nano.RIPEがアニメ『はたらく魔王さま!』にEDテーマとして「月花」「スターチャート」「ツマビクヒトリ」を提供してから10年。2023年7月から放映されている『はたらく魔王さま!!』2nd SeasonではOPテーマ「光のない街」を手がけ、堀内まり菜に提供した「水鏡の世界」を加えると計5曲の『魔王さま』楽曲を生み出してきた。
今回のミニアルバムは既存の3曲をきみコが歌い直し、堀内への提供楽曲をセルフカバーし、nano.RIPE×『はたらく魔王さま!!』ともいうべき1枚を世に送り出す。

さらには、新曲であり、様々な想いを込めた「スポットライター」を収録したnano.RIPE盤もリリース。バンドの、自身の10年が浮かび上がる1枚を前にしてきみコが語るnano.RIPEとは?

INTERVIEW & TEXT BY 清水耕司(セブンデイズウォー)

『はたらく魔王さま!』の世界に浸れる1枚を
――まずは今回のミニアルバムがどういった流れから生まれたのか教えてください。

きみコ OPテーマの話をいただいたとき、その前に(堀内)まり菜ちゃんに楽曲を提供させていただいたことがすごく大きくて。

――『はたらく魔王さま!!』1st SeasonのEDテーマ「水鏡の世界」ですね。

きみコ これで『魔王さま』シリーズに5曲も提供させてもらったことになるんですけど、1期はもう10年前にもなるので今回の2期から知った方もいるかもしれない、と考えたとき、この1枚を買えばnano.RIPEが関わった曲がすべて手に入る、という1つのパッケージを作りたいと思いました。
でも、もしも「水鏡の世界」を自分たちの楽曲としてリリースしていたら、今回もシングルとして発売するだけで終わりだったかもしれないんですけど、実際には楽曲提供はしてもnano.RIPEの楽曲としては形になっていない。ただ『魔王さま』のために書いた楽曲であることは変わりがない。というところで、nano.RIPEの名義で出したいというところもありました。

――nano.RIPE×『はたらく魔王さま!』というところでまとめれば2つの願いが一度に叶う、と。

きみコ そうですね。自分たちで歌っていなかったことがきっかけで逆に「全部集めちゃおう」という発想になりました。
それと一昨年にリリースされた、アニメ『のんのんびより』の主題歌集『のんのんびよりでいず』がすごく良くて。あのときも、nano.RIPEも3期のOPテーマとして「つぎはぎもよう」を書いたんですけどシングルリリースはされず、その1枚に収録されたんですね。あのアルバムは聴いていると『のんのん』の世界に浸れる1枚だったので、同じような1枚がnano.RIPE名義であってもいいのかな、という想いも生まれました。

――一方で、既存曲のセルフカバーもしています。そのまま収録するのではなく、歌い直した意図はどういったものでしたか?

きみコ そうですね。そこは悩んだんですけど、でもあたしの歌もこの10年間で結構変わってきたので。


――ライブでも歌い続けてきた曲でもありますね。

きみコ なので、「今のnano.RIPE」という1枚にしたかった、というところですね。「(今歌ったら)どうなるのかな?」という気持ちもあったんですけど、自分たちでも成長しているとは感じていましたし、後悔ではなく「今ならこう歌うな」という想いもありました。なので、聴き比べると面白いというか、「10年経ってこういう歌になりました」というところを見せたいという意味でも、今の歌を収録したいと思いました。それに、「光のない街」は、(2022年発売のアルバム『不眠症のネコと夜』の)アルバムレコーディングと同じ頃に録ったので1年くらいは経っているんですけど、その曲と並ぶものにしたいという気持ちも大きかったですね。

――歌に関して、この10年間でどのような変化がありましたか?

