでしたね。

間宮 朗読のデータをもらったはいいんですけど、「なげえなこれ」って(笑)。ひとまず全部トラックをつけようってやってみたんですけど、これだとキャッチーじゃないし。

神尾 それに普通の朗読劇になっちゃうんですよね。

――いわゆるBGMがついた朗読劇という、今のKATARIの形には至っていないと。

神尾 なので、僕がそこから詩を編纂してリリック作ることになりました。最初はキャッチーな宮沢賢治の「雨ニモマケズ」から始めて、そのなかで一番書きたいと僕が思っているフレーズをリフレインさせたサビを作り、そのあとに朗読をはめてという短い1曲が出来上がったんですね。

間宮 僕は流れにただ身を任せるというか、神尾さんが上手くやってくれたから、じゃあ歌メロにすればよくない?って話になったんです。
神尾さんも嫌がらず僕の前のスタジオに来てパッと歌ってくれて、「すごい、全然歌えるじゃん、良いじゃん」って。

神尾 しかも二人で歌を録ると、一人の音に聴こえるような周波数だったんですよ。作業時間に関しては、宮沢賢治は2時間くらい。KATARIの楽曲はラフが出来るまで大体2時間、産みが長いので4時間くらいですね。

間宮 そこは僕が頑張れば(笑)。

神尾 僕の作業は編纂がメインなので、そこである程度は終わっているんですよね。朗読は大体2テイク以内に終わるので。

間宮 詩をその前日とか前々日にいただいて、そこに補足があるわけですよ。

神尾 「これはどういうイメージで、作者はこういう人生でこういうときに書いた詩なので、基本的には暗め、でも抗えない想いがあります」とかざっくりとは伝えます。するとざっくりトラックが出来るんですね。

間宮 それで僕が前の日に「これはどんな意味なんだろう?」って辞書を引きながら読んで、それも1回自分の中に入れて、1回諦めるんですよ、「明日頑張ろう」って(笑)。それで神尾さんが来てからトラックは考えようと。


――トラックは事前にではなく、スタジオで作っていくわけですね。

神尾 本当に、その場のバイブスですよね。

間宮 僕がトラックをある程度完成させて、神尾さんが「あれ、なんか違う」ってなったら終わりじゃないですか。神尾さんのその日のテンションやバイブスを感じ取ったうえでやいやい言って、神尾さんも「ここはこうなんだよ」って教えてくれて、「じゃあこうですか」って弾いてみたり。

神尾 基本的に天才なんだと思います。

間宮 いや、違うんです……大変なんです(笑)。

――結成までの流れもそうですが、とにかくスピーディーな制作なんですね。

間宮 神尾さんはお忙しいし作業できる時間に限りがあるので、それまでに朗読を録りきらなくちゃいけないっていうのもありますね。

神尾 朗読と歌の部分だけ録って、ほかのいじる時間はあとで一人でできるので。でも基本ゆっぺくんが作ったものは全部天才、全肯定型なので(笑)。

間宮 ちゃんとお互いの「これ良いね」っていうのが統一できれば、あとは野となれ山となれで。

神尾 そうですね、良いものが出来上がるんだろうなってワクワクしています。


――いわゆるセッション的な制作であると。

神尾 そうですね、半ばジャズのような雰囲気でもあるし。

間宮 レコーディングの後でアレンジだったり色々手を加えたりするんですけど、曲が生まれる瞬間を神尾さんが見てくれているというのはありがたいですね。僕が「どっちが良いんだろう」ってなった瞬間にちゃんと聴いてくれる存在がいるという。

神尾 一番わかりやすいのは、この前のライブの最後に「晦にて」という曲をやったんですけど、まさにあれがセッションですね。事前に曲を聴かずに曲で合わせてその場で「ここかな?」ってタイミングでしゃべるという。

間宮 僕はあまり決められないんですよ。例えばコード進行でも、ある程度ここからスタートしようって考えるんですけど、途中で思いついちゃって「これはこっちにいったほうが絶対かっこいい」ってなる。そこで失敗することもあるんですけど、それをあらかじめ決めたり、譜面に起こしたり録音するともったいないし。そこはやっぱりバイブスみたいなものを……バイブス何回言ってるんだって話ですけど(笑)。

