声優としてのみならずシンガーソングライターとしても目覚ましい活躍を見せている楠木ともりが、自身初にして2枚組となる1stアルバム『PRESENCE / ABSENCE』をリリースした。2020年のメジャーデビュー以降に発表してきたEP4作品からの全楽曲に加え、Cö shu Nie、TOOBOE、ハルカトミユキ、meiyoからの楽曲提供を含む6曲の新曲を収録。
彼女のこれまでの音楽活動の軌跡をアルバムのテーマに沿った新たな視座で体感できるのみならず、そのクリエイティブの最新の形や本質的な部分にも触れることのできる作品となっている。楠木ともりが今、音楽を通して表現したいもの、伝えたいこととは何なのか。新曲の制作エピソードを中心にアルバムの全容に迫る!

INTERVIEW & TEXT BY 北野 創(リスアニ!)

“存在”と“不在”の両視点から浮かび上がる新たな音世界
――待望の1stアルバムは『PRESENCE』と『ABSENCE』の2枚組ということで、“リスアニ!LIVE 2023”のMCで発表されたときは驚きました。

楠木ともり 私は今まで4枚のEPをリリースしてきたのですが、どの作品も収録曲を全部聴いていただきたい気持ちで作っていたので、今回アルバムにまとめるとなったときに、1曲も削りたくないし、全部聴いてもらいたいと思ったんです。そうしたらレーベルスタッフの方が「じゃあ全部入れましょう」ということで、2枚組にすることを提案してくださって。そこから、コンセプトもしっかりと分かれていたほうがいいんじゃないかということで、『PRESENCE』と『ABSENCE』になりました。


――『PRESENCE』は“存在”、『ABSENCE』は“不在”を意味する言葉ですが、こちらのタイトルおよびテーマは楠木さんのアイデア?

楠木 はい。色々考えているなかで、英語の対義語リストを集めたサイトでこのワードを見つけて、すごく引っ掛かりを感じたんです。今まで自分が書いてきた楽曲は、「自分と誰か」とか「自分の中の自分」みたいに、何かしらの「存在」に向けて書いたものが多かったので、“存在”と“不在”というテーマであれば、全部の楽曲に当てはまる1つの共通項になるんじゃないかと。スタッフの皆さんも満場一致でこのタイトルに決まりました。

――実際、既存曲も“存在”と“不在”というテーマに合わせてバランスよく分かれて収録されています。

楠木 そのアルバムのテーマが決まった時点で、既存曲を私の所感でバーッと振り分けてみたら、たまたま曲数が同じになったので「オッ!」と思って。
それぞれに振り分けられた表題曲の数や全体のバランスも良さそうだったので、そこはすぐに決まりました。

――それはすごい。普段から“存在”と“不在”を意識して楽曲を書いているわけではないと思うのですが、分ける作業の中で新たな気付きもあったのでは? 例えばご自身の作風における二面性とか。

楠木 二面性というよりは、どの楽曲にも“存在”と“不在”の要素が入っていると思っていて。結局、その楽曲の主人公視点で考えたときに、どちらをメインで歌いたいかな、という部分で分けたところがあります。例えば「アカトキ」は自分の存在を肯定するような楽曲なので『PRESENCE』だと思いましたし、「遣らずの雨」の場合は“相手”という“存在”がいなくなってしまうことを歌っているので『ABSENCE』が合うと思って。


――各楽曲における“存在”と“不在”の視点の切り取り方を意識して振り分けていったと。また今回のアルバムでは、4組のアーティストからの楽曲提供も大きなトピックですが、楠木さんが作詞・作曲も含めてマルっと楽曲提供を受けるのは今回が初ですよね。

楠木 実は以前からずっと、これまでお世話になってきた方に書き下ろしてもらった楽曲だけで構成したアルバムをいつか出したい野望を持っていたのですが、今回は記念すべき1stアルバムなので、それを一度やってみようということで、自分が大好きな人たちにお願いしました。自分へのプレゼントじゃないですけど(笑)。

TOOBOE、Cö shu Nie、江口 亮らと作り上げた存在感ある新曲
――ここからは各タイトルに収録された新曲について、順番にお話を聞いていきます。まずは『PRESENCE』の1曲目「presence」。
これは楠木さんご自身が作詞・作曲していますが、2枚組のアルバムの最初を飾る楽曲を意識して制作したのでしょうか。