きみコ ここ5、6年でレコーディングに対する苦手意識がなくなってきました。
インディーズの頃からライブばかりしてきたバンドなので、狭いブースに入って自分の歌と向き合う、というのが苦手だったんですね。それで力んでしまった歌も結構多くて。それこそ10年前に「月花」「ツマビクヒトリ」「スターチャート」を録った頃は、「レコーディングだ、嫌だな」って気持ちになるくらいでした。

――歌が好きだからレコーディングで歌うことも好き、とはならなかったんですね。

きみコ 元々、歌うことが大好きというタイプでもなかったんですよ。

――そうなんですか?

きみコ そうなんです。
むしろ、小、中学校での音楽の授業は大嫌いで、「なんで人前で歌わされないといけないんだろう」と思っていたくらい苦手でした。ただ、ライブはその空間を素晴らしいものにすることが一番なので歌の正解ってないんですよね。でも、音源は色々なタイミングで色々なところで聴かれるし、やはりピッチのように歌における正解があるので、テンションだけでどうにかなるものではないんですよね。だから、ヘッドフォンで自分の声を聴きながら歌うことは結構ストレスでした。もっとこう歌いたいのに歌えない、というところもありますし。

――苦手意識が払拭されたきっかけはあったのでしょうか?

きみコ メンバー2人が抜けたタイミングで肩の荷が下りたというか。
もちろん大変な時期ではあったんですけど、ずっと肩肘を張っていたものが一回リセットされた感覚がありました。4人いた頃は「ちゃんとしなくちゃ」という気持ちが悪いほうに出ていたのが、それ以降のレコーディングでは良い感じに力が抜けるようになりました。それが実感できたことで「あ、レコーディングって楽しいかもしれない」と思い始めての最近、って感じですね。

――むしろ、2人になったことでより「頑張らなければ」という気持ちに至りそうな気もしますが、逆だったんですね?

きみコ もちろんそういう気持ちもあったんですけど、もうこれ以上の脱退はないだろうと思ったんですよね。2016年に脱退した2人も長く一緒にやっていましたけど、(きみコとササキジュンは)結成当時からのオリジナルメンバーとして高校から一緒だったので、どうしても「あたしとジュンのバンド」という壁が意識のうえであったと思います。それは誰がメンバーだったときも。

――レコーディングが楽しくなったことで歌にどのような変化がありましたか? 伸びやかになったとか?

きみコ そうですね。声に変なストレスがかかってないというのはすごく感じました。特に、4人で作った最後のアルバム『スペースエコー』はガッチガチだったんですよ、歌が。

――ここからは楽曲制作について教えてください。まず「光のない街」はどういったところから生まれた楽曲でしたか?

きみコ この曲はコロナ禍に書き留めたうちの1曲で、ワンコーラスだけデモとして作っていたんですけど、あたしもジュンもすごく気に入っていたんですね。今回お話をいただいて、『はたらく魔王さま!!』用にさらに書き下ろすことも考えたんですけど、ジュンと話す中でオープニングとしても良い曲だと思ったんです。なのでスタッフにも聴いてもらい、賛成してもらえたので選びました。エンディングだったらこの曲は絶対に候補として出なかったんですけどね。

――ワンコーラス分を作ったときのことを覚えていますか?

きみコ 覚えています。コロナ禍で活動も止まっちゃって、ライブもできなかったときに書いたんです。なので、タイトルもそのときのままで、ライブができず、みんなにも会えず、という想いをぶちまけた曲です(笑)。

――「光のない街」というタイトルですが、その中で光のある街を求める歌と感じました。

きみコ そうですね。明確な光が最後にあるわけではないんですけどそうありたい、と願う曲ですね。

――『はたらく魔王さま!!』にふさわしいと考えたのはどういったところですか?

きみコ 楽曲を書かせていただくときはいつも、「アニメのためだけの曲にならないように」「自分の気持ちは絶対に残そう」「自分たちの歌として胸を張れるように」と思っているんですけど、『魔王さま』の世界は戦っているどちらが悪でどちらが正義という正解がない世界なんですよね。それぞれに葛藤や悩みを持ちながら、もがいてあがいて生きていて。その一瞬一瞬が、ぼくらがコロナ禍で感じたこととすごくリンクすると思いました。“きみが笑う それだけでもう嬉しかった”と歌詞にも書いた瞬間ですね。

――2期というところで意識したところはありましたか?

