「クールジャパン」なる標語がかまびすしく喧伝されるようになって久しいが、その成果は一部のアニメ作品に関するもの以外ほとんど聞こえてこないのが現状だ。
そんな状況に対し、岩井俊二監督が疑問の声をあげている。
岩井監督は、政府や行政が押し進める「クールジャパン戦略」について、その成果に疑問を抱いている。たとえば、こんなことがあったらしい。
「僕の作品が韓国で上映されているとき、隣で日本映画祭みたいのをやっていたんだけど、誰がこのラインナップを決めたんだと思うような知らない作品ばかり......。僕の映画には行列ができていて、日本映画祭に来ていた大使館員とか役人らしき姿があったけど、話を聞きにくればいいのに挨拶すらない(苦笑)。僕は役人を毛嫌いしているわけじゃないし、知っていることなら教えられるのにね」
この体験が象徴しているように、日本のクールジャパン戦略は、映画にも宣伝にも疎い役人が素人考えの延長線上で進めている。これでは、ハリウッドはもちろん、韓国や中国をはじめとした、官民一体となってコンテンツのクオリティから宣伝・配給の戦略まで磨き上げている他国の映画産業に勝てるわけがない。岩井監督は続けてこのようにも語っている。
「クールジャパンも専門家を呼ばずに素人のままやっている。アメリカや韓国、中国は役所の中に専門家が入っていて、僕らプロが唸るようなプレゼンをしたりする。本来、戦略とはこうあるべきなんですよ」
しかし、日本の状況はその逆を突き進んでいる。その最たる例が、経済産業省がクールジャパンの名のもとに巨額の公的資金をドブに捨て、さらに、その事実を隠蔽していた問題だ。
それは、官民ファンドの産業革新機構(産革)が100パーセント株主として出資した官製映画会社・All Nippon Entertainment Works(ANEW)。ANEWに最大60億円の公金投資を決めた産革は政府が出資金の9割を出しており、事実上、経済産業省の支配下にある。
実際、11年のANEW設立じたい、経産省主導で企画されたもので、その設立準備も、当時、同省で文化情報関連産業課長をつとめていた伊吹英明氏を中心に進められた。13年の業界誌のインタビューでは経産省の職員がANEWに出向していたことも確認できる。
こうしてスタートしたANEWはとんでもない計画を立ち上げる。同社は「日本国内コンテンツのハリウッド・リメイクを共同プロデュース」を謳って、アニメ作品や映画などを米国で実写化することを目的としており、設立以降、『大空魔竜ガイキング』、『ソウルリヴァイヴァー』、『オトシモノ』、『藁の楯』、さらにはあの『TIGER & BUNNY』と、7作品もの「ハリウッド・リメイク」企画をぶち上げていた。このうちいくつかでも公開にまでこぎつけたら、特筆すべき功績である。
●何の成果もなく、数十億円の赤字を垂れ流した国主導のクールジャパン事業
ところが、設立して6年も経った現在、これらの企画はほとんどなにも動いていない。
このANEWの問題については映画プロデューサーのヒロ・マスダ氏が早くから自らのブログで追及。さらに会員制情報誌「FACTA」8月号で、ジャーナリストの西岡研介氏がANEWの内部資料をもとに企画の進捗状況を暴いているが、それによると、『オトシモノ』は監督選び、『ソウルリヴァイヴァー』『藁の楯』は脚本開発の最終稿段階でストップ。『TIGER & BUNNY』はじめ3作品はあらすじか第1稿止まり。製作が決まったのは『大空魔竜ガイキング』のみなのである。
しかも、ANEW はほとんどなにも成果を上げることができない一方で、莫大な赤字を垂れ流してきた。1期目は1200万円、2期に2億5000万円、3期に3億1000万円、4期と5期にそれぞれ4億3000万円、直近の16年12月期には3億4000万円と、合計約18億円もの赤字を計上してきた。
実際に映画をつくり始めたわけではないのに、なぜ18億もの赤字が出るのか? その金はどこに行ったのか? 疑問を抱かずにはいられないが、こうした赤字を補填してきたのが、前述した経産省の管轄下にある産業革新機構だった。決算公告によると、産業革新機構は2011年に資本金等として6億円を出資した以外に、13年に5億円、14年に11億と、計22億円を拠出している。
しかも、話はこれで終わりではなかった。今年5月、このANEWを京都市に本社を置くフューチャーベンチャーキャピタル株式会社という会社に売り渡すことが、産業革新機構から発表されたのだ。しかも、その売却金額は驚くべきものだった。産革は金額の公表を拒否しているが、前出の西岡氏が取材したところ、フューチャー社が「3400万円」であると認めた。つまり、22億円もの公金をつぎ込んだ官製映画会社が、ただ同然で売り渡されていたのだ。
もしも、ここでドブに捨てられたお金がもっと有益なものに使われていたら......。
●政府は金を釣り餌に、映画やドラマを政治利用しようと画策している
昨年、草の根から大ヒットを記録し、現在ではアメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、ブラジル、スペインなど世界各国で上映されているアニメ映画『この世界の片隅に』。
この例が端的に示す通り、政府も行政も、日本の映画産業の未来などについて真面目に考えてはいない。それどころか、安倍政権は、日本の映画やドラマを政治利用しようと画策している。
今年1月、政府は1868年の明治維新から150年の節目となる2018年に実施する記念事業として、明治期の国づくりなどを題材とした映画やテレビ番組の制作を政府が支援することを検討していると発表。菅義偉官房長官はこれに関し、「大きな節目で、明治の精神に学び、日本の強みを再認識することは重要だ」とコメントしている。
なぜ、「明治期の国づくり」限定で国が金を出すのか? 安倍政権とその背後にいる極右勢力の思惑をもはや隠そうともしていないこの国策映画事業案には当然反発が相次いだ。たとえば、映画監督の想田和弘氏はツイッターでこのように怒りを表明している。
〈戦時中の国策プロパガンダ映画を思い出す。つまらない映画にしかならないことは確実だが、映画を馬鹿にするんじゃないよ。映画は政治の道具ではない〉
政権が支援してつくらせた映画やテレビ番組で観客に何を伝えようとしているかは言うまでもない。明治以降の大日本帝国を「伝統」などと嘯き、戦後の日本を否定すること。
「クールジャパン戦略」の名目で集められた多額の血税がドブに捨てられ、そして今度は、偏狭な政治思想のために、金のみならず、映画作家の才能と技術までもが利用されようとしている。
「クールジャパン」を錦の御旗にすれば「何でもアリ」となってしまう風潮を改めなければ、この先も、日本のコンテンツ文化はまったく海外に広まっていないのに、金だけは垂れ流されるという悪循環が続いていってしまうだろう。
(編集部)