――純文学にバイブスによるユニットであると(笑)。

神尾 あまり結びつかないと思うんですけど、大義名分としてはそうですね。


間宮 神尾さんはトラックを作っているときも詩を一緒に読んでくれたりするんですよ。「ちょっと読んでください」って僕が言うわけじゃなくて、なんとなく読んでくれる。そこで「あ、なるほどなあ」ってなって、そこからよいしょよいしょと進めて、コードと尺とビートが出来て。

神尾 それが出来たら朗読録っちゃおうぜ!って。

間宮 それで録っちゃう。

神尾 それくらいテンポが速いんですよ。僕は音楽を作ったことがないので、周りの人に「曲ってこんな感じでサクサク作れるんだね」って話したら、「ふざけんな」と言われました(笑)。

――こうしてKATARIオリジナルの音楽が生まれたわけですが、そもそも神尾さんは純文学あるいは朗読というものとどのように接していたんですか?

神尾 バックグラウンドとしては純文学も好きで、結構読んでいるほうだと思います。一方で声優として朗読をしますよってなったときに、声優ってある意味でコンテンツにくっついている職業だったりするので、個人もしくはコンテンツが関わっていないものについては、多少求心力が落ちると思うんですね。どうしてだろうと思ったときに、やっぱり朗読劇って敷居が高いのかなと。国語が嫌いとか、昔の本なんて読んだことないし、難しそうだし、っていう感覚があって。

――たしかにアニメやゲームと比べると、ある意味敷居の高さはあるかもしれません。


神尾 じゃあそもそも朗読というものの敷居を取っ払いたいね、っていう想いはどこかであったんですよ。自分の衝動と直結する朗読というものの敷居を下げたい、神尾がやっているものだったら観に行ってもいいかなって思わせるものはないかなっていうのを探している部分はありましたね。

――朗読というものをアップデートする何かを以前から探していたなかで、ゆっぺさんとの出会いでそれが繋がったという。

神尾 元々KATARIは飲んでいるなかで生まれたものだったので、よもやそれが自分の考えと繋がるとは思っていなかったですけどね。今まではそういう考えがあったけれど、それを実現できる手がなかったという。

――一方で、ゆっぺさんのなかでもこうしたトラック、いわゆるヒップホップ的でもあるアプローチについては興味があったんですか?

間宮 2019年から2020年の辺りで、割とちゃんとヒップホップの文脈を勉強しないとまずいと思っていて……まあ遅いくらいなんですけど。僕は元々メタルが大好きで、ハードコアをやり続けてスクリーモの海に浸かっているだけなんです……(笑)。けれど、海外のビルボードのチャートに上がっているヒップホップの人たちって、もはやラッパーがエモをやっているとか、リル・ピープとかものすごい色んな化学反応を起こしていたのに、僕はいつまでここにいるんだと感じて。ちゃんとヒップホップの文脈を勉強しないとな、と。

――たしかにアメリカではヒットチャートのほとんどがヒップホップで埋め尽くされていますし、そのなかでゆっぺさんがおっしゃったエモラップのような新しいムーブメントも生まれています。

間宮 国内でも「高校生ラップ選手権」とか「フリースタイルダンジョン」のバズりもあったじゃないですか。それで身近に情報を手に入れやすくなったのもあって、ちょうどヒップホップの文脈を勉強しようと思ったんです。僕はトラックを作る人だから、トラックを作っている人のことをちゃんと掘ったり勉強して、「あ、こうやって作るんだ」って学んで。例えば、めちゃくちゃ強いラッパーとトラックメイカーがいて、スタジオでラッパーが「おい、ビート作ってくれよ」って、トラックメイカーがMPC(AKAI製のヒップホップ御用達サンプラー)で音を出したらそれがもうかっこいいんですよ。それでラッパーもライムを踏んで、それであのヒップホップのラフな感じが出来ていくんだなと思って。