きみコ 2期のストーリーの、アラスラムスに出会ってからの魔王の気持ちは「水鏡の世界」で結構込めたので、今回は強く意識はしなかったですね。むしろ1期から続く『魔王さま』全体の世界観に焦点を当てています。1Bの“いっそ捨てちゃえば楽になるかな そんなつもりさらさらないだろう”という部分は、勇者の気持ちでもあり、魔王の気持ちでもあり、その周りを取り囲む人たちの気持ちにも当てはまる気がしています。

――デモの段階で書いていた歌詞はどこでしたか?

きみコ ど頭ですね。最近は頭から順に書いていくことが多くて。この頭の2行は意識せずに出てきた言葉で、「やっぱりあたしはライブがしたいんだな」と思いました。

――ワンコーラスくらいのデモをジュンさんからもらって、という制作スタイルはいつも通りかと思いますが、その段階でジュンさんから楽曲に関する説明は何かありましたか?

きみコ やっぱり、ライブをイメージして作ったとは言っていました。「ライブで映える曲にしたい」って。「オー!」とか「アー!」といったコーラスがたくさん入っているのも、みんなが歌ってくれることをイメージしたみたいですね。それもあって、あたしも書いているときにライブの景色が浮かんできて、こういう仕上がりになったんだと思います。

――どのような気持ちで歌ったかについても教えていただけますか?

きみコ 1年前に録ったときは、ライブをやり始めてはいたんですけどまだ声出し解禁ではなかったので、完全な状態には戻っていないモヤモヤ感というか、「光のない街」から抜け切れていないところがレコーディングでも出ていたと思います。あとは、先ほどお話ししたように、登場人物たちが自分の使命を信じながらも、そこに向かって真っ直ぐ進めているのか悩んだり葛藤したり、というところは歌でも表現したいと思いながら歌っていました。

――今の、レコーディングが楽しくなってきたきみコさんが歌うことでどのような歌になったと思いますか?

きみコ そうですね、多分、レコーディングが苦手な時代に歌ったとしたら、とにかく力だけで押し切るような歌になったと思います。ただ、こういう強い歌詞とメロディーなので多少力が入ってはいても、今は程良いバランスで録れたとは思いますね。

――次に、2023バージョンとしてカバーした3曲について、どのような意図が込められているか教えてください。

きみコ この3曲は当時と楽器は同じで、歌だけ録り直したという形になっています。やっぱり、当時のnano.RIPEメンバーの音を残したいというところはあって。今の2人だけで録り直してしまうと過去からの繋がりも消してしまうように思えたんです。ライブでもよく「1回でもnano.RIPEのライブに来たらあなたはnano.RIPEです」って無茶なことを言ってるんですけど(笑)。でもそれくらい、関わってきた人がいたから今のnano.RIPEがある、と2人になってすごく思いましたし、当時のメンバーもnano.RIPEも否定したくはないので。あとは結局、タイアップ曲でもなければ好き勝手に変えてもいいとは思うんですけど、タイアップにはすごく責任があるんですよね。作品で流れていた楽曲を全然違うものに変えて出すというのは違う気がしました。特に『はたらく魔王さま!!』盤としても出すわけなので。となると、ただ弾き直す、叩き直すだけの作業になるくらいなら……。

――当時の演奏のままで。

きみコ はい。ただ、歌はどうしても録り直したかった(笑)。あと、Mixは新しくしているので印象はかなり違いますね。

――各曲についてどのように歌ったのかも教えてください。

きみコ 3曲全部がそうなんですけど、ライブでかなり歌ってきた曲なので。その変化が出ているとは思います。ただ、ライブほど崩してしまうのも音源としては良くないので、歌ったものをジュンと聴き直しながら「これはライブに寄せ過ぎているね」と調整しながら歌いました。

――では、ストレートにいつもの、今のきみコさんが歌った3曲になっているわけですね。

きみコ そうです。新しく作り直したとかではなく、ある意味、いつもの「月花」であり、いつもの「ツマビクヒトリ」「スターチャート」だと思います。

――歌ってみて何か感じたところはありましたか?