楠木 まさしくその通りです。今回は2枚で1つの作品という気持ちだったので、そのオープニングとして盛り上がりつつも、グッと引き込まれる楽曲にしたいと思って。あと、スタッフさんに「明るい曲を書いてみよう」って言われていたんです(笑)。というのも、ライブのセトリを考えていたときに、「僕の見る世界、君の見る世界」みたいな、みんなで盛り上がれて明るい気持ちになれる楽曲が少ないという話になって。

――言われてみればそうかもしれません。


楠木 私の今までの楽曲をBPMや楽曲の系統別のグラフでまとめていただいたときにも、1か所だけ、「アップテンポ」で「明るい曲」の部分がガラ空きだったんです。じゃあ、ということで書き始めたんですけど、すごく難しかったです(笑)。

――一番書き慣れていないところなわけですからね。

楠木 「presence」というテーマは決まっていたので、“存在証明”みたいな感じの強くて明るい曲にしようと思って、詞先で書き始めたんですけど、ちょうどその時期、落ち込むことが多くて、どうにも明るい言葉が出てこなくて。歌詞に“鬱血してる”というワードがありますけど、その言葉は初期案からあったもので、最初はそういう感じが続いてずっと暗かったんです(苦笑)。それで一旦、筆を置いて考えたときに、曲を書きたい気持ちはすごくあったので、「なんでそれが明るい方向に向かないんだろう?」って思ったんですね。
その瞬間、「ああ、この気持ちを曲にしたらいいんだ!」と思って。

――なるほど。ご自身のそのときの心境をそのまま形にされたと。

楠木 この楽曲は“衝動”が1つのテーマになっているのですが、私は誰もが色んな衝動を持っていると思っていて。「何かをしたい」とか「これを作りたい」みたいに強いパワーがあるけど、それはいざ外に出してみないとどの方向に向かうかわからない。そういう衝動をポジティブな方向に向けていきたい!ということを歌った楽曲にしました。

――ご自身の中にくすぶっていた形にならない衝動をポジティブに転換したわけですね。確かにこの歌詞、最初は言葉にならない感情に対して苛立ちのような部分も感じられますが、最終的には“僕でいいんだ”と肯定感のある言葉で締め括られます。

楠木 この楽曲、実は「遣らずの雨」通じる部分がありまして。Dメロの“誰かのためじゃない 僕自身を笑わせるため”という歌詞は、「遣らずの雨」の“君の笑顔で誰かが救われるのに 君の笑顔は誰も守らないのか”と真逆の関係になっているんです。「遣らずの雨」は周りに気を使い過ぎたことで自分を守れなくなってしまった曲なのですが、「presence」も最初はそうなりかけて暗闇を進んでいきつつ、結局、今は自分のためにパワーを使ってみようと思えたことで、明るい方向に進んでいける流れになっていて。この楽曲を聴いてくれた方が、自分でもよくわからない何かに対するパワーを明るい明日に繋げてほしい、という思いで書きました。

――そんな本楽曲のアレンジは江口 亮さんが担当。楠木さんとは、2022年に発表されたVtuberプロジェクト「VERSEⁿ」発の楽曲「空想」でご一緒されていました。

楠木 その流れもありましたし、私も元々さユりさんの楽曲とかで江口さんのアレンジに触れていて大好きだったので、今回お願いさせていただきました。

――先ほど、明るくアップテンポな楽曲を目指して作ったというお話もありましたが、まさにそのイメージに沿った爽快感のあるバンドサウンドに仕上がっています。

楠木 江口さんには、楽曲のイメージとメッセージをお話して、リファレンスとして色んなアーティストさんの楽曲もお伝えしていたのですが、最初はなかなか良い落としどころが見つからなかったんです。私としては、粗削りなくらいのバンドサウンドで、でも、明るくて、開放感もあって、エモーショナルな雰囲気もあって……みたいなお話をしていたのですが、それがなかなかまとまらなくて。そんなときに江口さんから「じゃあ楽曲のイメージカラーはありますか?」と聞かれたので、私の中でこの楽曲は屋上の景色が浮かんでいて、でもカラッカラに明るい感じではなくて、ちょっと海の底に沈む瞬間もあるようなイメージだったので「青緑」と、開放的で眩しい「白」とお伝えしたら、江口さんが「わかりました!じゃあ作ってみます」と言ってくださったんです。私は「今ので何がわかるんだろう?」と思ったんですけど(笑)、アレンジが上がってきたら私のイメージにピッタリだったので感動しました。

