東京・南青山に建設が予定されている児童相談所(港区子ども家庭総合支援センター)をめぐって、港区と住民が対立している問題が紛糾している。
この問題は10月にもワイドショーで盛んに扱われ、その際に本サイトでも紹介しているが(https://lite-ra.com/2018/10/post-4326.html)、12月14日と15日に行われた住民説明会でまたもや住民からひどい発言が飛び出したため、再度ワイドショーに取り上げられている。
「南青山は自分でしっかりお金を稼いで住むべき土地でもあると思いますし、青山のブランドイメージ、ビジョンをしっかり待って、守って、世界に発信して、日本でも素晴らしい土地にしていってほしい。土地の価値も下げないでいただきたいというふうに思っております」
「入所した子が一歩外に出ると、幸せな家族や着飾った人が歩いている。その場面をみたとき、子どもがギャップを感じないか心配」
虐待に苦しんでいる子どもを救おうという気持ちなどまったくないうえ、むき出しの差別意識、自民党・杉田水脈衆院議員の“生産性”発言にも通じるグロテスクさには閉口する他ないのだが、ワイドショーのスタジオトークのなかでも信じがたい発言があった。
12月19日放送『バイキング』(フジテレビ)がこの南青山の児童相談所問題を扱ったのだが、そこで、松嶋尚美がこのように発言したのだ。
「もしも自分のところに来るとなったときには、引っ越しする可能性もあります。たとえば、親に暴行されて“キーッ”となって外に飛び出した子が、暴力振るったり、カツアゲしたりするかもしれないなという変な心配がまずあったりもするし。(自分の)子どもも流されそうなタイプやし。たとえば、学校で頭をグリグリで殴る子がいたんですって。それは親がそうしているから、そこまで悪いこととは思わなくて、友だちにしてしまうとか。そういう面では悩むことは正直ある」
ようするに松嶋は、「虐待被害者である子どもを排除しろ」と言っているのである。いったい何を言っているのだろうか。
親から暴力を受ける環境にあるからこそ、その子どもを社会全体で守っていく必要があるのに、彼女が言っているのは「つらい境遇にある子どもを見捨て、自分たちのコミュニティから排除しようという」という考えであり、住民の「土地の価値も下げないでいただきたい」発言と同様、あまりにもひどい発言だ。
松嶋は先の発言の後に「ちょっと最悪なことを言っていますけど、私」と付け加えており、自身の発言が倫理にもとるとの認識はあるようだが、その通り、公共の電波を通して家庭内暴力の被害者である子どもたちへの偏見・差別を煽る言動である。
しかも松嶋の発言が悪質なのは、「虐待を受けた子どもは他人にも暴力を振るう」などと、あたかも排除する側に正当な根拠があるかのように語りながら、偏見・差別を撒き散らしたことだ。
たしかに、「虐待を受けて育った子どもは自分の子どもも虐待するようになる」というのは巷間よく言われることではある。このような「虐待の連鎖」というのは学術的に証明されていることなのだろうか。
●虐待の被害者が必ず加害者になるわけじゃない、必要なのは他者のサポート
『知っていますか? 子どもの虐待 一問一答』(解放出版社)のなかで臨床心理士の村本邦子氏はこのように解説している。
〈「虐待の連鎖」というのは、虐待の加害者のなかには、かつて虐待の被害者だった者が多いという事実を示しているだけだということです。その逆は、必ずしも正しくありません。つまり、虐待の被害者が、必ず虐待の加害者になるわけではないのです〉
「虐待の連鎖」というのは起こる可能性はある。しかし、虐待を受けた過去があるからといって必ずしも暴力を振るうようになるとは限らない。
それは、「他者のサポートの必要性」を意味するデータでもある。
本のなかで村本氏は、精神分析家のアリス・ミラーによる「共感してくれる他者を得て、子ども時代の真実をあるがままの姿で認め、その結果、自分の感情に起こることをしっかりと見る、それだけで、多くの悲劇が避けられるはずだ」との発言を紹介している。
子ども時代のつらい記憶と向き合うことで、抑圧された感情を解放させることができるし、そうすることで「暴力」を介さない親子関係・人間関係のあり方を習得することができる。
ただそれは、虐待を受けた過去をもつ人にとってはとてもつらい作業であり、ひとりの力ではとてもできる作業ではない。村本氏は前掲書のなかでこのように呼びかけている。
〈真実と向き合うのは、勇気のいる、とてもむずかしい作業です。友人でも、パートナーでも、カウンセラーでも、誰でもよいのですが、共感し、支えてくれる他者の存在がどうしても必要になってきます。信頼して、つながれる人びとをさがしましょう。それができれば、何もおそれる必要はありません〉
つまり、虐待をなくすためには、親と子だけの問題に封じ込めず、社会が手を差しのべ、子どもだけでなく親をもサポートすることも必要なのだ。児童相談所は、虐待に苦しむ子どもにとっても、子どもとの向き合い方に悩んでいる親にとっても、有益なアドバイスとサポートが得られる場である。その存在は「虐待の連鎖」を断ち切るために大きな力を発揮する。
しかし、松嶋のような差別的な考えのもとでコミュニティから爪弾きにするような扱いをすれば、「虐待の連鎖」は永遠に続いていくだろう。
●偏見を松嶋に「気にする必要ない」とフォローした坂上忍の無自覚
松嶋の発言は放送中から大炎上し、SNS上には批判的なコメントが大量に書き込まれた。松嶋本人がそれを知っていたのかどうかはわからないが、松嶋はCM中に自身の発言について気に病んでいたようで、その日の番組の最後にはMCの坂上忍が松嶋に対して「全然気にする必要ない。
坂上の言うように、松嶋の発言はある種の人たちと同じ感情・意見ではあるだろう。しかし、それは誤解に基づいた偏見・差別であり、公共のメディアで垂れ流したり、ましてや正当な意見であるかのように代弁されるべきものではない。
松嶋の発言は、虐待被害者を排除しようとする差別主義者たちに、排除する側にあたかも正当な理由があるとお墨付きを与える、きわめて悪質な発言だ。そして、本来、加害者である親への支援や、社会的介入の必要性を示すための論拠であるはずの「虐待の連鎖」という考えを、逆に被害者である子どもへの差別・排除を正当化するための根拠に転倒させてしまう、いかにも現在の日本の差別社会を象徴するような発言でもある(ちなみに松嶋に対して出自を持ち出して攻撃するような言説も散見されるが、出自と今回の発言とはなんの関係もなく、それも差別だということを強調しておきたい)。
このように差別を正当な意見であるかのように扱う風潮こそが、差別を増殖させていることを松嶋と坂上は自覚するべきだろう。「気にする必要はない」などとフォローするのではなく、むしろ訂正と反省を表明するべきだった。
現在、虐待相談対応件数は右肩上がりを続けていて、2017年には13万件を突破した。数字の増加自体は、かつては表面化していなかったものが問題意識の高まりによって、声をあげられるようになってきたためという面もあるだろう。しかし、児童相談所の数は足りていない。たとえば、現在、東京都内に児童相談所11カ所しかなく、対応しきれていない状況がある。
児童相談所を増設することは急務であり、そのために必要なのは、偏見に基づいた劣情の発露でなく、冷静な視点の報道なのだ。
(編集部)