きみコ 苦手だったときは特にですけど、レコーディングするときはいつもライブの景色を想像しながら歌っていました。でも、今回は想像ではなく、記憶としてあるものを思い出しながら歌えたんですよね。みんながイントロでクラップしてくれているとか、サビで盛り上がってくれているとか、そういうイメージを持ちながら歌えたのはやっぱり10年間やり続けたからだと思います。

――レコーディングが好きになれた今ですが、さらに気持ち良く歌えた、みたいな。

きみコ そうですね。ライブの通り楽しく歌っている自分をそのままレコーディングに出せました。10年前はレコーディング経験も少なく、「これではない」「これでもない」と歌い回しに悩んでいましたけど、今は自信を持って迷いなく歌えますね。

――この3曲を作ったときはライブでの人気曲になる予感はあったんですか?

きみコ いや、全然なかったです。『魔王さま』サイドに1曲だけ選んでもらうつもりで3曲提出したら、全曲EDテーマとして使っていただけた、という流れだったので。こんなに愛してもらえる曲になるとは思っていなかったです。

自然にやっていればnano.RIPEでいられる自信
――提供楽曲だった「水鏡の世界」をセルフカバーした感想を教えてください。

きみコ 楽曲提供でジュンが作編曲するときはあたしが仮歌を歌うんですけど、そのときにも良い曲だなと思いながら歌っていましたし、客観的にその仮歌を聴いて「nano.RIPEっぽいな」と思っていました。nano.RIPEに楽曲提供の機会をいただくときってnano.RIPEらしさを求められていると思っているので、どうしたってあたしが歌うとnano.RIPEになるんですよね。ジュンがこの先、作家としての仕事を重ねていくと変わるかもしれないですけど。なので、自分でもこれまでの提供曲の仮歌バージョンは全部気に入っていましたし、どこかで聴いてもらえる機会がないかと思っていたので、それが実現できた感覚はあります。聴いた人にも、「nano.RIPEの曲ってやっぱりnano.RIPEだね」と思ってもらえると嬉しいですね。

――nano.RIPEの曲としてリリースしていないから、というところで気づいたところは何かありましたか?

きみコ nano.RIPEの曲だったらキーはもう半音下になりますね。あと歌詞に関しては、まり菜ちゃんへの提供だからこういう言い回しになった、という部分は多いのでそこは今回歌いながらも新鮮でした。

――仮歌で歌ったときと何か変わった部分はありますか?

きみコ やっぱり、その間にまり菜ちゃんバージョンがリリースされたことは大きかったですね。しかも、まり菜ちゃんの歌録りに立ち会わせてももらったので、まり菜ちゃんのイメージがあたしの中にも入っていました。そういう意味では多少引っ張られたというところもあったと思います。

――引っ張られたのはどういうところですか?

きみコ まり菜ちゃんの歌はすごく透明感があって、尊敬すべき点がたくさんあるんですよ。そのイメージがあったことで、いつものあたしならもう少し力強く歌いそうなところも良い感じに柔らかくなったり。まり菜ちゃんの歌録りを聴いていたら本当に素晴らしくて。最初に声出しがてら歌ったものを聴いてジュンと、「これでいいんじゃない?」ってコソコソ言っていました(笑)。年齢とか環境とかそれまでの人生とか色々あると思うんですけど、まり菜ちゃんが持っているあの真っ直ぐさはあたしにはもう出せないと思います。すごく素直な良い子なので、そういうものを思い出させてもらったところはありますね。

――次は、nano.RIPE盤に収録される新曲「スポットライター」が生まれた経緯を教えてもらえますか?