――それって、まさにKATARIでお二人がやられていることですよね。

間宮 そのイメージがあったので、神尾さんとけいたんさんの三人で飲んでいたときに、パッと思いついたんですよ。でも、僕はリアルで生きていないしギャングではないので(笑)、ちゃんとヒップホップができないというか……いわゆるリアルじゃないってことなんですけど、そんななかで声優さんという普段からお付き合いのある職業の方がパッと提示してくれた。その提示してくれたものと僕のやってみたいことがなぜかピタッとハマっちゃったんですよ。そこでどういうトラックを作ろうというイメージが漠然とできていたんですよね。

余白を残す朗読とポップミュージックとしてのトラックメイクの融合
――そうしてお二人がKATARIとして活動を開始し、2021年4月1日にYouTube上で作品を発表していくようになります。

神尾 僕らが最初に作ったのが「雨ニモマケズ」で、その次が立原道造の「暁と夕の詩」。で、3曲目が中原中也「山羊の歌」ですね。それらを月イチぐらいのペースで作っていたんですけど、じゃあそれをどう出すんだって話になって。

――そのときはKATARIというユニット名も決まっていなかった?

神尾 決まっていなかったですよね。最初は趣味でやっていたので。

間宮 「山羊の歌」が出来た頃に方向性が決まってきたというか。

神尾 「3曲目だし試してみたいよね」って。だから最初は出す順番も考えていなかったんですよね。けいたんとも話して、KATARIの産声を上げる日を4月15日にして、その日をKATARIの誕生にしよう、と。それで月イチでアップしていこうとなったときに、出し方として著者の誕生日もしくは死没日にしようっていうルールを決めました、それで最初の3曲で4月と7月と9月が埋まり、ほかの月を作らなきゃってなって。

間宮 その前に最初にYouTubeにあげる曲が必要となったので、それも作って。

神尾 それが4月15日にアップした「朔に」という曲なんです。

――中原中也の誕生日が4月29日だから、「山羊の歌」からアップしていたわけですね。KATARIの楽曲は神尾さんが既存の詩を編纂する作業からスタートします。「山羊の歌」なら、その詩集の中から「生い立ちの歌」や「汚れちまった悲しみに」などをチョイスしてリリックにエディットしていますが、その作品のチョイスや編纂の仕方はどのように決めているのですか?

神尾 誰の作品やろうかなってなったときに、まずはその作者の代名詞となるものがいいと思って。例えば中原中也の場合は「汚れちまった悲しみに」という詩が秀逸に歌いやすかったんですよ。「これはサビっぽいな」って決めて、そのサビに繋がる部分で「生い立ちの歌」と「羊の歌」という2篇をチョイスして、ゆっぺくんに送るときには朗読は「旅立ちの歌」、サビを「汚れちまった悲しみに」、アウトロで「羊の歌」という感じで送りました。チョイスの仕方としては1曲の長さを自分の読んでいるスピード感とバランスをとって、あとはなるべくAメロとBメロの文字数が近いものがいいものにして。もう1つは音で聴いていてわかりやすいもの。昔の詩なので音で聞いて「これどっちの意味なんだろう?」、聞いてパッと繋がらないのは本意じゃないというか。そうした編纂はだいたい1時間くらいで出来ますね。

――この曲では冒頭から神尾さんの老いた声から始まるというのもインパクトがありますよね。

神尾 中原中也って30歳で亡くなっていて、「生い立ちの歌」というのはいわゆる若い人が書いた詩なんですよね。それを老けさせるというディレクションをするだけで、色んな人の見方が生まれるじゃないですか。中也が見たことないおじいちゃんの景色で歌ってみると、それを聴いた人が余白を感じてくれるというか、そこから「あ、じゃあ本編の詩を読んでみよう」ってなるのかなって。

