「ブラック企業」「ブラックバイト」なる存在はよく知られるところとなっているが、最近では、顧問や監督による理不尽がまかり通る「ブラック部活」なんていうものも話題となっている。
「AERA」(朝日新聞出版)2015年11月2日号では「子どもに理不尽強いる『ブラック部活』の実情」と題して、主に高校の部活動における酷い現状をレポート。
顧問や監督が絶対的な権力者として君臨するという日本の部活動の様式は、昭和の時代から続いている悪しき伝統といえるもの。それこそかつては「練習中は水を飲んではいけない」などといった根拠のないルールが当たり前のように行われていたのだ。しかし、最近ではそういった根性論も過去のものになっていたかと思われていたが、部活の現場ではまだまだ大人たちによるパワハラが存在しているのだ。
指導者の横暴が蔓延るのは高校の部活だけではない。たとえば、少年サッカーの現場では、ブラック部活とはまた違った形で、指導者が暴走しているらしい。
ノンフィクションライター・林壮一氏の著書『間違いだらけの少年サッカー 残念な指導者と親が未来を潰す』(光文社新書)は、日本の少年サッカー指導の現状を取材し、その問題点を指摘する1冊。さらに世界の少年サッカーの指導の現場から、将来の日本サッカー発展のヒントを見つけ出し、より良き指導法を提示している。
高校の部活と少年サッカーとの大きな違い、それは父兄の介入の有無だ。Jリーグの下部組織のようなクラブチームなら別だが、地域の少年サッカーチームだと、学生時代にちょっとサッカーをかじっていたような父兄が、ボランティアでコーチを務めているケースが少なくないのだ。
そして、こういった父兄のコーチが、好き勝手にやってしまうことも多い。前出『間違いだらけの少年サッカー』では、埼玉県内のサッカー少年団での一例を紹介している。
「幼稚園時代にサッカーを始めたQくんは、1年生の頃から2年生チームに混じって練習していた。翌年、総監督からキャプテンに任命されると、同じ学年の息子を持つパパコーチから、嫌がらせをされるようになる」(同書より、以下「」内同)
小学生の息子の同級生に、コーチという立場を利用して嫌がらせをする父親。なんとも信じられない話だが、その嫌がらせの手口がこれまた酷い。
「『Qも、Qの親も無視しろ』なるお達しが下り、不穏な空気が流れ出す。我が子可愛さに親たちの大半がコーチの命令に従った結果、Qくんは精神的に追い詰められ、急性胃炎で学校に通えなくなってしまう。心配した母親が総監督に相談に行くが、『それも少年団の一部です』と鰾膠もない対応だった。
Qくんの追い出しに成功したパパコーチは、嬉々として息子を新キャプテンに選び、週末の活動を続けている。一方のQくんは心に深い傷を負い、人間不信に陥ってしまった。サッカーからも遠ざかっている」
プロの指導者ではなく、ボランティアであることを考えれば、パパコーチがたいして指導できなくても仕方ないことだが、だからといって好き勝手にやっていいわけではない。大人が子供をイジメるような、横暴が許されている日本の少年サッカーの現状は、異常と言わざるをえないだろう。
こういった父兄コーチの存在が、日本のサッカーがいまいち強くなれない理由だとの指摘も多い。たとえば、日本での有数の"サッカー処"として知られる静岡県の旧清水市(現・静岡市の一部)では、最近は父兄コーチが増え、サッカーのレベルが低下しているというのだ。
かつて清水のサッカー少年団は小学校のサッカー部という位置付けだったが、「何か問題が起こった場合はスポーツ少年団の責任で行ってほしい」とのことで、小学校が関与しない組織になっていった。さらにコーチも以前は小学校の教師が担当していたが、代わってボランティアの父兄コーチが増えていったのだ。
自分のことだけを考えて、文句を言ったり、力で押さえつけたりする大人たちに囲まれて、子供たちがサッカーを楽しめるはずもない。まったくもって、何のための少年サッカーなのか分からない状態だ。
イングランドから来日し、記者としてJリーグを取材しているショーン・キャロル氏は、日本の少年サッカーの現場を観た感想を同書でこう述べている。
「僕はいつもキックオフの2時間くらい前に着いて、スタディアムの写真を撮ったりするのね。その時に小学生の前座試合を見た。コーチが6~8歳くらいの子に凄く怒ってるの。『お前はダメだ』『お前は下手糞だ』『今日はビッグチャンスだったのによ!』って怒鳴って、皆が泣きそうだった。(中略)あれじゃ、サッカーが楽しくないよ。だから日本の子には笑顔が少ないね」
小学校低学年の子供たちにパワハラをするコーチというとんでもない光景に多くの観客が心を傷めたことだろう。こんなことでは、子供たちもどんどんサッカーを嫌いになってしまうはずだ。
「ブラック化」が進んでいる日本の少年サッカー。日本サッカーが停滞気味なのはこういうところにも原因があるのかもしれない。
(田中ヒロナ)