――イントロから鮮烈な色彩感が感じられて、今までの楠木さんの楽曲にはあまりないものを感じました。

楠木 ありがとうございます!これがアルバムの最初の楽曲ですし、ライブでやることも想定して、イントロを聴いた瞬間にどの楽曲かわかるくらい印象的なものにしたいとお伝えしたら、ギターから始まるイントロにしていただきました。それこそ「僕の見る世界、君の見る世界」はライブのとき、イントロのハイハットから「ドゥクドゥンドゥン♪」のところで、みんなが「キターッ!」ってなってタオルを準備してくれるんですよ。この楽曲でもみんなライブで盛り上がってもらえたらと思います。

――MVも拝見しましたが、先ほどお話されていた屋上のイメージが落とし込まれているような映像になっていますね。ビルの屋上でバンドと一緒に楽曲をパフォーマンスされていて。

楠木 そのイメージは監督にもお伝えしていて。撮影のときの天気も良くて、いつもは天気が思い通りにならないんですけど、やっと晴れました(笑)。それとあの場所、実は「遣らずの雨」のジャケットを撮影したのと同じ場所なんです。たまたまだったのですが、ファンの皆さんも結構気づいてくださっていて、よく見てくれてるんだなあと思って嬉しかったです(笑)。

――そして『PRESENCE』の4曲目に収録されているのが、TOOBOEさんから提供を受けた新曲「青天の霹靂」。打ち込み要素の入ったデジタルでワイルドなロックンロールです。

楠木 アップテンポでドロッとした感じ、少し毒々しさのあるボカロサウンドっぽいものにしたいということで、ボカロPさんにお願いしようというところから始まった楽曲です。TOOBOEさんは『チェンソーマン』でご一緒させていただいて、私のラジオ番組(「楠木ともり The Music Reverie」)にもゲストでお越しくださったのですが、そこでお話するなかでシンパシーを感じたんです。TOOBOEさんの「心臓」という楽曲のテイストが、私の中にあったイメージとすごく近かったので、それをリファレンスとしてお願いしました。

――実際に楽曲を受け取ったときの印象はいかがでしたか?

楠木 歌詞もアレンジも含めてすべてがTOOBOEさん節全開で、すごくテンションが上がりました!実は今回のアルバム、楽曲提供いただいたアーティストさんには、“存在”と“不在”というアルバムのコンセプトとそのどちらに収録されるか、あとは今お話したようなふんわりとしたことくらいしかお伝えしていなくて、あまり細かい発注はしていないんです。そして、TOOBOEさんからは逆に「どんなときに曲を書かれるんですか?」という質問をいただいて、私は自分の気持ちを吐き出すために楽曲を書くことが多いので、そのことをお伝えしたら、この楽曲を書いてくださって。全体的に日々の鬱憤や自分に対する嫌悪感、そこから転じた世間への嫌悪感とか、色んなぶつける気持ちが出ているので、歌っていて気持ちよかったです。

――自分もただただ感情を吐き出すような楽曲に感じました。

楠木 自分に自信があったうえで周りに当たり散らすのではなくて、とにかく自分に自信がなくて、自分が嫌いで、でもこの自分が馴染めない世界も嫌で、みたいな。自信の無さから生まれる負け犬魂みたいなところが、すごくTOOBOEさんの楽曲らしいなあと思いました。私もネガティブな要素を切り取ったパワーのある楽曲を書いていますけど、この曲は1個1個のフレーズごとに、その人の生きてきた人生やバックボーンが読み取れる気がするんです。“万能じゃない私って呆れる程に臆病で”はただ臆病なだけでなく、万能ではないことに対するコンプレックスがあるんだろうな、とか。歌っていてもそういう表情が浮かんでくるので、レコーディングのプランもすぐ固まりました。

――先ほどTOOBOEさんにシンパシーを感じるとお話していましたが、この歌詞の世界観にも共感できる部分はある?