――あえて余白を残して世界観を広げていくという。

神尾 そうですね、余白を残して正解は出さないようにしています。

間宮 やっぱり声優さんってすごいなと思いましたね。神尾さんって録っているときはなるべくテイクを切らないじゃないですか。

神尾 ほかの歌のレコーディングではテイクごとに切ることがあっても、朗読は1曲まるっと録りますね。

間宮 そのなかで「あ、すごい!知らないうちに若くなってる!」ってなるんですよ。僕もRECボタンを押して、普段の歌だったらピッチが合っている合ってないとか、歌詞をちゃんと発声できているかとか見るんですけど、KATARIではその世界観に没入させられているんですよね。

神尾 たしかにレコーディングのプランって事前にあまり詳しく言わないんですよね。

間宮 最初に「どういうことだろう?」って思うけど、最後まで録ると「めちゃくちゃすごいな」ってなる。「すごい世界が広がってんじゃん!」ってなって、それがそのあとのアレンジに繋がるキーになっているのかなって。

神尾 毎回メロディは決まったあとに朗読の基礎となるものを録って、そのあとにメロディを録るんです。でも編纂作業はやっていて楽しいですよね。意図的に文字を増やしたり減らしたりすることは最初からやっていましたけど、今はなるべくオリジナルのものを上手く当て込まれるようにしたいなと。

――そして間宮さんのトラックメイキングもまた、その広がった世界で実に多岐にわたるジャンルを注ぎ込んでいます。それがおよそ3~4分という尺の中で、いわゆるポップミュージックとして成立させているところも興味深いですね。

神尾 すごいんですよ。よくこんな新しいトラックが生み出せるなって。

間宮 今ポップミュージックというお話をしていただいたんですけど、そうじゃなきゃいけないんですよね。そうでなくてはKATARIである意味がないという。多分、こういうことをやろうと思った方はたくさんいると思うんですよ。でもそれを商売ができるラインに乗せなければいけないっていう僕のなかでの使命があったんです。

神尾 朗読と音楽がちゃんと混ざり合うものというか。

間宮 神尾さんが「敷居を下げたい」と言っているんだから、これをちゃんとiTunesのトップ10に入るような、J-POPとして聴けるものにしないといけない。そこまで持っていかないと意味がないなって思って。

――なるほど、それだとトライアルで作った「夢十夜」という十数分の曲では……。

神尾 ダメだったと思います。

間宮 それがアルバムに特別バージョンとして入るのもアリだと思うんですけど、推し曲にはならないなって。やっぱりキラーチューンを書くしかないってなったときに、僕の頭はフル回転ですよ(笑)。

――そうした様々なところに気を配ったトラックメイクになると。

間宮 ただ、そこで僕がやるのは、イメージを保ちながら偶然性に賭けるという。身も蓋もない話なんですけど、サンプラー管理ソフトみたいなものがあって。キックやスネアとかループの音とかが入っているものにサイコロ機能というのがあるんですが、ぴって押すとランダムでトラックを作ってくれるんです。そこの偶然性に賭けているところもありますね。とりあえず「イメージを伸ばすためになんかきてくれ!」って押して、出てきたものが「良いじゃん!勝った!」みたいな(笑)。

――その作り方は面白いですね。それも自由な発想のKATARIだからできることでもあるかと。

間宮 サンプルの音にしても曲のキーとか、このコード進行にこのサンプルにははまらないって理解しないと出来ないので、そこはフル回転ですね。

神尾 サンプルを使うときもあれば、与謝野晶子「夢と現実」では「風の音が欲しい」ってなって、「じゃあ僕の(声で)風をサンプリングしてください!」って。

間宮 そうそう!(笑)。ちょうど「風の音ないなあ」って言ってたら「僕ありますよ」って。神尾さん、風がめっちゃ上手い(笑)。


ライブ、アルバムと広がるKATARIの世界
――現在はいくつかの楽曲をYouTube上でアップしていますが、新鮮な反響が多いですね。敷居を下げるという神尾さんの目論見も達成されているように思えます。

神尾 そうですね。学生さんから「この詩集を読んでみました」とか、「KATARIを知って国語の授業が楽しくなりました」とかお手紙をいただいたり、教育実習生の方から「授業で動画を流してもいいですか?」って言われたり。当初の目論見通りというか、そこは叶えられていますね。