きみコ 去年まで3年連続で夏に書いてきたので、書かないという選択肢はなくて。なので来年も再来年も……。

――書くことはもう決定ですか? タイアップのあるなし関係なく?

きみコ 関係ないですね。この時期が来たら「書こうかな」みたいな。みんなからも「nano.RIPEが野球の曲を出す頃だな」って思われるくらいに。

――それは、ジュンさんも同様のモチベーションで?

きみコ そうですね。4月くらいになるとお互いに「あ、そろそろ野球の曲を考えないとね」って感じで。

――早い(笑)。

きみコ 「そうだね、そんな時期だね」って言っています(笑)。 やっぱり2年続けて書くと3年目はもう絶対ですよね。

――(笑)。その調子でいくと今度は、nano.RIPEの高校野球ソングを集めたミニアルバムも出せますね。

きみコ 作りたいですね。今はまだ4曲ですけど、11、2曲たまったら。でも時間がかかっちゃうか。

――春の甲子園や、そこに向けての春季・秋季大会にも合わせて作れば何曲もできますよ。

きみコ 確かに(笑)。ただ、「スポットライター」を書いていて思ったんですけど、やっぱりまったく同じテーマでの4曲目は結構大変でした。

――歌詞を書くことに関してはあまり苦労しないきみコさんでも。

きみコ たとえばアニメ作品なら色々な切り口があるじゃないですか?でも、夏に書く高校野球の曲に関しては、高校球児の最後の夏、という視点を決めているので、去年はバッターだったけれども今年はピッチャーにしようかとか、あまり大きく変えるところがないのでどうしてもワードが似通ってきますね。あと、自分の中で設けているルールとして、「きみ」を出したいというところもあったり。

――きみコさんの歌詞といえば「きみ」ですね。

きみコ 高校生ということで、自分だけじゃなく応援してくれている誰かに「良いプレーを見てもらいたい」「これまでの努力の結晶を見てもらいたい」というところがあると思うんですよね。それは、同級生かもしれないし後輩かもしれないし親かもしれないんですけど。そういう意味でも、高校野球の歌詞を書き続けるのはなかなか大変です(笑)。

――苦労はあるけれども書きたい、と思わせるだけのモチベーションというのはどこにあるのでしょうか?

きみコ そうですね。最初に作った曲が「ローリエ」だったんですけど。

――2019年に「ヨルガオ」のカップリング曲としてリリースされました。「高校野球ダイジェスト 白球ナイン」(チバテレ)のEDテーマ曲、「第101回全国高等学校野球選手権埼玉大会中継」(テレ玉)のテーマソングでしたね。

きみコ あのとき、「どうして今まで書いてこなかったんだろう?」というくらい自分の中にストーンッとハマったんですよね。nano.RIPEらしさも出せたし。とにかくあたしが、「ローリエ」を書いたことでやっと、「野球をやっていて良かった」と思えたんですね。リトルリーグから野球を始めてプロ野球選手になりたかったけれども女子は前例がほとんどないと知って、悔しい思いをたくさんして、野球を見られない時期もあった私が。やっぱり、仕事として音楽に、今の自分に反映できたことが嬉しかったです。そういう意味では、必ずしも高校野球じゃなくてもいいんですけど、高校野球ってプロ野球にはない美しさや儚さがあるじゃないですか。だから、高校野球の曲を書くとなると、夏、甲子園、というところは意識しますね。あと、nano.RIPEの曲にはノスタルジーを感じると言われることも多いので。恋愛を書いてもたとえば「影踏み」のような学生時代の恋の歌になることが多いので、あたし自身、あの頃のことを書くのが好きなのかもしれないです。

――「ローリエ」まで野球の曲を書かなかったという話ですが、野球から離れていたということですか?