楠木 これはTOOBOEさんにもお話したと思うんですけど、私は日々劣等感を感じながら生きてきたタイプの人間なんです。そういう劣等感を感じるから、どうにか人に好かれようと、褒められようと、認められようと、努力してきたところがあって。好きで努力したというよりも、認められるために努力してきたタイプなので、結局、自分の根幹にあるのは劣等感なんです。だからそういうところが共感できるのかなって、勝手に思っています。

――それとこの楽曲、長さが3分未満で、あっという間に駆け抜けていきますよね。

楠木 そうなんですよ。短いんだけど、その短さを感じさせない怒涛の展開で、耳に残るメロディがあって。

――Bメロで不思議な転調をしますし。

楠木 ここで心の不安定さが出る感じがしますよね。この楽曲は、外に向けてのすごく当たりの強いパワーと、それを自分に向けている部分が混在していて。サビはずっと自分に向けて当たり散らしていますけど、平歌の部分は結構外に向けて歌っているので、その差や視点の切り替わりを意識して歌うのが楽しかったです。

――Dメロで柔らかな歌い口になるところの、抑揚の切り替わりも印象的でした。

楠木 この部分は自分の中で“暗転”みたいなイメージがあります。それまでは、周りや色んなところにアタックをしているけど、ここで急に我に返ってしまうというか、自分の尖ったもので守っていた内側の、やわやわな部分が出てきてしまうところが人間っぽいなあと思って。なのでここは絶対に弱めに歌おうと思っていました。生バンドと一緒にやるとしたら、どんなアレンジになるのかがすごく楽しみだし、早くライブで歌いたい!



――『PRESENCE』の7曲目「BONE ASH」を提供したのはCö shu Nie。聴く前から楠木さんとは絶対に相性がいいだろうなと思いました。

楠木 私も音楽的にすごく影響を受けているアーティストで、実はこれまでもCö shu Nieさんの楽曲のテイストをリファレンスにして制作した楽曲もあって。なので今回、絶対にご一緒したくてお願いしました。「BONE ASH」に関しては、Cö shu Nieさんの毒があるけど気高い存在感に私も触れてみたかったので、“不在”よりも“存在”側のほうが合う気がして。あとは「青天の霹靂」がアップテンポだったので、この曲ではテンポにはこだわらず、Cö shu Nieさん節が全開なものとしてお願いしました。

――かなりざっくりとしたオーダーだったんですね。

楠木 多分、今回の中ではCö shu Nieさんが一番ざっくりしていました。「好きです!Cö shu Nieさん全開でお願いします!」みたいな感じで(笑)。そうしたら中村未来さんから「幼少期はどんな子でしたか?」「家族構成は?」みたいな感じで、自分が育ってきた環境についてたくさん聞かれて。その中で生まれたのが“ノートはきっちりととる派 間違えないの予習復習 やれるだけやるわ”という歌詞だったんです。私はかなり厳しく育てられたがゆえに、真面目で優等生なタイプだったんですけど、だからこそ友達とあまりうまくいかなくなった経験があって。その話を基に作っていただいた歌詞だそうです。

――なるほど。歌詞に“燃やして今ここにある孤独を”とありますが、全体的に“孤独”であることを肯定するようなニュアンスが感じられました。

楠木 “孤独”であることすらを燃やして原動力にしているような、自分の生き様を凛とさせて、弱さや辛い部分があっても、周りにはそれを見せずに強く生きるようなテイストがありますよね。未来さんの中では、私が積もっている灰をフーッと吹いて、「何ですか?」みたいに凛としているイメージを持っていただいたみたいで。“やれるだけやるわ”という歌詞も自分のスタンスに結構近くて。「成功させる」「完璧にやる」ではなくて、自分のできないことも認めたうえで、でもベストは尽くすというのが、自分のポリシーでもあるんです。そこに重なる部分もあって、仕事前にこの曲を聴くとすごくやる気が出て元気になれる曲です。

――サウンド的にも、カオティックななかに優雅さが感じられて、Cö shu Nieさんらしさが全開ですよね。

楠木 クラシカルで大人な感じもありつつ、定まりきらないあどけなさも感じるというか。そのアンバランスな部分がこの楽曲のバランスになっているように感じました。

――ファルセットを織り込んだ歌い方に未来さんっぽさを感じたりもしたのですが、その辺りは意識されたのでしょうか。

楠木 仮歌を未来さんが歌っていて、ディレクションも未来さんがその場でサラッと歌って教えてくださるので、私は「はい!」っていう感じで歌って(笑)。なので裏声で抜いたり、リズムの取り方といったテクニカルな部分ではすごく参考にさせていただきましたが、自分の曲にしなくてはいけないので、似せるようなことはしませんでした。印象に残っているのが、サビで頻繁に裏声にひっくり返るところで。ここで未来さんが「強さを出すためにミックスボイスにしてみましょう」と言ってくださったんですけど、私の中のイメージが違っていたのか、なかなか切り替えられずにいたら、「こっちのほうが素敵かもしれないので、このまま行きましょう」と言ってくださって。自分の中にプランがありつつ、ディレクションで俯瞰的に見ていただく部分もあって、すごく丁寧に録らせていただきました。