間宮 僕は最初怖かったですけどね、YouTubeにあげるというのは。

神尾 文学ファンもいらっしゃいますからね。そこから見てどうなのかっていうところもありますし。

間宮 でも今は反響がすごく優しくて、これまでインターネットで叩かれ続けた身としては「なんでこんなに優しいの?YouTubeすごい!」って(笑)。

神尾 そこから解釈が違うという意見あってこその文学や音楽だと思うので。

――あと、1曲を12時間ループした「作業/睡眠用BGM」バージョンも好評ですね。

神尾 そう。それは僕が欲しいって言った。

――あれもファンにとっては嬉しい、今っぽい聴き方だなと。

間宮 すごすぎる。訓練されすぎって(笑)。

神尾 聴いていると僕も眠れますしね。

間宮 そのなかに遊び心も入れて、4時間おきに神尾さんが語りかけてくれるという。

――そして8月30日には初の単独ライブ独奏会“嚆矢”が開催されました。これがまた楽曲の世界をライブで再現するという素晴らしいものでした。

神尾 ライブなのに全然観客の方を見ない、世界観をハンマーにしてぶん殴るという(笑)。

間宮 あそこに至るまでにシステム的にも葛藤というか、すごい練り上げが必要だったんですよ。あの世界観を保ったままどういうライブにしようかってなったときに、まず僕は音を止めたくないって思って。MCはしたくない、じゃあ曲と曲の間に朗読をしてはどうか、というアイデアを出したんです。

神尾 そもそも途中で朗読を入れないと総尺的にもライブとして成立しないよね、と。でもそこで音を止めないというアイデアが出てきて……。

間宮 世界観を保ちながら、次の曲への高揚感を作るにはどうしたらいいんだろう、PAさんにあまり負担をかけないで繋ぎや演出をスムーズに行うにはどうしたらいいんだろうってなったときに、大きなシステムを閃いてしまったんです。単純にいうと、神尾さんに曲の送りをやってもらおうって。

神尾 それで僕の足元にペダルが置いてあったんですよね。

間宮 本当に申し訳ないんですけど、神尾さんに次の曲にいくきっかけを作ってもらおうと。

――なるほど。曲が終わって次の曲に入る前にインタールード的な朗読が入って次の曲へいく、そののスイッチを神尾さんのタイミングでやるわけですね。

神尾 あのとき舞台で僕が持っていた台本にはライブでやっていない詩がたくさん載っているんですよ。そのページをめくって、その場でどの詩にしようって選んでいるんです。じゃあ雰囲気を見て「この詩からいくか」って。だからリハでも毎回朗読する詩が違いました。

間宮 そこで僕が尺をコントロールできないから、神尾さんにお願いして。

神尾 僕の朗読が終わって、足でスイッチングして、次の本編が始まるという。僕は初めに詩集のタイトルの作者の名前を言、その季節も考慮して、夏の詩にしようかなとか、次の曲が高見 順ならこれかなとか、立原道造ならこれかなって選ぶ。そういうたくさんの詩が載っている詩集が……公式グッズで販売しました(笑)。

間宮 そう、完売しました(笑)。で、そこに至るまでがまた大変で……Ableton Liveという、ライブ向きのDAW(音楽制作ソフトウェア)があって、それをめちゃくちゃ勉強しました。神尾さんがどのタイミングでスイッチを踏んでも、ビートを損なうことなく次の曲にいける仕組みを作らなくてはいけなかったんですよ。いつの間にか次の曲にいっているというシームレスな感じを尺を決めずに実現するには、どうすればいいか、色々な設定を考えました。

神尾 どんなミスにも対応できるようにしているんですよね。

間宮 それをメインとサブで作って、メインが死んでもサブを動かすみたいな。ライブでも僕の後ろにあっためちゃくちゃ大きいラックを組まないといけなくなったんですよ(笑)。

神尾 それを僕は、うっかり2回踏んじゃって曲を飛ばしそうになったという(笑)。それを察したゆっぺくんに助けてもらいました。

間宮 そのときはすぐにサブに切り替えてことなきを得たという。僕にとって、ライブは当日までが勝負だったというか。始まったらほぼ立って歌っているだけなので(笑)。その仕組みを作るまでに時間がかかりましたから。