きみコ はい、本当に見もしなかったです。悔しかったので。たまにチケットをもらって東京ドーム行くことがあると、(イニングの)1、2回くらいは(眉間にしわを寄せて歯を食いしばり)こういう感じで。泣くのを我慢しながら見ていました。

――今、すごく邪悪なきみコさんが出ましたね。初めて見ました。

きみコ そうなんです(笑)。「そこ(=プロ野球)を目指せる人生でいいね」みたいな想いでグラウンドを見つめていました。お酒が入って来たりして、途中からは楽しく観られるですけど(笑)。最近は女子野球人口も増えてきて、(女子高校野球選手権大会の)決勝を甲子園でやれるのもすごく羨ましいですね。ただ、決勝だけ、というのはやっぱり納得いかないですけど。っていうこともあって、野球にはあまり触れないようにしてきました。

――そうすると、仕事で無理やり曲を書かざるを得ない状況に放り込まれたのはすごく幸運でしたね。

きみコ そうですね。先月も、野球の夢を見て悔しくて泣きながら起きるみたいなことがあったんですけど。

――今も?

きみコ そうなんです。それくらいあたしの中ではいつまでも消化できない気持ちとしてあるんですけど、書くことによって少し救われたところはありますね。

――1年ほど前から草野球チームのHANAWA ROCKSでプレイヤーにも復帰しました。何か視点は変わりましたか?

きみコ そうですね。歌詞に表れている部分はそう多くはないですけど、思い出だけで書いていた野球がもう少し近い存在のものになって、よりリアルになっている感覚は書きながらもありました。

――ジュンさんも野球部出身で、今も同じ草野球チームに所属しているとはいえ、野球がテーマということできみコさんが作曲も手がけたくはならないですか?

きみコ 最近はあたしが曲を書くことは少なくなっているんですよね。ジュンが詰まったときにあたしが一度書いてみる、ということは今も時々していますけど、最終的にジュンがそれを超えるものを出してくるんです。ここ数年、ジュンの才能が開花したと思っていて、昔はデモの段階で「ここのメロはなんでこうしたの?」とかめちゃくちゃ口を出していましたし、「絶対こっちの方がいいよ」って勝手に変えることもあったんですけど、今は信頼して任せられるので、ジュンがどんな曲を書いてくるのか、あたしも一ファンとして楽しみにしていまるくらいです。「水鏡の世界」もすごく褒めました、「開花したね」って。書いた直後はジュンは自信なさげでしたけど。でも、「いや、めちゃくちゃ良い曲だよ」と言いましたね。

――開花したと思った瞬間というのは?

きみコ それも2人になってからですね。もちろん、それまでも良い曲を書くと思っていたんですけど、2人になったことでなんでも一度やってみよう、という話になり、作る曲の幅が広がったんです。そのあとでもう一度nano.RIPEらしさを追求し始めたら、以前とはまた違うものになりつつも、これまで以上にnano.RIPEらしい作品になっていたり。

――ちなみにきみコさんは野球以外にも、バイクや釣りなど趣味が多いですが、そちらの楽曲を作ろうという意欲もありますか?

きみコ バイクは熊田茜音ちゃんに提供した「まほうのかぜ」があって。

――TVアニメ『スーパーカブ』のOPテーマの。その意味ではあれも趣味が仕事に生かせた一例ですね。

きみコ 最近またよく乗っているので、バイクの曲はnano.RIPEにも書きたいと思っていますけど、釣りはなかなか難しくて……。どうしても楽曲として美しい感じにはならないんですよね。テーマとしてファニーな感じになるんですよ。だから、落としどころを悩んではいますけど、のちのち書くこともあるかもしれません。

――そうすると今度はきみコさんの趣味の世界というミニアルバムも実現できますね。

きみコ あ、ホントですね。釣りの曲を書いたら絶対に釣り番組のタイアップは取りたいです(笑)。

――今回のミニアルバムは、nano.RIPEとしての10年を見つめる1枚という側面もありました。バンド自体の変化や成長という点で何か感じるところはありましたか?