ハルカトミユキからの“手紙”、meiyoがもたらした“意外性”
――続いて『ABSENCE』収録の新曲について。サイケでストレンジなポップソング「StrangeX」はmeiyoさん提供ということで、「バンめし♪」の頃から楠木さんの活動を追いかけている身としては、嬉しいコラボレーションでした。

楠木 そうなんです!meiyoさんに絶対にお願いしたくて。この楽曲に関しては、「こういう楽曲にしたい!」というイメージが一番強くあったんです。自分の大切なものを失ってしまって、空っぽになってしまったような、でもそれで落ち込むでもなく、ただ何か大事なものが抜けてしまっている子、というのを描きたくて。今までの私の楽曲は、何かが欠けても、それによって感情が強く出る曲が多かったんですけど、あえて感情がまったく出ない曲を作りたいとずっと思っていたんです。でも、EPにそういう楽曲を入れると存在感が強くなりすぎて浮きそうだったので、ずっと取り組めずにいて。

――だから今回のアルバムのタイミングで取り組むことにしたと。

楠木 はい。meiyoさんには、スローテンポかミドルテンポで、歌い方も上手く聴こえる要素を排除してとにかく訥々と、でも近くで聴いたときにちょっとドキッとするような要素を入れたいというお話をして。meiyoさんは最近、バズっている曲をたくさん書かれていますけど、そういうmeiyoさんらしいポップで耳に残る要素もありつつ、ワタナベタカシ名義で活動されていたときの、温かさや血が通っているニュアンスがあると嬉しいなと思って、バンドアレンジっぽいものというお願いをしました。リファレンスとして異国感があって不思議な感じの楽曲をお伝えして。

――楽曲が届いたときの印象はいかがでしたか?

楠木 まず歌詞を読んでビックリしたんですけど、その後に楽曲を聴いたら「なるほど!」と思いました。字面だけで見るとよくわからないけど、1つのメロディラインに乗せるとすごくきれいで耳に残るし、その中にもこの楽曲の主人公が考えている思考がうっすら見える気がして。あと、meiyoさんの仮歌が入っていたんですけど、キーに合わせて(声のピッチを)無理やり上げていたので、ちょっと機械みたいな感じになっていたんですよ(笑)。それと楽曲の内容も相まって、最初はロボット感をすごく感じていたのですが、その後に弦が入った完成版の音源を聴いたときに、血が通ってロボットから人間になった印象があって。そこで「ああ、meiyoさんだ」と思ったことを覚えています。

――レコーディングでは、感情が希薄な歌い方を意識したわけですか?

楠木 はい。節回しは付けず、淡々と音を辿る感じで。ただ、真っ直ぐ歌い過ぎると面白みに欠けると思ったので、子音に気を使って歌いました。例えば“トントコタン”のところも、「T」の音をただ「ト」と発音するのではなくて、「ッ」っていうちょっとした音が入るようにしたり、サビの“…助けてお願い”は「お」の音が一番高いんですけど、ここもただ音を当てるのではなく、ちょっとかすれるようにしていて。そうすることで脆さが出て、守ってあげたくなるような響きを意識しました。この楽曲が一番、声優としてのスキルを存分に使ったと思います。

――イヤホンで聴くと本当にそばでささやかれているような感覚もありました。

楠木 特に最後の部分はLRにパンしているので「声が左右からめっちゃくる……!」みたいな感じになりますよね(笑)。耳で細かく楽しめる曲になったので、理想としては、みんなの仕事中に耳の中で勝手に流れるくらい耳について離れない感じになってくれたらいいなと思います。



――そして『ABSENCE』の10曲目に収録されたのが、楠木さんが以前からファンと公言されているハルカトミユキが提供した「それを僕は強さと呼びたい」です。

楠木 中学生の頃から大好きなので、その頃の自分に教えてあげたいくらいです(笑)。夢が叶った瞬間でした。

――それこそラジオにゲスト出演していただいたり、以前から交流はあったわけですが、ハルカトミユキのお二人にはどんな風にお願いしたんですか?