神尾 当日までが勝負の人がいて、当日からが勝負の男がいるという(笑)。

――即興性を持った構成で、それに対応したサウンドシステムを構築するという、まさにライブだからこそ味わえるカタルシスがありますね。そして10月31日には、同人音楽即売会“M3”にて、初のアルバム『KATARI第一集「開架」』が先行リリースされます。(取材時“M3”開催前)

神尾 そうですね。アルバムにはこれまで発表した曲のほかに、10月曲と11月曲が入ります。

間宮 ……まだ出来ておりません(笑)。

神尾 歌や朗読の収録は終わって、あとはゆっぺさんが頑張るだけです。本当に申し訳ない(笑)。

間宮 今の音楽って、サブスクとかデータが中心で、僕はもう自分でCDを作ることはあまりないんだろうなって思っていたんですよ。そんななかでこうしてCDを出すことができるのは巡り合わせかなって思っていて。本もどんどん電子書籍になっているけど、神尾さんがライブで使っていた詩集のレプリカが売れているのを見る限り、人はまだ物体を欲しているんだなと。

神尾 そうですね、所有欲というのもあるし。

間宮 僕は所有欲を「なくそう、なくそう」って日々過ごしているんですけど、しかしながら“物”にはデータにはないパワーがあるんだなって再確認できました。読み終わった本や漫画も本棚に置いて飾るじゃないですか。そこにはその作品の力が宿っているというか。物体が持っている力というものを、KATARIを通して実感できているという。CDはこれから、昔でいうヴァイナルやテープみたいになっていくと思うんですけど、CDにもCDの歴史という力が宿っていくんだろうなって。その1ページをKATARIで刻めたのは良かったと思います。

神尾 もしかしたら今度はテープで出すかもしれないし(笑)。

間宮 ヴァイナル出したいっすね。KATARIを擦ったら楽しそうだなって。

神尾 そこは夢ですから。DJに僕の声を使ってほしい!(笑)。

――さて、今年産声をあげたKATARIですが、今後に向けてお二人はどう考えていますか?

神尾 まず、月1曲のペースで僕らが作りたい作品を作る。「この詩で作ってください」っていうコメントもいただくんですけど、一切無視するという(笑)。僕の食指が動かないと編纂できないので。偏りはあるかもしれないですけど、僕の目論見云々で言うと、海外でも日本でも評価されてほしいですね。あとはKATARIの歌ってみたが欲しいですね(笑)。

――“語ってみた”ですか(笑)。

神尾 誰もやってくれないんだよなあ(笑)。

間宮 できないかな?(笑)。僕的には神尾さんが一番の正解だと思うから、それを崩すような、むしろトラックに乗せてテーマ性を保っても保たなくてもいいから“ラップしてみた”とかも聴いてみたい。

神尾 悪い意味じゃなくて模倣したものが生まれるは良いことですよね。あとはフィーチャリングもしてみたいです、僕の事務所にも文学好きの声優がいるので。

間宮 具体例としては結構イメージがあって、例えば「雨ニモマケズ」でチェロの人とコラボしたいとか。

神尾 良いですねえ。そしたら「セロ弾きのゴーシュ」(宮沢賢治作の童話)ができますね。世界観がより広がる。

間宮 全部生楽器でやってみたらどうなるのかなっていうのは試してみたい。なんでもできるので。

神尾 本当になんでもできると思うんですよね。リリックが枯渇することはないし、名文しかないので。

TEXT & INTERVIEW BY 澄川龍一

●リリース情報
『KATARI 第一集「開架」』

2022年1月31日発売


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価格:2,200(税込み)
収録曲9曲


関連リンク
KATARI Twitter
https://twitter.com/KATARI0803

KATARI YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCPMEwGRBvZ5euobzws8U9Fg/featured

神尾晋一郎 公式Twitter
https://twitter.com/s_kamio113

間宮丈裕(ゆよゆっぺ)公式Twitter
https://twitter.com/yupeyupe
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