きみコ 「月花」「ツマビクヒトリ」「スターチャート」を録り直すとき、10年前はどうやって歌っていたのかと思って、当時の歌を聴きながらレコーディングしたんです。そのとき思ったのは、歌もそうですけど、バンド自体がすごく“強いもの”になったということですね。それは先ほどお話ししたことに繋がりますけど、色々なことをやってみながら、2人になっても活動し続けた結果だと思います。変に変わることもなく、nano.RIPEらしさを見つけることができたことですごく強くなれたんでしょうね。多分、そういう積み重ねが、「自分はこうあらねば」という気負いをなくしたんだと思います。自然にやっていればnano.RIPEになるというか、間違ったことはしてこなかったという自信がつきました。

――バンドを続けることの難しさはよく聞きます。

きみコ でも、そこが難しいと思ったことがあたしはなくて。逆に、nano.RIPEを辞めて今後どうするのかと考えると、辞めることのほうがよっぽど怖い。

――現在、ワンマンやツアー、対バンなど精力的なライブ活動を行っています。「光のない街」の歌詞ではないですが、闇を抜けた先の光が近づいてきた今の心境を教えてください。

きみコ ライブがまたできるとなったときも嬉しかったですけど、声出しがOKとなったときのライブで、思わず歌いながら泣いてしまったんですね。もう2曲目くらいで。みんなの声が聴こえるライブってこんなにも素晴らしいものだったのかと感じました。それこそ、コロナで活動ができなかったときも曲は書いていたので、ライブがなくてもバンドは成立するかもしれない、そんな気持ちもあったんですけど、やっぱり自分たちには欠かせないないものだと、みんなの声を聞いたときに実感しました。逆に、みんなにとっても欠かせないということも感じました。だから、バンドを辞めるつもりはないですけど、全国を回ってライブするようなスタイルがいつまでできるかは本当にわからないので、やれるうちにできるだけやりたい、そんな気持ちですね。

●リリース情報
TVアニメ『はたらく魔王さま!!』2nd Season OPテーマ
nano.RIPE
ミニアルバム「光のない街」
2023年8月23日(水)発売

【nano.RIPE盤(CD+BD)】

品番:LACA-25066
価格:¥3,520(税込)

<Index>
1.光のない街
Lyrics:きみコ / Music & Arrangement: 佐々木淳
2.スポットライター
Lyrics:きみコ / Music & Arrangement: 佐々木淳
3.月花 -2023 ver.-
Lyrics:きみコ / Music:佐々木淳 / Arrangement:nano.RIPE
4.ツマビクヒトリ -2023 ver.-
Lyrics:きみコ / Music:佐々木淳 / Arrangement:nano.RIPE
5.スターチャート -2023 ver.-
Lyrics:きみコ / Music:佐々木淳 / Arrangement:nano.RIPE
6.水鏡の世界 –nano.RIPE ver.-
Lyrics:きみコ / Music & Arrangement: 佐々木淳

<Blu-ray>
01. 光のない街 -Music Video-
02. スポットライター -Music Video-
03. 月花 -Music Video-
04. ツマビクヒトリ -Music Video-
05. スターチャート -Music Video-

【はたらく魔王さま!!盤(CD)】

品番:LACA-25067
価格:¥2,200(税込)
※描き下ろしイラストジャケット

<Index>
1.光のない街
Lyrics:きみコ / Music & Arrangement: 佐々木淳
2.月花 -2023 ver.-
Lyrics:きみコ / Music:佐々木淳 / Arrangement:nano.RIPE
3.ツマビクヒトリ -2023 ver.-
Lyrics:きみコ / Music:佐々木淳 / Arrangement:nano.RIPE
4.スターチャート -2023 ver.-
Lyrics:きみコ / Music:佐々木淳 / Arrangement:nano.RIPE
5.水鏡の世界 –nano.RIPE ver.-
Lyrics:きみコ / Music & Arrangement: 佐々木淳

関連リンク
nano.RIPE
公式サイト
http://nanoripe.com/

公式X(旧Twitter)
https://twitter.com/nanoripe_info