楠木 この楽曲に関しては、“不在”というネガティブなテーマではあるのですが、どちらかと言えばライブの終盤にハマる、感情がグッとなるような爽やかなロック、というお願いをしまして。私はハルミユさんの楽曲の、歌詞自体には暗くて引き込まれる部分があるけど、それを爽やかで明るいサウンドに乗せて歌われているところがすごく好きで。なので自分の中でミソだった「テーマは暗いけど曲調は明るい楽曲」ということでお願いしました。

――ただ歌詞に目を向けると、暗いだけではないですよね。

楠木 むしろ真っ暗な部分に向き合っている自分たちの逞しさみたいなところを表現してくださっていて。ハルカさんも最初は「楽曲は明るいけどテーマは“不在”」ということで、歌詞をどうするか悩まれたらしいのですが、“何一つ生まれない日も生きていること”を“強さと呼びたい”という言葉が、まさしくハルカさんらしい、人を表面ではなく深いところまで見ているからこそ出てくるフレーズだと感じました。この楽曲に関しては、ハルカさんからお手紙をいただいたような気持ちになりました。

――個人的にはDメロの“美しさや感動さえ その辺でもらえる世界でさ”で始まる一連のフレーズにハッとさせられました。

楠木 わかります!それこそ今の時代はモノが手軽に溢れすぎていて、楽しいことや趣味へのハードルが悪い意味でも下がっている気がしていて。変な話、無料が当たり前みたいに捉えられがちで、だからこそ、こだわりが素直に届かないということもあると思うんですけど、それでも何かを作ることやより良いものを届けたい気持ちというのは捨てられないし、この歌詞もそれを諦めようというニュアンスは感じられなくて。しかもその部分に“灯す”という言葉を使っていただいてることにすごく愛を感じました。

――冒頭の“悲しいとか悔しいとか 簡単な言葉にしないのは”という歌詞を含めて、自分の中にある自分だけの感情や信念をわかりやすい言葉で括らない強さを、この楽曲からは感じます。

楠木 私も「悲しい」や「悔しい」といった言葉をあまり使わないで、じゃあ「悲しい」の中にどんな感情がさらにあるのかを表現することを、楽曲を書くうえで大切にしていて。きっとこの楽曲は、音楽でも映像でも自分のこだわりを持ちながら何かを作っている、“作り手”の側の人たちにすごく刺さる曲だと思うんです。この曲の映像(リリックビデオ)を作ってくださったKazz Fukudaさんも、Twitterで「涙しながら制作しておりました」とつぶやかれていて。何かを一生懸命形にしている人たちが日々抱えているものを言語化してくれているような感じがしました。

――確かに。

楠木 ただ、私は“作り手”のポジションでこの楽曲を受け止めてしまいますけど、だからといってファンの人もこの楽曲が他人事には聞こえないんじゃないかと思っていて。ハルカさんの歌詞のすごいところは、「自分のことを歌ってくれている……!」って思えるんですよね。それぞれのシチュエーションに合った情景が浮かんでくる楽曲だからこそ、たくさんの人に届いてほしいなと感じます。

――本当にいい曲ですよね。

楠木 ミックスやマスタリングのときも、毎回ウルウルしてしまって。特に自分が何かモノを作っているときに聴くとダメですね(笑)。でも、聴いていると自分が鼓舞されて、「前を向いて頑張ろう」と思える楽曲になっていて。きっとこのお仕事をしている限り、ずっと聴き続ける曲になると思います。私はこの曲のハルカさんが歌っているバージョンをリリースしてほしい(笑)。

――それはぜひいつか実現してほしいです。

楠木 でも、ほかの楽曲は基本自分がコーラスも歌っているのですが、この楽曲だけは自分からお願いしてハルカさんにもコーラスを歌っていただいたんです。私がこの楽曲自体に“手紙”という印象があったので、自分だけではなく、後ろから背中を押してくれるような要素が欲しいと思ったときに、「私ならハルカさんの歌声がいい」と思って。

――自分へのご褒美ですね。

楠木 本当にその通りです!



“不在”の実感と今の率直な気持ちを刻んだ「absence」
――そして2枚組アルバムの締めとなるのが、楠木さんご自身が作詞・作曲されたバラード「absence」。こちらは昨年末のライブ“Kusunoki Tomori Birthday Live 2022『RINGLEAM』”東京公演で初披露されていて、そのときに退職されたマネージャーさんのことを想って書いたとお話されていましたね。

楠木 ずっとお世話になっていたマネージャーさんが、別のお仕事に就かれるということで退職したのですが、私はそのことにすごく落ち込んでしまって……それが「presence」で明るい歌詞を書けなかった理由でもあるんですけど、その誰かを想って落ち込むことのできる気持ちを形に残して、いつまでも思い出せるようにしておきたかったし、マネージャーさんへの気持ちをずっと届くものにしたくて、世に出すかどうかはともかく楽曲にするプランがまずあったんです。その後、アルバムのテーマが決まったときに、“absence=不在”というテーマがそのときの自分の気持ちにすごくフィットしたんですね。なのでこれは収録するしかないと思って、新曲の中では最初に出来た曲でした。

――歌詞にはそういった誰かの“不在”に対する今の気持ちだけでなく、回想の要素が強く感じられます。

楠木 そうですね。特にDメロの“どこまでも青い空”から“君と一緒がよかったよ”までの部分は、急に情景描写が入っているのですが、これは「alive」を書くときにイメージしていた景色を取り入れていて。

――そうだったんですね。「alive」は、楠木さんが久々に行った有観客ワンマンのステージから見た景色を描いた楽曲でした。

楠木 「alive」は私がファンの人と一緒に見てきた景色だとすると、マネージャーさんもその景色を一緒に見てきたわけなんですよね。だから一緒にいた日々を思い出すと、同じように穏やかな景色が浮かぶので、それを歌詞に入れてみて。それと声の震えといった細かいニュアンスまで聴こえる楽曲にしたかったので、アレンジも最小限の楽器数、ピアノと弦だけと決めて、(徳澤)青弦さんにアレンジをお願いしました。

――徳澤さんとは過去にご縁があったのですか?

楠木 以前に「With ensemble」という企画に参加させていただいたのですが、その音楽監督を務めていらっしゃったのが青弦さんで。特に「バニラ」が好きなんですけど、その「With ensemble」で歌ったときの感情が震えてボーカルがスッと出てくるアレンジが大好きだったので、この曲は青弦さんにお願いしました。なので今回の新曲は全部、私がこれまでお世話になった方や好きな方にお願いしています。

――この楽曲、言い方が難しいのですが、ただ“不在”という状況を受け止めたうえで前向きになるのではなく、“不在”自体の意味というか、“不在”が与えてくれる感情をしっかりと形にしているような気がしました。

楠木 そうですね。“不在”を糧にして、それを忘れて前を向くという楽曲ではなくて。あくまでしっかりと受け止めて、自分の中に大切にしまったうえで、でもそこから得られたものを自分の糧にしていく曲にしたかったので。だから「前を向き過ぎる歌詞」にはしたくなかったけど、後ろ向き過ぎてもダメなので、そのバランスが難しかったです。ポジティブな言葉のあとに“けど”で逆説に持っていったり、でもそこから“それならば”でまた明るい方向に持っていったりして。自分の中の葛藤、明るい部分と暗い部分を行き来している感じを、なるべく歌詞に出したいなと思って作った曲です。

――本当に特別かつ大切な気持ちを形にした楽曲なんですね。

楠木 自分でもライブで泣かずに歌えるのか心配なぐらいで。そのときの気持ちをきれいに形にすることができて、いつでも思い出せる楽曲になったんですけど、それが吉と出るか凶と出るかっていう(笑)。ただ、去年のライブで初披露したときに、当時のマネージャーさんが見に来てくださっていたので、まずは届けることができて一安心しつつ、きっと自分のそのときの気持ちによって歌い方が変わると思うので、ライブでこの曲がどう変化していくのかが楽しみです。

――……正直、今もお話をしながら、かなりウルウルされていますよね。

楠木 そうなんですよね(苦笑)。この楽曲の話になるとダメなんですよ。でも、それだけ自分の心が動く曲になったと思いますし、ライブだとおそらくピアノだけをバックに歌うことになると思うので、より一層気持ちが揺さぶられるだろうなと思って、今から自分が心配です(笑)。

――以上、“存在”と“不在”をテーマに様々な楽曲を詰め込んだ2枚組アルバムになりましたが、ご自身としてはどんな作品になった実感がありますか?

楠木 今まで色んなジャンルの楽曲を作ってきたので、最初は結構ごちゃごちゃしちゃうかなと思っていたんですけど、意外とそういう印象はなくて、全部を通して聴いても、メリハリはあるけどスッと聴ける作品になったと思います。それはきっと“存在”と“不在”というテーマを設けて、同じ視点で聴けるからこそのまとまりが生まれたのかなと思っていて。これが今まで歩んできた自分のすべてだし、きっとこれからに向けた第一歩として、自分にとってすごく大切なものになっていくであろうことを感じられるアルバムになりました。

――そして7月から9月にかけて、本作を携えた全国ツアーの開催も決定しています。

楠木 初の全国ツアーで、かつメジャーデビューしてから初めての声出し解禁ライブになるんです!今まではせっかく一緒に歌える曲もあるのに、全然コミュニケーションが取れなくて。だから見せる形のライブにシフトしていたのですが、また初心に返って、みんなと一緒に相互的に楽しめる空間にしたいですし、より音楽を楽しめる空間にしていきたいので、ぜひ遊びに来てくれたら嬉しいです!

――楠木さんのライブは、それぞれの楽曲の世界観がしっかりと表現されるだけでなく、MCではファンとの距離を感じさせない素の楠木さんにも会えますからね。

楠木 はい(笑)。私、MCでは思わず1人に話しかけてしまうんですよね。「どこから来たの?」とか「疲れてない?」とか、声出しがダメなことを忘れて、つい質問してしまって。だから、声出し解禁になったことで、ようやくお話したりいじったりできるのが嬉しくて(笑)。なのでMCも楽しみにしていてほしいです!

●リリース情報
楠木ともり 1stアルバム
『PRESENCE / ABSENCE』
5月24日発売

【「PRESENCE」通常盤(CD)】

価格:¥3000+税
品番:VVCL-2260

【「ABSENCE」通常盤(CD)】

価格:¥3000+税
品番:VVCL-2261

【「PRESENCE / ABSENCE」初回生産限定盤(2CD)】
 
価格:¥8000+税
品番:VVCL-2257~9
・フォトブック同梱
・三方背スリーブ仕様

【「PRESENCE / ABSENCE」完全生産限定盤(2CD+BD)】

価格:¥12,000+税
品番:VVCL-2253~5
・グッズ同梱(レコード型コースター)
・スペシャルBOX仕様

『PRESENCE』
<CD>
01.presence
02.アカトキ
03.もうひとくち
04.青天の霹靂
05.ロマンロン
06.sketchbook
07.BONE ASH
08.ハミダシモノ
09.バニラ
10.タルヒ
11.alive

『ABSENCE』
<CD>
01.僕の見る世界、君の見る世界
02.眺めの空
03.山荷葉
04.Forced Shutdown
05.StrangeX
06.遣らずの雨
07.熾火
08.よりみち
09.narrow
10.それを僕は強さと呼びたい
11.absence

<完全生産限定盤Blu-ray>
Music Video
01. ハミダシモノ
02. Forced Shutdown
03. バニラ
04. narrow
05. 遣らずの雨
06. presence
07. absence

Lyric Video
01. 眺めの空
02. ロマンロン
03. 僕の見る世界、君の見る世界
04. sketchbook
05. アカトキ
06. よりみち
07. 熾火
08. タルヒ
09. 山荷葉
10. もうひとくち
11. alive
12. 青天の霹靂
13. BONE ASH
14. StrangeX
15. それを僕は強さと呼びたい

Kusunoki Tomori coming-of-age『WRAPPED///LIVE廿』
2019.12.29 EX THEATER ROPPONGI
01. スケッチブック
02. 眺めの空
03. クローバー
04. ロマンロン
05. アカトキ
06. バニラ
07. 僕の見る世界、君の見る世界

●ライブ情報
楠木ともり全国ライブツアー
【大阪公演】Zepp Namba(OSAKA)  2023年7月29日(土) open 17:00 / start 18:00
【名古屋公演】Zepp Nagoya  2023年8月6日(日) open 17:00 / start 18:00
【新潟公演】新潟LOTS  2023年8月13日(日) open 17:00 / start 17:30
【宮城公演】仙台PIT  2023年8月20日(日) open 17:00 / start 18:00
【福岡公演】Zepp Fukuoka  2023年8月26日(土) open 17:00 / start 18:00
【東京公演】TOKYO DOME CITY HALL  2023年9月2日(土) open 17:00 / start 18:00

チケット料金:指定席 7,700円(税込)
※入場時ドリンク代別途必要 ※未就学児童入場不可
枚数制限:お一人様1公演につき2枚まで

関連リンク
楠木ともり オフィシャルサイト
https://www.kusunokitomori.com/

楠木ともり オフィシャルTwitter
https://twitter.com/tomori_kusunoki

楠木ともり オフィシャルYouTube
https://www.youtube.com/channel/UCYU-61cZHXE0P48ZCxvs4cQ